第131話:猫の気まぐれは耐えるべし
「なあ紗枝、大丈夫かな俺?」
「大丈夫……だとは思うけど」
「ひっかかれたりしないかな? それよりも、ちゃんと来てくれるのか?」
「それすらも怪しいとは思うけど、前はどうなの?」
「そりゃあもう威嚇されたよ」
「そんな当たり前だろみたいな顔されても」
そんなこと言われても、そういう体質なんだからもう仕方たがないじゃないか。
晴れた日の昼下がり。秋だというのに、日が出ているおかげか気持ち暖かな気温に、薄手のコートを腕に抱えている人が目立つ。この時期の服装選びはとても面倒で、昼はこんなに暖かいのに夜になると一層冷え込むから、なんだかんだ上着を持ってこなければならない。
かくいう俺も、隣にいる紗枝も、持参した上着を羽織ることなく小脇に抱えている。着てもいいんだが普通に熱いし、汗ばんでしまうと気持ちが悪い。なので仕方がなく脱いでいるのだ。
「不安だ。入った瞬間にみんなどっかに行きそう」
「そうなったら……笑っちゃうかも」
「せめて慰めてくれ」
今日は、前々から予定していた猫カフェに行くことになっている。場所についても紗枝が事前に下調べをしてくれていて、俺は何もせずただついていくだけだ。
人生初の猫カフェ。正直な話、心ウキウキワクワクではあるんだけど、自分の体質のせいで不安もより一層ある。
俺はどういうわけか動物に好かれない。昔からそうで、散歩中の犬に吠えられるのなんてしょっちゅう。人慣れしている鳩でさえ足元に寄ってくることはない。
それくらい、何故か嫌われているのだ。
だけど本人としては、あのモフモフを触りたいと思っている。一度でいい、一度でいいから撫でたり、スリスリしてみたい。その思いで、今日は猫カフェに向かっている。たぶん、こんな変な理由で猫カフェに来る人間は俺ぐらいだろうな。
もちろん嫌われてそれでおしまいということも想定はしている。ただ紗枝がいる以上はそんなことにはならないだろうと思っている。
こいつは異常なほどに動物に好かれるタイプで、初めて二人っきりで遊びに行った時に立ち寄ったドッグランでは、柵に近づいただけで犬たちが駆け寄ってくるほどだ。それくらい動物に好かれる紗枝が一緒ならば、一匹くらいは俺のところに来てくれるかもしれない。
「たのむぞ紗枝。お前だけが頼りだ」
俺に猫のふわふわの毛を触らせてくれ。
「はははっ……」
なんだか複雑そうな表情を浮かべる紗枝。もしかして紗枝でもお手上げの可能性があるのだろうか……それほど俺の体質とは深刻なのだろうか。
「とりあえず入ろっか」
「おう」
なんとも釈然としないまま、俺と紗枝は猫カフェに入っていくのだった。
~~~
二重扉を抜けて、入ってみてまず驚いたのは、カフェというよりは家だな、と思うような作りだった。一般的にカフェというとテーブルがあって椅子があってパーテーションがあってと、どちらかというと俺が働いているような場所をイメージすると思うが。目に入ったのはソファにカーペットにテーブル。そして堂々とたたずむ複数のキャットタワーだった。
「すげぇ……」
茫然と立ち尽くしていると、隣にいる紗枝が笑いを抑えながらつんつんと腕を突く。
「ん?」
「猫……逃げてる」
「えっ?」
そう言われて部屋の奥を見やると、確かに複数の猫が俺からすんごい遠くの位置から、こちらを警戒するように見ていた。次第にその数は増え、もう部屋の中の猫全てがそこに集まっているんじゃないかと思うほどだ。
「俺が何をしたというんだ」
部屋に入っただけだぞ。いや……それすらもダメなのか。そうなのか。
「まあまあ、猫じゃらしと猫用のおやつもあるし、気長に行きましょうよ」
「そ……そうだな」
「それと、怖い顔してると寄ってこないよ? スマイルスマ~イル」
わざとらしく歯を見せて笑顔を作る紗枝。言われるがままに笑顔を作るが、明らかに引きつっていて、それを見た紗枝は笑うのを堪えていた。
「ひとまず、あそこ座ろ?」
中央にある大きな切り株のソファ? を指さす。その切り株の中央には大きめのキャットタワーが突き刺さっているような見た目をしていた。本来であればそのキャットタワーに休んでいる猫たちを観賞しながら、ゆっくりと過ごすのだと思う。けれども今はだ~れもいない。
他にいたお客さんもこの異常事態に気が付いたのか、「何かあったのかな?」とひそひそと話し声が聞こえた。すみません。俺のせいです。
「焦らないよ。待ってればいつか来るから」
俺があまりにも申し訳なさそうにしていたからなのか、紗枝は気を利かせて慰めてくれた。
「わかった。言われた通り待つ」
~~~
それから、時間にして一時間くらい。俺の半径一メートル圏内を猫は近づいてくるものの、それ以上はバリアでも張られてるのかとでも言いたくなるくらい、侵入してこなかった。
ただ猫たちは度々こちらの方を向いては、行こうかな……どうしようかな……? みたいな雰囲気を漂わせている。たぶんお目当ては、俺の隣に座っている紗枝だろう。
紗枝とは遊びたいけど俺がいるから行くことができない、そんな感じだ。
せっかく触れるかもと思ったけど、やっぱり無理なのかな。ずっといるのも猫が可哀そうだし、そろそろ出た方がいいかもな。
「紗枝、やっぱり俺――」
「絶対ダメ」
外で待ってるよ。と言おうと思ったが、それを予期してなのか、かぶせ気味に拒否した。
「優が出るなら私も出る」
「いやでも、お前だけなら猫も寄ってくるだろうし」
「それじゃ意味ないでしょ。私は優に、猫の可愛さを堪能してほしいんだから。私が一人が楽しむなんて意味ない」
「お前……」
これ以上はテコでも動かないと言いたげにそっぽを向いた紗枝。その優しさに甘えるように、俺はもう少しだけ粘ってみようと手に持っていた猫じゃらしを握りなおした。
それからまた数分。さすがに猫たちも慣れてきたのか、少しずつ少しずつではあるが、俺との距離を縮めてきた。それが嬉しくて今すぐにでも遊びに向かいたかったが、紗枝が「動かないで」とキツく言うので、我慢して猫じゃらしだけフルフルと振っている。
すると一匹の猫がこちらを見る。姿勢が低いので警戒しているようだったが、飛び掛かってくる様子はない。
そこからさらに数分。猫は猫じゃらしに見向きもせずに、ゆっくりゆっくりと俺の方に寄り、寄ったと見せかけて紗枝の膝の上に飛び乗った。
「……」
「お~……こっちか~」
ついに俺に興味を持ってくれる動物が現れたと思ったところでこの仕打ち。思わせぶりな態度を取りやがって……けどそれが猫のいいところでもあるんだよな。
「まあ、こんだけ近づいてくれれば、それでもいいか」
「……触ってみる?」
「いや、いい。たぶん逃げられちゃうから。見るだけでも十分」
「そっか……」
とはいえ、触りたかったのは事実だけどな。俺が動物に触れる日はくるのだろうか?
「きっと何回も通ってれば慣れてくれるよ」
「……また付き合ってくれるのか?」
「どうしよっかな~」
そう言って焦らしてくるが、これがフリなんだというのはわかっている。きっとこの後、俺できるかできないかのギリギリのラインを狙って、何かお願いをするつもりなんだろう。
もはや慣れしたんだやり取りになってしまったが、それでもどんなお願いがされるのかと、少しだけ身構えた。
「私とだから一緒に行きたいって言ってくれるなら……考えてもいいけど」
なんだ、そんなことか。
「もともと、お前以外と来るつもりはないぞ。俺だけだと猫も怖がるし」
「……」
「……えっ? 何その顔」
ただ紗枝はどこか納得がいっていない様子で、拗ねたように口を尖らせて「なんでもないです」とそっぽを向いた。
何かを間違えたような気もするが、何を間違えたのか皆目見当もつかない俺は、その後は猫のことどうこうよりも、紗枝の機嫌を直すのに手いっぱいになってしまった。
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