第132話(サイドt):どうしたって目につく
体育祭も近くなり、本番に向けた練習も徐々に本格的になっていく。
紅白リレーは体育祭の花形競技の一つでもあるからか、他の種目に比べ練習時間や練習場所については優遇されているところがあり、グラウンドのトラックをまるまる使わせてもらうこともある。
「よし、それじゃあ実践間隔でバトンパスの練習をしていこう。本気で走らなくてもいいけど、だからって手を抜くなよ」
それはいったいどっちなんだよ。
3年生の先輩に対して失礼なことだとは思うが、本気で走らなくていいけど手を抜くなというのは、言葉的に矛盾している気がする。それでも伝えたいことがなんとなく伝わるんだから、日本語ってのは頭がおかしい。
その号令に他のメンバーは「あ~い」とから返事を返し、各々所定の位置に動いていく。
はぁ……面倒くさ。
私は第2走者なので、スタートからちょうど反対側の位置で待機する必要がある。このちょっとした移動だけでも、気分としては憂鬱にさせられる。
そしてさらに頭を悩ませることが、この後に迫っていた。
反対側に移動し、トラックの外側でスタンバイ。全員が所定の位置についたことを確認してから、「よ~い……ドン!」という先輩の掛け声とともに、リレーの練習は始まった。
一番最初に走るのは一年生の安達くん。なんでも野球部だそうで、運動には自信があるらしい。私が第2走者ということでよく話に来てくれるのだが、ザ・野球児と思わせるような爽やかな雰囲気と、運動部特融の距離の縮め方、暑苦しさが正直にいって苦手だ。
あとなんか、よくわからないけど俺できますよアピールしてくるところが鼻につく。別に君のことはそんなに興味ないんだけどなって思ってしまう。
そんな彼は練習でも手を抜くとゆうようなことはせず、明らかに全力で走っていた。見る見る近づいてくるので、私はそれに合わせて軽く走り出し、3~4歩進んだところで左手にバトンを受け取った。
すぐさま右手に持ち直して、それなりに疲れない具合の速度でトラックを半周する。先ほど全力で走っていた安達くんに比べると速度は半分以下だが、本気で走らなくていいと言われているので、これくらいが妥当だろう。というかこの練習の目的はバトンパスの完成度を高めるものだ、受け渡しところの前でだけ全力だせばまあ大丈夫だろう。
ただその受け渡しの瞬間が、私は嫌なんだけどね。
第3走者。私の次に走る男、塚本誠治が手を上げて『いつでも来ていいよ』と合図を出す。遠巻きに見ている女子からは「塚本く~ん」と声援を送られ、それにはいつも通りの甘いフェイスで瞬時に対応。「キャーー!」と黄色い声が上がった。
ウッッッッザッ!
塚本がいちいち応えなくていいのにファンサービスするせいで、練習だってのに常に女子の声援が付いてくる。
あいつの所属するバスケ部では、それが練習の妨げになるからと見学を禁止させたそうだが、その判断をした理由がよくわかる。こっちは一応、練習とはいえ集中してやってるっていうのに、外からヤジが飛んでくるのはストレスだ。
ただ本人たちも悪気があるわけではないのと、部活動と違ってただ体育祭の練習だからということもあってか、こちらがあまり強く出れないのが現状だ。
塚本が何かを言ってくれるならそれにこしたことはないんだが、今のところその気配はない。普段はあんなに敏いくせに。
あいつとの距離が近くなるにつれに、そんな怒りがふつふつと湧き上がってくる。済ました顔にこの手に持ってるバトンを叩きつけてやりたい。ただこれは練習なので、その気持ちはグッと堪えて、練習通りにバトンを受け渡した。
あいつは受け取る際にこちらを一瞥した。何を思ってのことなのかはわからないが、ただ顔がむかつくことだけはよくわかった。
それからあいつは、全力ではないにしろそれとなく早く走って、走り終えると同時に塚本を見ていたファンに軽く手を振って挨拶をする。「キャーー!」という喜入おい声援が飛び交う中、リレーの練習は続いた。
~~~
「寺島先輩、お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ。安達くん」
リレーの練習がひとまず終わると、さっそく安達くんが寄ってくる。
懐いてくれるのはまあ、ありがたいと言えばそうなんだけど。その距離感が苦手な私としては、彼の相手をするのは精神的に参る。
かといって後輩を傷つけるわけにもいかないので、愛想笑いを振りまいてなんとかいなしていた。
「バトンパス、うまくいくようになりましたね」
「一応、練習はしてるからね」
最初のころはうまく呼吸が合わなかったが、最近ではそういうこともなくなった。ちなみに塚本とは最初からタイミングバッチリで、逆に気持ち悪かったのを覚えている。
「もし練習が必要なら、いつでも声をかけてください! 寺島先輩のためならいくらでも付き合いますよ!」
「ああ、うん。ありがとう……」
「それじゃあ俺は、クラスの練習に戻ります」
「うん。がんばって」
苦笑いをしながら、元気よく去っていく安達くんの背中に手を振る。彼が遠くに行ったことを確認して、「ふぅ……」と安堵のため息を吐いた。
「悪い子じゃないんだけどな……」
「ほんとだよね~」
「うわっ。隣立つな」
いつの間にか隣に立っていた塚本は、いつも以上に笑顔を張り付けた顔で、安達くんが向かった先をジッと見ていた。
「悪い子ではないけど、男だね~彼も」
「いや、そりゃあそうでしょ。見たらわかるし」
「わかってないよ真紀は。そういうところも可愛いんだけどね」
「キモッ……近寄んないでくんない」
突然、意味の分からないことを言われて鳥肌が立つ。ただそれ以上何かを言うことはなく「俺も戻るよ」と以外にもすんなりどこかに行ってくれた。
逆にそれが不自然で、そのせいかあいつの言った言葉が頭残る。
「何さ……本当に」
なんとも言えないモヤっとした気持ちを抱えたまま、私もクラスの方に戻るのだった。
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