第133話(サイドs):自分より運動苦手な人は初めて

 昔から、運動は少し苦手だった。


 体を動かすことが得意じゃなくて、小学生低学年のころはいつも、鈍間だなんだと言われて男子に虐められていたこともあった。

 ただ自分は芸事をやっていたこともあって、それを言い訳にして「運動なんてできなくてもいい」と意地を張っていたこともありました。ただその時は、鈍間と言われることがただ悔しくて、けれどその現状を変えることもできなくて、逃げていただけなんだと思う。


 でも中学生に上がる頃になると、別の意味で運動が苦手になった。


 成長期を迎えた私は、他の女子に比べて胸が少し大きかったみたいで、男子の視線を集めるようになった。走ると激しく揺れるほどではなかったけど、それでも微かに、自分でもわかるくらいにはなっていた。

 そのせいか、思春期を迎えた男子たちの興味の目が向けられ、そのせいでさらに運動が苦手になった。

 幸いにも周りにいた友達が皆優しかったおかげで、常に守ってもらいながら3年間過ごしたけど、さすがにそれだけの時間があれば慣れた。


 いやらしいとは思うし、ちょっと視線が気持ち悪いとは感じても、いつまでも恥ずかしがってばかりではいられない。これは私の一部で、これからずっと付き合っていくものだから、私が受け入れてあげないといけない。

 高校に上がってからは、少しだけ開き直って、体育も頑張るようになった。ただこの重量になっちゃうと少し激しい動きをするだけで痛くなっちゃうから、結局は大したことはできていない。


 そういう経緯から、きっと私以上に運動が苦手な人もいないだろうな~、なんて思っていた。


 でもそんなことはなかった。


「じゃあ、えっと左から行くよ?」

「左、左ね」

「うん」

「「……せ~の!」」


 勢いよく、お互い左足を前に出した。けれども私の右足は彼女の左足と結ばれていることもあって、自分は左足を前に出しているのに右足を引っ張れ、バランスを崩した。


「ふぎゃ!」

「うぶっ!」


 お互いに情けない声を上げて倒れこむ。


「大丈夫?」

「うん……ごめんね」

「ううん。大丈夫……」


 幸いにも怪我がなくすんでいるが、これではいつ怪我をしてもおかしくはない。

 一度その場で仲良く肩を並べて座り、「「せ~の」」と掛け声を合わせて立ち上がった。


「なかなかうまくいかないね」

「そうだね」


 彼女、日角瑠衣は、普段見せるようなお人形さんのような表情ではなく、珍しくも落ち込んでいるような顔を見せる。

 そう。私以上に運動が苦手な人がこの人。クラスでの人気もあって、いろんなこともそつなくこなして、女の子らしい可愛さを凝縮したような彼女。そんな彼女のことだから、雰囲気から多少運動ができそうなものだと勝手に思いこんでいた。

 でも今思い返せば、私以上に体育は見学してるし、運動をしているようなところは見たことがない。あれは運動が面倒だから休んでいたのではなく、できないから休んでいたのだろう。


 そんな彼女と私は、体育祭で二人三脚の種目に出ることになった。


 短距離走は一人だけ遅れると目立つから嫌だったのでこっちを選んだけど、まさか日角さんとペアになるとは思ってなかったな。


 なんでかはわからないけれど、彼女も二人三脚に立候補していたので、もしかしたら似たような理由かもしれない。ペアの組み合わせは女子グループでランダムだったので、本当に日角さんと一緒になったのは偶然だ。


 ただその偶然が、まさかこんな悲劇を呼んでしまうなんて。


「日角さん。その……運動ができない私が言うのもあれなんですけど、ペアを変えた方がいいかなって思うんですが」


 率直に、運動できない同士でペアになるよりは、片方運動できる人に引っ張ってもらった方が上達すると思っての提案だった。そうすれば本番で恥をかくこともないし、最適だと思ったからだ。


 けれども日角さんは「瀬川っちは私とペアは嫌?」と、ちょっといやらしい返しをされた。


「そんなわけないじゃないですか!」


 焦って大きな声を出してしまったが、日角さんは「冗談だよ」と笑顔を見せる。


「冗談でも言っていいことと悪いことがあります……」

「ごめんって。でも私は、瀬川っちとペアを解消するつもりはないよ?」

「えっ? でもそれだと……」

「瀬川っちが言わんとしてることはわかるよ。私なんて瀬川っちよりも運動音痴、もしかしたら本番に恥をかくかもしれない」

「なら……」

「でも頑張ってさ……頑張って、相馬に褒められたくない?」


 悪い顔……というか、何かを企んでいる時の人間の表情というのは、往々にしてそう見えるもので、その策略に心の中で『うわ~』と若干引いてしまった。

 けれど、彼女の言うことはわかるし、私だって頑張ったら誰かに褒められたい。それも、大好きな人から。


「褒められたいです」

「じゃあ一緒に頑張ろう?」

「はい。……というか日角さんって」

「ん?」

「やっぱり優くんのこと好きなんじゃないですか」


 ずっと黒よりのグレーに置いていたのに、まさかのタイミングでわかってしまった。ある程度の心の準備はしていたので大丈夫ではあるが、ちょっとだけ複雑な気分になる。

 すると彼女は恥ずかしげもなく「そうだよ? だから頑張るんじゃん」とどこか勝ち誇ったような顔をした。


「瀬川っちだってそうでしょ?」

「……もちろんです」


 ああいう風に言ってきた時点で、きっと私の気持ちはずいぶん前から日角さんには見抜かれていたのだと確信していた。ただ前ほど取り乱したりはしなかった。たぶん優くんのことをしっかり好きだと自覚したことや、彼女には負けてはいけないという闘争心が、自分を奮い立たせているんだと思う。


「頑張りましょう」

「うん。頑張ろう」


 改めて誓いあって、肩を組む。そこから「「せ~の」」と第一歩を踏み出そうとしたが、最初の一歩をどちらの足にするか決めてなかったため、また盛大にこけてしまった。

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