第134話:学生の本分は勉強です

 体育祭に文化祭。高校生にとって、これらの学校行事はもちろん大切なことで、外せない一大行事だと思う。ただそれでも俺が思うのは、学生の本分は勉強であるということだ。

 近頃は行事が迫ってきているためか、どこかクラスの空気も浮足立っていて、皆は勉強よりも体育祭の準備や文化祭の準備を気にかけているように感じる。別にそれが悪いというわけではない。俺だって文化祭実行委員として文化祭についてはそれなりに気を使っているし、当日のことを考えるだけで頭が痛くなったりもする。


 ただどうしても、それだけをやっていられるわけじゃない。


 行事が近くなったからといって通常授業がなくなるわけじゃないし、体育祭と文化祭が終わった後すぐにやってくる、期末試験もなくなるわけじゃない。

 だから本当なら、期末に向けての対策や、それに向けての授業をするなど、意外にも大切な時期だったりするのだ。


 ……お祭りが近いってのも考えものだな~。


 黒板に丁寧に描かれた世界の歴史をノートに書き写しながら、先生の話に耳を傾ける。はっきり言って歴史はそこまで好きではないんだが、覚えなきゃいけないことも多いため、サボるわけにもいかない。

 でもそんな俺の考えとは裏腹に、ほとんどの生徒は心ここにあらずといった雰囲気で、先生の話を右から左に受け流していた。


 ああはなるまい。


 進学のことを考えれば、ここはもうひと踏ん張りしなきゃいけない場面だろう。俺も最近はお祭りの空気に当てられて勉強がおろそかになっていたけれど、改めて気を引き締めなければ。

 心の中で『よし!』と掛け声をかけて机に向かう。勉強の意欲も上がっているのですんなりと集中することができたが、その瞬間を待ってましたと言わんばかりに、背中に鋭い痛みが走った。


「――っ!」

「あっ……」


 俺の後ろの方から、申し訳なさそうな声が漏れていた。肩越しに後ろを見ると、刺した本人は手を合わせて謝っている。


 一度先生の方を確認してから、気づかれないように椅子を後ろの席まで下げ、小声で話し始める。


「痛かったんですが?」

「ごめん、ちょっと強く行き過ぎた」


 俺の後ろの席に座る女子、浅見紗枝は指先で刺した場所を優しくなでた。


「シャーペンは止めろっていってるだろ」

「手じゃ届かなかったんだもん」

「……でっ? 今度はなんだよ」


 前期の頃はそりゃあもう毎時間のように授業中にちょっかいをかけてきたこいつだが、後期にはいってからは俺の推薦のためにと、ちょっかいをかけるのを控えている。それでも一日に2~3回はこうやって構ってアピールをしてくるのだが、今日はこれで四回目だ。


「いや、授業おもんないな~って思って」

「そんな風にいうんじゃありません」


 お前はそう思ってるかもしれないけど、先生も少ない時間で頑張って授業内容考えてくれてるんだから、そこはくみ取ってあげようよ。


「それと、優に聞いとかなきゃいけないこともあったから」

「……今じゃなきゃダメか?」

「そういう訳じゃないけど、聞いといたら私のモヤモヤが解消される」


 早急じゃないけどってやつね。


「手短にな」

「そういうとこ優しいよね、優って」

「話さねぇなら戻るぞ?」

「え~? 私と話すのは嫌?」

「……それはずるいだろ」


 嫌なわけはないので、黙るしかなかった。紗枝もそれがわかっているのか、微かに笑い声が聞こえる。


「でっ? なんだよ?」

「うん。その……文化祭なんだけどさ」

「うん」

「どうせ皆と回るでしょ?」

「いや、それは……」


 俺も最初はそう思っていた。たぶんなんとなくで皆で集まって、なんとなくで文化祭を楽しむものだと。けえど今年は違う。二人っきりで一緒に回る。そう約束をしているから、残念だがそのお願いには答えることができない。


「ごめん」

「……えっ?」


 断られることを想定してなかったのか、素っ頓狂な声を出して目をパチクリとしている。


「もう日角と回る約束してるんだ」


 文化祭は3日。そのうちの2日は一般公開され、残り1日は学生のみで楽しむようになっている。文化祭実行委員として俺はステージを任されているが、だからと言って自分のクラスの出し物をおろそかにすることはできない。たぶん時間が取れて半日かそこらへん、日角もたぶん同じくらいだろう。

 それだけ取れる時間が少ない中で、割けられるキャパシティーは多くない。今回その枠は、すでに日角で埋まっている。


「そう……なんだ……」


 明らかに戸惑った様子に、少し申し訳ないような気持にもなるが、かといって日角との約束を破るわけにはいかない。


「意外だね。日角さんと仲……そんなに良かったんだ」

「まあ悪いほどじゃなかったけど、最近ちょっとあってな。それもあって、一緒に回ることになったんだ」

「ふ~ん。そっか……」


 そう呟いて、紗枝はパッと明るい笑顔を作った。


「それは残念だな~。でも……楽しんでね」

「……おう」


 顔は笑顔だった。けれどもどうにも嘘くさくて、それが本心じゃないような感じもあった。


 やっぱり皆で回れないのが寂しいのかな。でもこればっかりはな~。


 日角が二人でと言っている以上、俺の一存で変更はできない。ただ紗枝の様子を見て、もしも日角に誘われなかったら、当たり前のように皆で一緒に文化祭を回っていたのかもしれないと思うと、確かにちょっとだけ……もったいないような気もした。


 日角と二人で回るのも、たぶん楽しいとは思う。けれど紗枝や幸恵、塚本や寺島も加えて大勢で回るのも、それはそれで楽しかったと思う。それに……。


 椅子を引いて授業に戻る。けれどもどこか上の空で、勉強をしているようで集中はできていなかった。


 頭を振って、いろんな考えをいったんリセットする。


 日角と一緒に回ることを選んだのは後悔していない。だったらこの話は終わりだ。紗枝たちと一緒に回れなかったのは残念だけど、何も一緒に回ることだけが文化祭じゃない。クラスで一緒に出し物もするんだ。それでいいじゃないか。


 言い聞かせるように心の中でそう呟いて、気持ちを切り替える。ただそれでも心の奥でもやついたものを感じてしまい、少しだけ……苦い気持ちになった。

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