第91話:その答えが聞きたい

 新嶋さんはパタパタと俺たちに近づくと「いや~偶然ですね~」なんて、白々しさを醸し出してくる。

 いや、どうせお前はどっかで見てたんだろ? というツッコミは一旦置いておいて、あまりのタイミングのよさに「お前……」と言葉がこぼれた。


 今、明らかに幸恵が大事な何かを言おうとしていた。そんな雰囲気を感じたし、あんなに真剣な表情を向けられたのは初めてだった。

 それだけの覚悟が、あの一瞬にはあったと思う。

 それをこいつは……。


「まさかこんなところで会うなんて。しかもお二人でデートしてたなんて」


 おどけて見せる新嶋さんは、正直笑えなかった。今日の幸恵とのデートは仕組まれたもので、それをたくらんだのは目の前にいる新嶋さんだ。俺はそれをわかっているし、幸恵にも事情を伝えて彼女が着いてきていることは話している。

 だからそんな道化師のように振る舞わなくても、彼女が突然現れることに驚きはしない。ていうか、こんな三文芝居を道化師とかいっちゃったら、本場本職の人に怒られそうだ。すみません、本当に。


 呆れてものも言えない。ため息を吐き、渋い顔で新嶋さんを見上げる。俺の対応にさすがに場違いだと悟ったのか、「あ~……ごめんなさい」と素直に謝った。


「たく……ってそうだ。幸恵、さっきは何を?」

「いえ! なんでもないです!」


 改めて聞かれると答えにくくなるもので、焦った様子で話を区切る。


 なんだったんだろう?


 あの時の幸恵の表情とか雰囲気とか、本当にただならないというか……まるで、告白のような。


 告白?


 考えがそこに至って、戸惑いから変な汗が出てくる。

 いや、さすがにないだろう。そりゃあ、デートを容認できるくらいには仲がいいとは思ってる。放課後だって勉強を教えてるし、夏休みにはお弁当を作ってもらったりはした。でもそのほとんどが、俺が与えるものの見返りであって、貸したものを別の形で返されているだけ。それだけのはずで、それ以上はないはず。それに、本当に告白だとはかぎらない。


 もしかしたら違う話だったかもしれない。それが何かはわからないけど、違うのかもしれない。

 自分の中で唱えるように繰り返して、告白ではない理由を探した。

 相手からの好意を真に受けて、好きかもしれないなんて勘違いして自惚れて、実は違いでしたなんて洒落にならん。そんな恥ずかしいことはあってはならない。


 けれど……本当に告白だったら?


 拭いきれない考えに、顔が熱くなる。もしもを考えてしまうと、心臓がうるさすぎる。


「あれ? 寺島さん?」


 幸恵の声に顔をあげると、寺島が苦い顔をしてそこに立っていた。


「なんで、寺島さんがここに?」


 その全うな質問に寺島は「色々、問題があってね」と、眉間にシワを寄せ疲れきった様子で話した。

 ああ、きっとこいつも巻き込まれたんだな。

 態度一つで察してしまった。寺島の性格を考えれば、覗き見るなんて行為をするようなやつじゃないし、恐らくは新嶋さんに頼まれたんだろう。


「大変だったな」


 労いの言葉の一つでも思ったが、「胃に穴が空くかと思ったわ」と予想の斜め上の答えが帰ってきた。


 そんなに? どれだけストレス与えたんだよ。

 新嶋さんを見ると、彼女はなに食わぬ顔で首をかしげる。


「それで、あの……どうしたんですか?」


 幸恵は困った様子で新嶋さんに尋ねる。

 彼女の言いたいことはわかる。いままで遠くで見ていたはずの新嶋さんが、なぜこうして俺たちの前に姿を表したのかということだ。理由はあるんだろうが、俺たちには想像ができない。


「そうでした。一応、一日付き合ってもらったので、お礼に晩御飯くらいはおごらせてください」


 その言葉に、俺たち三人は「えっ?」と多少戸惑った。


「えっ? ってなんですか。私だってお礼くらいしますよ」


 まさか新嶋さんがそこまで義理堅い人だとは思っていなかったので、少し唖然とした。なんか新嶋さんって、唯我独尊、自分さえよければそれでいい! みたいな人だと感じていたので、失礼な話をすれば俺たちのことは適当に考えているとばかり思っていた。

 そんな印象の彼女がおごるなんていうのだから、驚きもするだろう。


「いや、あまりにもらしくないから」


 寺島の辛辣な言葉に「さすがに失礼ですよ!」と反論する新嶋さん。


「方法はアレでしたが、頼んだのは私です。対価はきちんと支払いますとも」


 方法がアレだったことについては理解していたのか。


 しかし、こう言ってくれるのだから断るのは悪い。せっかくの好意なんだからご相伴に預かろう。


 隣に座る幸恵を見る。どうする? と目で尋ねると、仕方ないですね。と言いたげな表情を浮かべた。寺島を見ると、ご勝手にどうぞ。とこちらに一任する姿勢を見せる。


「じゃあちょっと早いけど、晩御飯にするか」

「さすがに高いものは無理なので、ファミレスでいいですか?」

「そこは任せる」

「了解です!」


 新嶋さんはスマホを開き、寺島と話ながらどこにいくかを決め始めた。


 これで、幸恵とのデートも終わり。色々あったけど、本当に楽しかった。ただやっぱり、最後のあれだけはずっともやもやしそうだ。新嶋さんが割り込んでこなければ、ハッキリとしたんだが。

 できるだけ考えないようにしよう。

 そう思いながらベンチから腰をあげると、服の裾を引っ張られる。なんだと思って顔を向けると、どうやら幸恵が裾を摘まんでいたようだ。

 けれどこちらを見てはおらず、少しうつむきがちに前を向いている。


「どうかした?」

「続きは、いずれ」


 それだけ呟いて、幸恵は新嶋さんと寺島の方に歩いていった。


 続きって……さっきの続き? いずれ? えっ?


「……えっ?」


 困惑して、その場に立ち尽くした。

 考えないようにしようと脇に置いた矢先に、手元に戻されてしまった。こんなの、考えなようにするんなんて無理がある。

 気になる……気になって気になって仕方がない。


 幸恵は、俺に何を言おうとしたんだろう。

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