第88話:経験のなさが物語る

「凄まじい体験でした!」

「そうだね」


 鉄骨渡りの体験を終えたあと、俺たちは適当にぶらつきながら気になったアトラクションを遊んでいた。まるでジェットコースターの用なものから、海底探索、シューティングゲームなどなど。どれも本当に楽しかったし、ビックリするような体験だった。

 だからか幸恵は興奮さめやまず、楽しそうに先ほどのVRアトラクションについて語っている。


 元気なのはいいことなのだが、さすがに俺はVR酔いしていた。

 三半規管が弱いのかわからないが、頭が重いし目が疲れた。体にも怠さがあるので、ここいらで一度休みを挟んでおきたい。


「次、どこに行きましょうか?」


 本当に元気だなこいつ。


「ちょっと、休憩入れたいなって思うんだけど」


 苦笑いしつつ提案すると、幸恵は俺の顔をジッと見つめ「大丈夫ですか?」と心配してくれた。


「ちょっと酔っただけだから大丈夫」

「そうですか。あっ、ベンチに座りますか?」

「あ~、ありがとう」


 近場にあった三人掛けのベンチに腰かけると、ドッと疲れがきて頭がよりいっそう重くなる。車酔いに近い現象だからか、吐き気も感じる。

 背もたれに体を預けて天井をあおぐ。どうやら、自分が感じている以上に酔いが酷いらしい。

 隣に座る幸恵は心配そうに俺の様子を伺い「飲み物、買ってきましょうか?」と気を使ってくれた。


「水が欲しいかな……」

「わかりました!」


 施設の中には自販機がいくつか存在する。今座っているベンチからも一台、自販機が見える。


 幸恵はパタパタと駆け足で自販機に向かう。その後ろ姿を、ただ眺めながら、少しの申し訳なさと感謝の気持ち、それと単純に後ろ姿が可愛らしいと思ってしまった。

 かいがいしくしてくれると、男は少なからず好意を寄せてしまう。それは自然の摂理で逃げられるものではない。それが幸恵ならなおさらか……。


 ああいう彼女、いいな~。


 今日だけは幸恵は俺の彼女だけど、明日からは普通の友達の関係に戻ってしまう。わかっていることだけど、どこか残念に感じてしまうのは、欲望が過ぎるか。

 それに幸恵が優しいのは今に始まったことではない。きっとこんな状態になれば誰であれ手を差しのべるだろう。俺だから、なんてことはまずない。だからそれで勘違いするのは奢りだ。


 冷静に判断すればその通りなんだ。ただ……もし幸恵が彼女になれば、その優しさをいつでも受けれると思うと、彼氏になるやつが羨ましい。


 ボーッと彼女の背中を見つめる。幸恵は飲み物を購入して、自販機の排出口からペットボトルを取り出す。するとそのタイミングで、チャラついた二人組の男性が幸恵に話しかけた。


 道案内……じゃないよな?


 ただ本当に、何かについて訪ねているだけという可能性を考慮して、見守ることにした。しかしすぐに迎えるよう、一先ず立ち上がっておく。

 幸恵の様子を見ていると、笑顔で対応し俺に視線を送っている。それに会わせて男たちも俺を見るが、話をやめるようなそぶりは見せなかった。


 感じ悪いな……。


 幸恵の様子だけ注意して見る。すると困ったように苦笑した。


 これは、そうだな。


 男たちに向かって歩き始める。

 たぶんあれはナンパだ。幸恵が美人だからナンパされるのはわかるが、それでも俺という存在がいるのにも関わらず諦めず話しかけるとは、完全になめ腐ってやがる。


 気持ち悪さからからか、自分の中の沸点が低くなっていることがわかる。だけれどできるだけ気持ちを抑えようと呼吸を整えてから、幸恵と男たちの間に割って入る。


「俺の彼女に何かご用ですか?」


 男たちに睨みを効かせる。見たところ年上っぽい雰囲気で、耳にはピアスなど開けていた。ただ身長についてはたいした差はなく、むしろ俺の方が少しだけ大きいかもしれない。

 男たちは俺を見て下卑た笑みを浮かべて「ただ道を聞いてただけだよ」「俺たちパンフレット落としちゃってさ~」と軽いノリで話し始めた。

 軽薄そうな雰囲気が癪にさわるが、ことを荒立てればパーク側や幸恵にも迷惑がかかる。それにこいう奴等は、シカトするのが無難な解決方法だ。

 あと必要なのは、なめられちゃいけないことだ。怖かろうがなんだうが、憮然としていろ。


「だったら入り口に戻ってスタッフのお姉さんに訪ねるんだな」

「いやいや、そこまで案内してもらおうってだけの話で」

「だったらスタッフの人に話しかけろ。わざわざ俺の彼女をナンパしてんじゃねぇ」


 イライラがそろそろ限界に近く、けれども頭はいたって冷静にだった。視線を男たちの後ろに向ける、そこには巡回している清掃スタッフが歩いていた。


「すみませ~ん!」


 手を挙げて、スタッフの人を呼ぶ。男たちはそれにつられて後ろを向くので、その一瞬の隙をついて幸恵の手を取り走り出す。


「いくぞ」

「はっ、はい!」


 男たちの驚く声が聞こえる。しかしここで俺たちを追いかければ、スタッフの人に目に止まるで問題になる。それが嫌なら愛想笑いでもして、仲良く演技でもすればいい。


 なるべく入り口付近まで走ってから、一息つく。


「幸恵、大丈夫か?」


 突然走り出してしまったから、相当負担をかけたに違いない。しかし幸恵が肩で息をしながらも「大丈夫……です」と笑顔を向けてくれた。


「ごめん。俺、喧嘩とかはできないからさ」


 あそこであのナンパ野郎を追い払えたらそれでよかったかもしれないけど、残念ながら俺は喧嘩の経験なんてないし、がたいもよくない。幸恵を危険にさらさないようにするには、逃げる以外の選択肢はなかった。


「そんなこと……ないです」


 すると幸恵は、自分の胸に手をやって「よかった、なにもなくて。本当によかった……」と絞り出すように呟いた。


 その言葉を聞いて、彼女も怖かったのだということに気づき、その原因が俺にあるということを理解した。

 幸恵は俺が割って入ったことで、俺に危害が及ぶ可能性を恐れたのだ。だからこそ、こんなに震えている。

 自然と、手が彼女の頭に向かった。けれども手を止めて、「ごめん……」と一言だけ謝って、手を下ろす。


「無事ならいいんです。かっこよかったですよ」


 ただ逃げただけの俺には過ぎた賛辞だと思うが、素直にこう言ってもらえるのは嬉しかった。


「出ようか」


 あんなことがあったんだから、ここに長く留まるのは危ない。あいつらがまた、いつ来るかもわかったもんじゃないしな。


「はい。出ましょう」


 それをわかってなのか、幸恵は簡単に受け入れてくれた。ただやっぱり、表情は少しだけ優れない。

 自分のせいじゃないんだから気負わなくていいんだけど、そういう問題じゃないだよな。

 俺にできることは、気を紛らわしてあげることなんだと思う……けれどどうしたらいいのかなんて、わかんない。


 歯がゆい気持ちを噛み潰しながら、その場をあとにした。

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