第89話(サイドt):やればいいわけじゃない

 払いたくもないお金を払って、人気急上昇中のVRアトラクションパークに足を踏み入れ、私はいったい何をしているんだろうか。

 冷静に今日の自分の行動を見つめ直すと、たんなるストーカーに他ならない。いやまあ、友人に唆されなければ、私はけしてそのような犯罪行為に手を染めるなんてことはしないし、ましてや相手があの二人でなければ『面倒くさい』の一言で片付けていただろう。


 ではなぜこうなったのか?


 原因はそもそも、私の隣でメモ帳片手に食い入るようにデート風景を見ている、このおかしな女にある。

 道すがら彼女、新嶋佳代に今回の件についてはあらかた説明を受けた。簡潔に言うと、彼女の作品のためにデートというものを見てみたかったから、友人である相馬優と瀬川幸恵に頼んでデートしてもらってる。

 この時点ですでに色々とおかしな部分はあるんだが、事実そうなのだからたちが悪い。そもそもの話、相馬と幸恵はけしてカップルだとか、付き合っている恋人だとかではない。お互いただの友達で、それ以上でもそれ以下でもない。現時点では……だけどね。


 あの二人は、少なからずお互いのことを思っているだろう。特に幸恵に関しては、相馬に恋をしていると言って差し支えない。ただ相馬の方は、まだ友達だという気持ちが強いように思える。


 そんな二人のデート風景。本来ならなにか進展があるのではないかとドキドキするものだが、あいにく私はモヤモヤしながらあの微笑ましい光景を眺めている。


 理由は単純。私の大切な親友が相馬優のことを大好きだからだ。


 もう病的と言っていいだろう。何がそんなに彼女をそこまで熱くさせるのかわからないが、相馬のことになるととにかく煩い。でもそれだけ好きなんだという気持ちがいつも伝わってきて、恋を知らない私からしてみれば、素晴らしいことなんだと思っている。できることなら彼女の恋を応援したいし、成就する姿を見てみたい。

 そう思っている……そう思っていたのに。


 ──もし、私の気持ちが本当だったら。また相談に乗ってくれますか?──


 幸恵からの問いかけを、私は曖昧なままにしている。優柔不断な自分が顔を出して、なにも決めることができずにいる。自分のたち位置を守りたくて、嫌われたくなくて、我が儘な心から本音を隠した。私は親友のために動くのであって、友人のために動くつもりはなかったから。

 けれど考えれば考えるほど、私はわからなくなっていく。前はそれが自分にとって正しいのだと思っていたけれど、彼女の直向きさや相馬に寄せる思いを目の当たりにすると、どうしてあげればいいのか……わからない。


 ため息を吐き出す。考えたくもないことをグルグルと……何も考えずにギターが弾きたい。


 現実逃避をしていると「友達枠というのも大変ですよね」と、二人のデートに夢中になっていたはずの佳代が、こちらを見ていた。


「デートはいいの?」

「アトラクションを楽しんでいるだけのようなので、終わるまでは少し暇ですね。向こうの声がこっちまで聞こえればいいんですが」


 二人に気づかれないように、私たちは少し離れた場所から二人の様子を眺めている。自然な様子を見たいと言う佳代の希望から、同伴ではなくこういうストーカーみたいな形で追跡するはめになっているからだ。


「今から突っ込んでもいいんじゃない? どうせ二人には見られてるのはバレてるんでしょ?」

「それとこれとは話が違いますよ。それにこちらが割ってはいるのは、もう少し後です」


 感情の読めない笑顔に、自然と考えさせられる。


 こいつはいったい、何を考えているんだろう?


「それよりもどうしたんですか? 悩みごとがあるようですが」

「悩みっていうか……なんだろうね」


 いざ言葉にしようとすると、自分の感情を的確に表すことができない。ただ一つ言えることは、私は何をすればいいのだろうということだ。


「……これは独り言なんですが」

「えっ?」

「恋愛において外野のお節介って、本当に必要なのかなって思うんですよね」

「……どういうこと?」

「手を貸してあげたいって思う気持ちはわかるし、その後押しが結果に繋がることもあると思います。でもそのたった一言のせいで、二人の関係を引き裂いてしまうことだってあると思うんです」

「余計なお世話ってこと?」

「本人にその気がなくても、相手の取り方次第でそうなるでしょう。だから必ずしも、何かをしなければいけないわけではないんです」


 そんなことはないと、反論したい気持ちはあった。けれどもそれと同じくらい、佳代の言葉に説得されている自分もいる。それに……なんだろう。佳代の言葉には、まるでそれを経験したかのような、実感が込められていた。


「でも、それで気持ちが整理できるほど人間ってうまくできてなくて、結局手を出したくなってしまいたくなるんです。何かをしてあげることで、自分の中の優越感に浸りたくなるんですよ。それが……たった一人の少女の人生を左右することになっても」

「……あんた、何かあったの?」


 その質問に、佳代は綺麗な笑みを浮かべて「さぁ? なんの話ですか?」とはぐらかした。


 話したくない過去は誰にだってある、きっとこれは佳代にとって隠すべきものなんだろう。


「なのでまあ、関わることが悪いわけではないと思います。私だってそれくらいは理解してるつもりです。ただ時には、見守ってあげることも大切ですよって話です」


 こいつはいったい、どこまでのことを理解しているんだろう。明らかに、的確に悩みを言い当ててくる。正直、気持ちが悪い。

 ただ、人の気持ちを見通すようなその瞳に一抹の不安を覚えると同時に、伝えられる言葉に救われている自分もいる。

 これもこれで、妙な話だ


「独り言はここまで。移動しますよ」

「……うん」


 いつの間にかアトラクションを終えた相馬たちは、笑いながら次のアトラクションに向かって歩いていく。

 佳代の手のひらの上で転がされているような気分になるけれど、そのおかげで気持ちの整理も、多少なりともできた。


 今はまだ、優柔不断でいいかもしれない。この問題は早急に解決できることじゃないから、決められないから保留にする。逃げではない。たぶん今考えたところで、答えがでないだけなんだ。

 ただいつでも答えが出せるように、覚悟だけはしておこう。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る