第87話:初VRにハイテンション

 新しくできたVRアミューズメントパークは、多くの若者たちで賑わっていた。皆が各々の場所でVRゴーグルを被っては様々なアトラクションを楽しんでいる。


「さて、どこから遊ぶ?」


 先程、受付でもらったパーク内の見取り図を広げ、幸恵に訪ねる。彼女は俺の手元を覗きこみながら、難しい顔をした。


「あの、優さん」

「ん? 何?」

「誘っておいてなんなのですが、VRって結局どんなものなんですか?」

「知らないの!?」

「知らないという訳ではないんですけど……」


 困ったように笑みを浮かべる幸恵。

 なんとなくわかってはいるものの、実際にどんなものかわからないってところか。今のご時世にしてはかなり珍しい。ただまあ、テレビで見るようは機会もあまりないか。ちなみに俺が見てるような番組でも、一度もVRについて取り上げてなかったし。


「VRってのはバーチャルリアリティって言って、仮想現実を体験できるものだよ」

「仮想現実」

「簡単に言っちゃえば、現実に目の前にはないけれど、あたかもあるように錯覚できるってところかな」


 大雑把に言っちゃえばだけど。

 俺も実際にVRを体験したことがないので、どれ程のものかは定かではない。けれど知識としてなら、このくらいで問題はないだろう。

 幸恵も納得したようで、目をキラキラと輝かせながら「すごいですね、最近の機械は!」と関心を示していた。


「まあ、そういう感じなので……どこから行こうか」


 改めてパークの見取り図を見る。アクションを含んだものが主だが、中にはある環境化を体験できるような場所もあるみたいだ。


「優くんはどこ行きたいですか?」

「俺? 俺は、そうだな……鉄骨渡りとか、ゾンビを銃で打つ奴とか楽しそうかな」

「ゾンビ……」


 幸恵の顔が渋る。まあ女子でゾンビが好きって人はそうそういないだろうし、ホラー系が苦手な人も少なくない。ここはさすがに幸恵には厳しいだろう。


「鉄骨渡り行こうか」

「……そうですね。いきましょうか」


 そう言って、彼女は手を差し出す。一瞬、その行為に躊躇を覚えてしまったが、もはやここに来てヘタレる意味もないので、見取り図を閉じてから彼女の手を握る。今日で三回目……それでもやっぱり慣れるものではない。恥ずかしいという気持ちが心を擽り、なんだか背中がソワソワする。こうやって手を握るという行為によって、自分はデートをしているんだという気持ちになっているからかもしれない。

 まあ、新島さんに仕組まれたデートな訳で、見られてるみたいなんだけどね。そこはちゃんと、頭に入れておこう。


 ~~~


 鉄骨渡りの体験コーナーはほどよく空いていて、適当に待っていればすぐに順番が回って来た。

 コーナーではパークスタッフのお姉さんが一人ついていて、彼女がVRゴーグルを手渡して、装着の仕方などを教えてくれた。

 装着する前に、一度視線を前に向ける。そこには平均台のように一本の道があり、その脇が10センチか15センチくらい窪んおり、安全性を考慮して柔らかなマットがしかれている。

 なるほど、不安定な道の上で映像を見せることで疑似体験ができるってことか、良くできてるな。


 パークスタッフのお姉さんは、一本道の先を指差して「あそこにボタンがありますので、それを押すことができればクリアになります。頑張ってください」と笑顔で応援してくれた。


「優くん、頑張って!」


 そして俺の後ろでは、幸恵も応援してくれている。


「よし!」


 VRゴーグルを装着すると、真っ黒な空間が目の前に広がる。さらにさっきまでパーク内のVGMが聞こえていたのに、いつのまにか風の音が聞こえ始めた。

 そして満を持して、目の前にまっさらな青空に向かって伸びる一本鉄骨とビル街が写し出される。視線を下に向けてみると、車がこめつぶに思えるほど小さくて、風の音と合間って恐ろしい臨場感だった。


 ……こっわ!


 ここに来て恐怖心が沸き上がってくる。


「優くん。今どんな感じですか?」


 後ろから声をかけられるが、ただ今自分が立っている場所は鉄骨一本なので、迂闊に振り替えると落ちそうで怖い。


「ヤバイ! めっちゃ怖い!」


 本当に一歩踏み外したらまっ逆さまに落ちてしまいそうだった。これがVRだと頭では理解できていても、空調の風やBGMで流れているビル風の音なんかのせいで現実なのかもしれないと錯覚しそうだ。


 落ち着け、これは現実じゃない。目の前にはただの壁で地面もこんな高くない。落ち着け、幸恵だって見てるんだぞ。


 男として情けない姿を見せたくなかったのもあった。ちっちゃな見栄ではあったが、それが男にとっては案外大事なものだったりする。

 なるべく普段通りに歩いて、スイッチを押す。すると目の前が真っ暗になり、ファンファーレの音と共にCLEARの文字が画面に浮かんだ。


「おめでとうございます! ゴーグルはずして大丈夫ですよ!」


 お姉さんの指示のもと、ゴーグルをはずす。さきほどの光景と変わらないような現実の景色がそこにはあり、後ろを向くと幸恵が手を振ってくれた。

 少し気恥ずかしい思いもあったが、俺も軽く手を振り替えして来た道を戻る。


「じゃあ次は彼女さん行きましょうか!」

「えっ! あっ、はい!」


 スタッフさんに少し驚いた様子を見せた幸恵だったが、俺からゴーグルを受けとると、頭から被る。


「真っ暗ですね」

「まだ何も写してないですよ」

「そうなんですか!?」

「あと、そこからだと危険なので、こちらにお願いします」

「えっ? どちらですか?」


 ゴーグルをつけたままなので、当たり前だが何も見えてない。融通を聞かせて一度ゴーグルを取るなんてこと、幸恵の頭にはなさそうだった。なので彼女の後ろから肩に手を置いて、スタート地点まで押してあげる。


「はい。ここから真っ直ぐだから」

「ありがとうございます。優くん」

「それでは始めますよ~。いってらっしゃーい!」

「お~! おお~!!」


 楽しそうだ。


「凄いです! というか怖いです! 踏み外しそう!」


 怖いと言いつつ、どこか嬉しそうだった。

 しかしそれも最初のほうだけ。おそるおそる、摺り足で真ん中らへんまで進むと、さすがに足が止まった。体は真横を向けて両腕を広げてバランスを保ちながら、生まれたての小鹿のように足を震わせている。


「幸恵、大丈夫?」

「こ……怖いです……」


 限界そう。


 視線をスタッフさんに向けると、苦笑しながら「ゴーグルを外して大丈夫ですよ~」と呼びかけてくれた。


「途中で外していいものでしょうか?」

「変なとこ律儀だな……」


 まあ、そこも幸恵らしさと言えば幸恵らしさなんだよな。

 いまだ悩んでいるようだったので、スタッフさんに「行っていいですか?」と断りを入れてから、幸恵を迎えに行く。


「幸恵」

「優くん?」

「じっとしてろ」


 彼女の前まで行って、VRゴーグルを外してやる。少しだけ目が潤んでいて、相当怖かったんということが伺える。俺も結構怖かったし、仕方がないかもしれない。


「大丈夫か?」


 声をかけると、幸恵は息をついた。


「なんだか、優くんの顔を見たらホッとしました」


 はにかむ姿に、頬が暑くなる。


「大袈裟だよ」


 わざと遠ざけるような言い方をして、心の距離を保とうとする。

 男心をくすぐるというか……気を抜くとほだされそうでヤバイ。これはデートでも仮のデート。俺たちはカップルじゃないんだから、気持ちはなるべく遠くにやらないといけない。

 それでも厄介なことに、彼女のために何かをしてあげたいと思ってしまう。遠くにやらないといけないのに、行動はどんどん近づいていく。

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