第160話(サイドa):素直にならなきゃ

 文化祭の準備期間が始まってからというものの、優との時間が全くと言っていいほど取れなくなっている。

 昼休みは文化祭実行委員の集まりで、放課後は文化祭実行委員のお仕事で教室にいないことが多い。たまにクラスの準備が進んでいるかどうかで顔を出しに来ることはあるけれど、クラスの進行を纏めてる人とある程度話すと、すぐにどこかに行ってしまう。


 だからかここ三日ほど、私はあまり優とお話をしていないのだ。


 まあ? ラインとかで電話すればすむ話ではあるんだけど? けど実行委員の仕事で疲れてるだろうし、家ではたぶん勉強とかに時間を割きたいだろうし、私の我がままに付き合わせるのは少し忍びないというか……どちらかと言えばしっかり休んでほしいと思ってる。


 でもそんな思いとは裏腹に、自分の心がどんどん弱っていってるのを感じる。無理をしてるんだろうな~っていうのが、客観的に自分の考えを分析してよくわかった。

 いつも通りにしているつもりではあるけれど、何かが足りないような喪失感。なんだか……満たされないんだよな~。


 気だるさと共に、ため息が零れる。社会科の先生の話を右から左に受け流しながら、前の席に座る優を見た。背筋を伸ばして先生の話に耳を傾け、時折手元のノートに視線を落としては内容を書き留めている。

 文化祭が終わればすぐにでも期末試験の準備期間に入るため、いつにもなく真剣な様子で取り組んでるように見える。きっと優にとっては家で勉強をするのも、教室で勉強をするのも同じくらい大事なことで、必要なことなんだろう。


 ちなみにで言うけれど、私は断然、家で勉強派の人間というか、一人で静かに勉強をするタイプなのだ。だからどうも学校という環境が性に合わない。大人数いて、先生の説明を聞いて、足並みを揃えて進んでいく。それが少しムズムズするんだよね。


 小学生のころから、私も優と同じで勉強が友達だった。片親ということもあってあまり早く家に帰っても仕事で親がおらず、かといって友達もいなかったから、暇な放課後は一人で図書室に引きこもり勉強をするか本を読んでいた。

 それが習慣づけられたからか、中学に入っても高校に入っても勉強はなるべく一人でするようになったのだ。


 なので授業中は結構集中力が散漫で、あまり勉強に真剣に打ち込めない。優にちょっかいをかけるのも、ただ彼のことが好きだからというだけでなく、自分の暇つぶしもかねているのだ。

 まあ、好意による興味本位が9、暇つぶしが1ぐらいの割合だったけど。私に意識を向けさせたかったのもあり、彼がどんな反応をするのか気になったのもあり、そういうキャラを演じてたっていうのもあったけれどね。


 けれどもう、彼のことを思うのなら、不必要なちょっかいはかけるべきじゃないかもしれない。それが優のためになるのならなおさら……。


 ——もう目をそらさない――


 何をいい子ちゃんぶってるんだか、私は。


 自分の気持ちをごまかさないと心に決めて、すぐにこれだ。本当に生き方というのは恐ろしい物で、変えたいと思っていても根付いた心がそれを許さない。

 でも悪いわけじゃない。日角さんも言っていた、そう簡単には捨てられない。だから素直な気持ちと理想の自分でいようって。

 私はどうしたって臆病だから、気持ちとは裏腹に一歩引いてしまう癖がある。だから我がままに、一歩踏み込めるように、これまで理想の私を演じてきた。

 素直な私、理想の私。どっちも本当で、どっちも今まで生きてきた自分なんだから。


 手元のルーズリーフを半分に折り、折り目を付けてから手でちぎる。


 いままでの、ただそうしなきゃでかけてきたちょっかいとは違う。自分の意志で、自分の気持ちで、私は私の我がままを優に聞いてほしい。


 書き終えたところで、中身がわからないように手紙折りにする。形は可愛らしくハート……はやり過ぎなので、ボトル型にした。


 この中身を見たら、優はどんな顔をするのだろうか。


 期待をしながらも、少し不安に思う自分もいる。けれど優はそんな人じゃないと分かっているから、不思議と気持ちは穏やかだった。


 手を伸ばして、前の席に座る優の背中を突いた。ピクリと反応があったと思ったら、周りに気づかれないようにゆっくりと椅子を後ろに引き、私の机に合わせてくる。


「どうした?」


 私にしか聞こえないくらいの小声で、いつも通り肩越しに話し始めた。


「これ」


 手紙を差し出すと、彼は訝し気にそれを見つめてから、ひとまず受け取る。先生からの視線を気にしながら、机の下でそれを開いていた。


 書いた内容は単純。放課後少し、暇ある? ただそれだけ。たった一文だけど、勘のいい人だったら、女子が男子に送ってるって時点でそういうことを想像してもおかしくはない。けれど相手は優なので、そこは気にしないようにしている。


 読み終わったであろう彼は、何かを書き始め。形もへったくれもない二つ折りにして私に無言で返してきた。

 受け取って、中身を確認する。


 ——暇はない。でも一緒には帰れる――


 たったそれだけ。それだけでも、私の気持ちは有頂天だった。私のことを考えてくれてる。それだけでもう、嬉しかったのだ。


 優はまだ椅子を引いた状態で、私の返事を待っていてくれている。なんだかその後ろ姿が可愛くて、可愛いがために、指先で背中をなぞってしまった。


 ビクリと肩が跳ねたと思ったら、彼は背中を丸めて肩越しにこっちを睨む。


 怒ってるよね。でもそんな顔も、可愛いと思ってしまう。


 体を前に寄せて、優の背中ぐらいまで顔を近づける。彼は私が顔を寄せてきたから、耳を差し出した。


「待ってるね」


 優にしか聞こえないような小声で、ちょっと息を多めにして返事を返す。くすぐったかったからか、彼は一瞬体を震わせてから恨めしそうにこちらを見つめ、「先帰んなよ」と言い残して椅子を戻した。


 密談を終えて。私は嬉しさを抑えられなくて今にもガッツポーズをしてしまいそうだったから、それを隠すために机に突っ伏して寝たふりをした。けれどもそんなことで収まるわけもなく、その授業中はずっと、顔がにやけっぱなしだった。

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