第82話:俺とデートしてくれます?

 スマホを確認してから、幸恵の様子が明らかにおかしくなった。動揺してるのはそうなんだけど、どことなく怒っているようにも感じる。普段から温厚な幸恵を怒らせるようなできごとって、一体なんだ?


 いや……偶然にもお互い全く来ないような、陽キャが集うようなこの街で出会ってから、幸恵の様子は変だったな。突然、俺が待ち合わせしてる相手のことを聞き出したり、聞いたと思ったらおもむろにスマホを確認して驚いたり。正直、ついていけなくて俺は困惑している。


 いまだに険しい表情でスマホとにらめっこしている幸恵。ちょっと待ってと言われているから素直に待っているが、いい加減聞き出してもいいだろうか?


「あ~……幸恵さん?」


 俺の声にようやく顔をあげた幸恵は、カーっと顔を赤くして視線を泳がせる。

 今の流れに顔を赤らめるような場面が、はたしてあったのだろうか?


「えっと……すみません優くん。もう一度、待ち合わせをしている相手のお名前をうかがっても?」

「えっ? 新嶋さんだけど……」


 再確認を終えると、幸恵は照れ臭そう視線を下げて「あの……私も新嶋さんと待ち合わせしてるんです……」と教えてくれる。


 ……ん?


「ごめん。もう一度いい?」

「新嶋さんです」

「いや、新嶋さんは俺と約束があって……あれ?」


 なんか話がややこしくなってきたぞ?


 確認のために自分のスマホで、昨日の新嶋さんとのやり取りを見返す。最初は俺が日付を間違えているのかと思った。けれどよくよく見返しても今日だし、そもそも電話の時に『明日の土曜』ってあいつ言ってたもんな。それは確実に覚えてる。

 つまりどういうことだ? あいつは俺と約束をしているのにも関わらず、幸恵とも約束をしていた、そういうことか? なんで?


 今回の趣旨を思い出す。俺は新嶋さんに『デートとかよくわからないから、デートしてくれませんか?』と頼まれている。この時点で俺が新島さんとデートをする以上、幸恵を誘う必要性はなくなる。


 ……やばい、本当になんでかわからない。


 あまりに突然のできごとに混乱していると、幸恵が「私も変だと思って新嶋さんに確認したんですが……」とスマホを握りしめて答える。もしかしてさっき確認したのは、新嶋さんとやり取りをするためだったのか。つまり幸恵を怒らせるようなことを、新嶋さんは言ったてことか。いったい何を言ったんだあいつは。


「それで伝言を預かりまして。私は遠くから見てるので、男を見せてください。とのことです」


 男を見せるって……なんか変な予感がするんだが。


 今日俺は、新嶋さんとデートをするためにわざわざここにやって来た。けれど新嶋さんは姿を見せず目の前には幸恵。そしてこの伝言……つまりそういうことですか!?


 幸恵と俺のデートを遠くから見てるから、後はお願いしますってことだよなこれ!?


 予想外にもほどがある。これがもしドッキリとかなら、今すぐにプラカードを持って現れてほしいくらいだ。

 いや、別に幸恵とのデートが嫌とか、そんなことは微塵も思っていない。むしろデートできるなら楽しいだろうし、してくれるなら男として嬉しい限りだ。ただ今日は新嶋さんとする予定で考えていたから、突然頭の中に核爆弾を落とされたみたいで、気持ちとか考えとかが追い付かない。


 どうしていいのかわからず口を閉ざしていると、見かねた幸恵が「大丈夫ですか?」と声をかけてくれる。


「ああ……ごめん」


 ひとまず冷静になろう。様子を見るに、幸恵も直前まで俺とデートをするはめになるなんて思ってなかっただろう。おそらくつい先程に、新嶋さんとやり取りして発覚したと見ていい。


「ようするにあれか……俺たちはまんまと新島さんにはめられたってことか」


 状況を整理するとこんなところ。幸恵は何がどうしてこうなったのかわからないが、騙されたことに変わりはないだろう。


「そうなりますね」

「ちなみに幸恵は、どういう理由で呼ばれたの?」

「最近その……少々落ち込むできごとがありまして、それで新嶋さんと気晴らしでもといった具合です」

「なんかあった?」


 女子同士だから話せることもあるとは思ったが、身近な人が落ち込んでいると知って心配せずにはいられなかった。ただ幸恵は「たいしたことではないです」と愛想笑いを浮かべて返した。

 俺には伝えづらいことなんだろう。ならこれ以上深堀するのもよくないな。


「そういう優くんは、どうして新嶋さんと?」

「あ~、込み入った事情ってのはたしかだと思うけど……」


 これ言っちゃっていいのかな? 人の趣味をあまりひけらかすのも嫌なんだけど、こればかりは説明しないことには話が進まない。


「実は、新嶋さんが描いてる漫画の設定資料のためにデートをすることになって」

「漫画?」

「うん、漫画。まあそれで、頼まれたからこうして、来たくもない人混みの中に来たってわけ」

「なるほど……けして新嶋さんに好意があったから、とかではないんですね?」

「新嶋さんはただの友達だよ」


 面白い人だとは思うが、さすがに恋愛感情は持っていない。


「そうですか」


 ホッとした様子の幸恵を少し不思議に思った。だが詮索することはしない。なんせ今は、この先のことを考えなければならないのだから。


「えっと……幸恵」

「はい」

「俺とデートをするわけなんですが」


 その言葉に、幸恵は顔を赤らめる。


「俺も新嶋さんと約束をしてしまった手前、反故にするのは嫌なんだよね。ただその……俺は幸恵とデートできるのは嬉しいけど、幸恵が迷惑っていうなら──」

「迷惑なんてことはないです! むしろ私なんかでよければ……優くんのお相手をしたい……です。してもいいでしょうか?」


 頬を赤らめ、上目使いでおずおずと訪ねる幸恵。可愛らしいその姿に鼓動が高くなる。


「なら、その……こんな形ではありますが、俺とデートしてくれますか?」

「はい! 喜んで!」


 嬉しそうに笑う幸恵に、こっちまで笑顔になる。

 しかし、この光景を新嶋さんに見られていると思うと……めちゃくちゃ恥ずかしい。クソあいつ、一体どこで見てやがるんだ? 今度会ったらとっちめる!

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