第61話:彼女たちが見る相馬くん
男子組もお風呂を済ませたら後は寝るだけ……なんてこと許すほど、うちの姉は大人ではない。
「おらお前ら。花火やんぞ」
そう言って手に取ったのは、手持ち花火のセット。いままでどこに隠してたんだといいたくなる量だが、人数も人数だし丁度いいかもしれない。
「私のおごりだからな。感謝を込めて火をつけろ」
恩着せがましいとはまさにこのこと。しかしこの一日でお姉への対処がわかってきていたのか、全員苦笑いを浮かべながらスルーするという扱い。正しい反応に、逆に一日でこう思われる姉が哀れに思えてくる。
各々、花火を手に取って火をつける。赤や緑、黄色といった色鮮やかな花火の光が灯り、初めての感覚にテンションが上がる。
花火と言えば、空に打ち上がるあの光の花というのが俺の感覚だ。なんせキャンプをしたことがないし、林間学校でもキャンプファイヤーはするが花火で遊ぶなんてことはなかった。だからこれが人生初の手持ち花火。テンションが上がらないわけがない。
「すげ~」
「優。危ないから下に向けな」
「うん、わかった」
火をつけた方を上に向けて感慨深く見ていたら、お姉に注意された。確かに火だからな。人に向けたり、火の粉が飛び散るみたいなことは避けないといけない。
「相馬くん、手持ち花火は初めてですか?」
俺と同じ様な花火を手にしてる瀬川さんが隣に来て、訊ねながら「火、貰いますね」と俺の持っている花火に自分の花火の火薬部分を寄せる。火薬を包む紙が燃えて、すぐ火が付いた。
「そうやって付けられるんだ」
「本当に初めてなんだね」
今度は浅見が隣に来て、先ほどの瀬川さんと同じように俺の花火から火をもらう。浅見の持っているのは俺や瀬川さんが持っている、ジェット噴射みたいに火が飛び出るタイプじゃなくて、綿毛みたいな閃光が煌めくタイプの面白い花火だった。
「すげぇ! なんだそれ!」
年甲斐もなくハイテンションになる俺に、瀬川さんと浅見はクスリと笑った。
「相馬くんがこんなに楽しそうなのも珍しいですね」
「普段は結構不愛想だもんね」
そう言われて、思い当たる節がなくてしかめっ面になる。
「そうか?」
しかし俺の考えとは裏腹に、浅見と瀬川さんは口を揃えて「そうだよ(ですね)」と答えた。そんな不愛想な顔してるか?
「確かに普段は表情があまり変わりませんけれど……」
「……けれど?」
「……いえ、やっぱりなんでもないです」
何かを誤魔化すように笑みを浮かべる瀬川さん。もしかして普段からも表情死んでるのかな? 俺的には結構一喜一憂してるつもりなんだけど。
「まあ真顔が不愛想なだけで、こうやって話してる時は笑ったりするもんね」
ニヤついた表情で視線を向けられ、渋い顔になる。事実は事実だが、浅見に言われるのはなんか癪だ。
「そうですよ。表情がわからないわけではないですから」
「普段そんなに変わらないかな……」
「笑う顔をあまり見ないだけで……さっきみたいな渋い顔はよくみますよ」
ああ、それは確かに自覚がある。主に原因は俺の隣にいる浅見のせいなのだが。
「相馬の笑った顔はレアだよね」
「ですね」
女子二人の謎の共感に、どんな反応をすればいいのかわからずしかめっ面になる。個人的には、結構笑ってるつもりなんだけど。
「焦ったり困ったりしてるのはわかるけど」
「相馬くん落ち着いてますから、楽しいのかわかりづらいところがありますよね」
「そうだね。なんとなく雰囲気で、楽しいんだろうな~ってのはこっちも感じるけど」
「あ~わかります。空気がほわほわしてますよね」
俺を挟んで、なぜか二人が俺の話で盛り上がっている。よくわからない状況で疎外感を受け、居心地があまりよくない。というか、単純に俺の話なので恥ずかしいというのが本音だろう。
理解されることが嬉しいと思う反面、わかられ過ぎるのも困るので一長一短か。
「ねぇ相馬」
「……なんだよ」
恥ずかしさを隠すために、しかめっ面のまま浅見の方を向く。彼女はキョトンとした顔で「怒ってる?」と尋ねた。
そう聞かれると、さすがに怒ってないと言うしかない。
「別に怒ってはないけど」
「本当? 顔怖かったよ?」
「二人が変な話してるからだろ」
そう文句を垂れると、浅見は俺越しに瀬川さんを見て、瀬川さんも俺越しに浅見を見る。
「確かに」
「盛り上がっちゃいましたね」
笑顔を見せる二人と、それに挟まれ苦い顔をする俺。俺の話で盛り上がらないでくれ。
三人とも持っていた花火の火が終わり、バケツに張った水に花火を突っ込んで、別の花火に仲良く火をつける。三人とも同じ、先ほど浅見が持っていた綿毛の閃光を放つ花火だ。
「あの……浅見さん」
「ん? どうかした?」
瀬川さんは少しモジモジとしながら、手に持っている花火の柄を指で摩る。一度呼吸を整えてから、意を決して浅見に向く。
「紗枝ちゃんって、呼んでもいいですか?」
「へっ?」
浅見も予想だにしてなかったのか、変な声が出ている。
「あの、ずっと“浅見さん”なのも寂しいですし、せっかくこうして仲良くなれたので……」
自身なさそうに下を向く瀬川さん。
「……じゃあ、私も幸恵って呼ぶね」
その言葉に顔を上げ、ほほ笑む浅見にパァっとヒマワリが咲いたような笑顔を見せる瀬川さん。
「ありがとうございます、あさ……紗枝ちゃん」
照れくさそうに浅見の名前を呼ぶ姿は、あまりにも可愛い。
「相馬もそろそろ名前で呼んでみない?」
「えっ!?」
突如としてこっちに話題が飛んできて驚く。浅見はニヤニヤとしているので、完全にからかいに来ているのはわかった。
これはあれだ、俺が焦る様子を見て楽しむはらだな。魂胆が見え透いている。
「紗枝」
相手の思惑に乗りたくなくて、意気込んで名前を呼び捨てにしたが、言い終わって思った以上に恥ずかしいことをしているのに気が付く。ゆでだこみたいに顔を真っ赤にして、手で口元を抑える。
「いや……すまん……調子に乗った」
さすがにこれはないな。引かれてもおかしくないことをしてしまった。
謝ったはいいが浅見の反応がない。おそるおそる彼女の表情を見ると、彼女も彼女で顔を真っ赤にして口をわなわなとしていた。
今度は逆に、こっちが驚くことになった。
「私も!」
突然瀬川さんが大声を上げたので、ビクリと肩を震わせて瀬川さんを見る。彼女が少し興奮した様子で「私も名前で呼んでほしいです!」とお願いしてきた。
「いや、今のは浅見がからかってきたから、逆にからかってやろうと思ってやったことで」
早口で言い訳を並べるが、期待に満ちた眼差しで俺を見続ける瀬川さんに、結局根負けする形になった。
「……幸恵」
恥ずかしくなりつつ名前で呼ぶ。心臓が本当に煩いくらいバクバクしている。顔が酷く熱い。
名前を呼んだはいいが反応がない瀬川さん。見ると、浅見同様に顔を真っ赤にしてなぜか固まっていた。
「せ……瀬川さん?」
我に返った瀬川さんは「こっ! 今度からは……名前で呼び合いましょう。私も、す……優さんと、呼びますので」と必死な様子で伝えてくる。
「う……うん」
「私も……」
浅見も視線を下に向けつつ「私も……優って呼ぶから。あんたも紗枝でいいよ」と提案してきた。
「お……おう」
まさかこんなことになるなんて、いったい誰が予想しただろうか。処理できない気持ちを抱えながら、残りの花火を消化していく。お互い意識しながら、なんとなく名前で呼ぶのを避けつつ花火を楽しみ、その日は就寝した。
テントの中でシュラフに身を包んで寝ていると、どうしても目が覚める。
「寝付けねぇ」
結局その後も熱が引かないまま、頭の中で反響するように繰り返される二人分の声に悩まされ続けた。
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