第60話:男子トーク

 女性陣が先にお風呂に行っている間に、男性陣は夕食で使った食器の片付けをすることになった。夏の夜は暑いけれど、キャンプ場の夜はほどよく涼しくて、水で食器を洗うと手が冷たくなる。肌寒さを覚えながらも片づけを終えた俺たちは、小テーブルの方を囲んで、女性陣がお風呂から上がってくるのを待つことにした。


「しかし、浅見さんと瀬川さんがあそこまで料理が上手だとはね」


 塚本は背もたれに体を預けながら俺を見た。


「あのカレーもミネストローネも美味しかった」

「どっちも料理ができることは知ってたけど、浅見に関してはまさかだったな」


 今晩の夕食に出てきたカレーは、まさに浅見のオリジナル。スパイスから作った本格的なカレーに、カレー好きの俺は大満足でおかわりもした。


「正直、毎日でも食べたいと思った」


 素直な感想を述べると、塚本は「プロポーズかよ」と茶化す。


「そこは普通、お前の味噌汁を毎日飲みたい。じゃないの?」

「塚本は味噌汁なのか?」

「いや、俺は普通にプロポーズすると思うけど」

「結婚してくださいって?」

「そう。お給金三か月分の指輪を買って、夜景の見えるちょっと高めのレストランで僕と結婚してくださいって」

「古いな。今どきそんなやついないぞ」


 何年か前のドラマでは流行ったかもしれないけど、さすがに古典的すぎると思う。


「いないだろうね~。でもだからいいんじゃない? 記憶にも残るだろうし」

「それでフラレたら、たまったもんじゃないな」


 たぶん俺なら、一生のトラウマになると思う。


「その前にお前は、好きな女子を見つけないとな」

「そうだな……」


 女子と言われて考えると、パッと思い浮かぶのは彼女たちだった。ただそこに好きという感情を乗せると、いまいち自分では判断が難しい。

 確実に、人としての好意は持っているはずなのに……どうしてかその表現に正解を求めてしまう。これが正しいのかどうかを悩んでしまうと、自信もなくなってくる。

 それに、そもそもの話になるが、彼女たちが俺に好意を寄せているかどうかもはっきりとはわからない。どちらも距離感が近いし、どっちかっていうと友達っていう感覚の方が強い。だからかもしれないが、今の関係に心地よさを覚えている。


「いないの? 気になる女子とか。特に今日来てるメンツとか」


 塚本の言葉に、渋い顔になる。話す気にもなれなかったので、質問に質問で返すのもあれだが、「そういう塚本はどうなんだよ?」と受け流した。


「浅見さんも可愛いし、瀬川さんも可愛いし、新嶋さんも意外にも可愛かった。真紀はいつも通りだったけどね」

「あっ、そうだ」

「ん? 何?」

「塚本お前さ」

「うん」

「なんで寺島だけ名前呼びなんだよ?」

「いまさら?」

「聞くタイミングがなかっただけだ」


 それにお前は寺島の話題をあまりださないから、忘れてたってのもある。

 塚本は少し考えるような仕草をしてから、「真紀には一応黙っててくれる?」と口止めを要求してくる。


「お前が喋るなっていうなら喋らないけど」

「まあ、相馬はそう言うよね。よし、真紀もいないしゲロっちゃいますか」


 なんだから意味深な言葉に、余計な詮索をしてしまう。もしかしなくても、二人はいつの間にかそういう男女の関係という感じになっていて、それゆえに名前呼びになっているとか……? それなら話のつじつまは合うけど、いままで二人がそんなに仲よさそうな場面は見なかった。もしくは別の込み入った事情……でもなんだそれ?

 とにかく塚本の話を聞くために、少しだけ前かがみになる。


「小学校からの幼馴染なんです」

「……えっ?」

「いやだから、幼馴染なんだって」

「……それだけ?」

「それだけ」


 気が抜けた。


「お前さぁ……意味深に言うから変に考えちまっただろうがよ」

「いや~、真紀には名前呼びは二人っきりの時だけって約束してたからさ~」

「えっ? やっぱそういう関係なの?」

「違う違う。普通に友達。俺って他の女子は皆さん付けで呼ぶんだけどさ。真紀だけは名前呼びでしょ? そうすると他の女子が怖いんだって」

「ああ、そういう」


 塚本はこれでも学校の王子様的なポジションを確立しているので、女子から羨望の眼差しを受けることが多い。その塚本が、幼馴染である寺島だけを贔屓すると、嫉妬が怖いということなんだろう。それはなんというか……どんまいって感じだな。


「だから二人っきりの時以外は、なるべく名前呼びは控えようって話にはなったんだけどさ、まだ慣れねぇわ」

「別にここのメンツだったらいいだろ。浅見も瀬川さんも新嶋さんも、塚本の本性は理解してるみたいだし」

「ありがたい限りだね~まったく。じゃあもっとゲスな会話に興じようじゃないか」

「本当にそういうところクズだよなお前」


 だから付き合いやすいところはあるんだろうけど。これで中身も王子様みたいだったら、さすがに一緒にはいないか。


「こっちだって男子高校生なんだから、息抜きだって必要だよ。それはそうと相馬さぁ」

「なんだよ」

「やっぱり瀬川さんの胸は気持ちいいのかい?」


 あまりにも会話が急変したものだから、さすがに吹いた。


「おま、お前な!」

「昼頃に二人でわちゃわちゃやってたでしょ? ラッキーなスケベなエロは起こらなかったの?」

「いや、確かに当たったけど」


 圧倒的な質量を誇る彼女の胸が確かに当たったけど、当たっただけだ。触ってはいない!


「さすがにあれは兵器だよね。浅見さんも着やせするタイプで相当大きめなほうだけど」

「どこ見てんだよ!」


 妙な苛立ちを覚えて、塚本を睨みつける。


「いや見るでしょ。相馬だって見たでしょ?」

「……」


 思い出される、あの時の浅見とのやり取り。俺にだけチラリと見せた水着姿が、脳にフラッシュバックしてくる。

 あれは俺をからかうためにやっただけだ。落ち着け俺。


「見たが、そこだけを見てたわけじゃない」

「そっちの方が色々と危険な香りがするけど」

「そういう邪な気持ちじゃない!」


 エロを否定するわけではないが、なんか友人をそういう目で見るのは違うと思う!


「そう? 男なんだから、そう思ってもしかたないでしょ。性の欲求は切り離せないんだから」

「それはそうだけど」

「まあまあ。ちなみにどこがよかったのか」

「はぁ? お前浅見のことちゃんと見てたのか?」

「たぶんお前よりは見てない」

「足とか……腰とか……」

「……フェチだね~」


 馬鹿にされたような言い方にカチンと来た。いいじゃねぇか、足も腰も綺麗なんだよあいつは!


「そういうお前はどうなんだよ。胸以外あんのか?」

「俺はそうだな……太ももとか好きだな~。でもやっぱ胸かな~。大きいのは夢だよね~」

「まあそれ……は……」


 視線を塚本の後ろに向ける。


「塚本」

「小さいのも需要はあるというけれど、やっぱりね~」

「塚本、止まれ」

「ん? どうかし……」


 気づいたのか、塚本がいつになく真面目な顔をする。


「相馬」

「なんだ」

「背後からすさまじい殺気を感じるんだが。俺は、今日死ぬのかな?」


 冗談でも、死ぬんじゃないか? とは言えなかった。だって本当に、死にそうだったから。


「ずいぶんとまあ色々言ってくれているようで」


 間違いなくそこに立っている彼女は、小柄ながらも鬼だった。冷淡な声色で俺たち二人を威圧し、そして今すぐにでも目の前に座る塚本の頭に、鉄拳を振り下ろし再起不能にしようとしている。

 彼女の拳の威力は、おそらく塚本が一番よくわかっているだろう。余裕がなくなり、冷やせでイケメンが台無しになっている。ちなみに俺も、恐怖で椅子から立てない。

 唯一救われた点といえば、彼女が一人だけだったということだ。これを他のメンツに聞かれたかと思うと、胃が変になりそうだ。


「遺言は聞いてやるよ」


 せめてもの慈悲なのか、彼女は……寺島真紀は塚本に訊ねる。


「好きな人の胸だったら小さくても関係ないです」

「……」


 無慈悲にも、鉄拳は振り下ろされた。


 その後、どうやら会話は胸のあたりしか聞かれていなかったようで、俺はなんとか鉄拳を回避するにいたった。寺島の後に帰ってきたメンツは、この惨状を見て頭を悩ませていたが、この悲惨な事件を語るものは誰もいなかった。

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