第47話:そんなまさか二人っきりなんてそんな……
学校の最寄駅に降りて、いつも学校に向かうのとは違う出口から外に出る。太陽の光は今日はお休みを貰っており、厚い雲に覆われていた。けれどジメッとした暑さがたちこめ、湿気からか服が体に張り付き気持ちが悪い。
雨降らないって天気予報で言ってたけど、大丈夫かな?
夏の曇り空は注意をしないといけないのだが、俺は天気予報を信じて折り畳み傘などを持ってきていなかった。普段、学校に行くときに使う鞄には入っているのだが、バックを変える時に重くなるのが嫌で入れなかったのだ。
どうか雨が降りませんように。そう祈りながら、スマホで地図を開き瀬川さん宅の住所を調べる。地図上にアイコンが立ち、俺は自分の位置を確認して少し速足で向かった。
しょせん天気予報は天気予報だ。予報と言っている以上、絶対なんてありえない。今日は確かに雨は降らないと言っていたけれど、夏特有のにわか雨に晒されてしまった。バケツをひっくり返したような豪雨に、一瞬でびしょびしょになる。なんとか鞄だけは死守したが、服は水が絞れるほど濡れている。
瀬川さんの家に行く途中にあったマンションのエントランス前に駆け込むことで、どうにか雨は凌げている。しかしこれじゃあ、とうぶん向かうのは無理そうだな。
スマホで時間を確認すると、すでに10分前になってた。本来ならもう着いていても可笑しくないのだが、とんだ足止めをくらってしまった。
ラインを開き、瀬川さんのアイコンをタップする。トーク画面を開いて簡潔に『ごめん、雨で遅れる』とだけ伝えると、ものの数秒で既読が付いた。
直ぐに連絡が入る。しかしチャットではなく電話で返ってきた。
「マジかよ」
驚きつつも電話に出ると、『大丈夫ですか?』と不安そうな声で訊いて来る。
「大丈夫。にわか雨に打たれただけ。雨あがったら直ぐ行くよ」
『傘は持って来てなかったんですね』
「雨降らないって言ってたから、鵜呑みにした」
『濡れてません? 平気ですか?」
「ああ、めっちゃ濡れたけど、夏だし平気だよ。むしろまだ暑い」
『駄目です! 今から迎えに行きますから場所教えてください!』
意外なほどの剣幕に圧倒される。素直にマンションの場所を教えると、『そこで待ってて下さい』とだけ伝えて、電話を切られた。
「……瀬川さんでも、あんな感じに怒るんだな」
普段からふわふわとしていて、怒りとは無縁のような人だと思っていたから、あんな風に怒られるとは思ってなかった。本当に意外だ。
それから数分もしない内に、瀬川さんは傘を手に走ってやってきた。修学旅行以来の彼女の私服。あの時は自分のことに手いっぱいでそういうところに注目していなかったが、改めて見てみると可愛らしい。
ふんわりとした白のフリルシャツにモスグリーンのロングスカート。彼女にとっては当たり障りない恰好なのかもしれないが、清楚な雰囲気と清涼感を併せ持つ彼女の恰好は、男の俺から見ればドストライクだ。
「お待たせしました」
肩で息をする彼女。この暑い中走って来たから、額にじんわりと汗が滲んでいる。
「ごめんね、わざわざ」
「構いませんよ。これ、相馬くんの傘です」
もう片方の手に持っていた紺色の大きな傘を受け取る。
「ここからならもう5分もかかりません。濡れたままではあれですし、家に着いたらお風呂に入って下さい」
「いや、さすがにそこまでお世話になるのは」
「駄目です。風邪を引いたらそれこそことです」
「さすがに、そこまでやわじゃないよ。それに替えの服だって持ってないし」
「着物が幾つかあるので、それを使いましょう。濡れた服は乾燥機で乾かせば大丈夫です。それと、濡れた体をそのままにしたらいけません。夏だからって甘くみちゃ駄目なんですからね?」
怒ってはいるのだが、まるで子供に叱るように言うものだから、怒られている感覚にならない。あと怒ってる表情が可愛らしいので、そのせいで余計に思えないのだろう。
「わかりましたか?」
「……はい」
微笑して、ちゃんと頷く。彼女はそれで満足したようで、笑みを浮かべると「いきましょう」と家のある方向に足を向ける。
本当に5分もかからずに瀬川さんの家に着いた。琴の家元ということもあって、瓦屋根の情緒あふれる日本家屋が出迎えてくれた。さすがお嬢様。お嬢様らしい大きな家だ。
「どうぞ入って下さい」
門を潜って、玄関の戸を開く。傘を畳み、傘立てに差しこんだ。
「ちょっと待っててください」
瀬川さんは式台を飛ばしてに廊下に上がり、入ってすぐ右側に駆けて行く。一先ず鞄を廊下の上に置いて、戻って来るのを待った。バタバタと足音を鳴らしながら、大き目のバスタオルを抱えた瀬川さんが返ってくる。
「一先ずこれで拭いて下さい。ここを真っ直ぐいって、突き当りを左に曲がってすぐ右手側が脱衣所になりますので、自由に使ってください。鞄は持って行きますね」
そう言って、瀬川さんは置かれた俺の鞄を手に持って、今度は向かって左から奥に向かう。
出来た嫁さんみたいだ。きっと結婚したらこんな感じに甲斐甲斐しく色々してくれそうな気がする。本当にこの人と結婚できる人間は羨ましいな。
取り敢えず玄関に腰を下ろし、靴を脱いで、濡れてぐちょぐちょになった靴下を引っ張る。足を拭けば、後は脱衣所でどうにかなるだろう。
言われた通り突き当りを左に曲がりすぐ右を見る。戸があったので、開けて脱衣所に入る。家も家だから、失礼な話し古臭いものだと勝手に思っていたが、思っている以上に綺麗な脱衣所でびっくりした。温かみのある木目調の壁に、木製の棚や収納スペース。まさに和風な脱衣所といった雰囲気だ。
風呂場の横開き扉を開く。まるで檜風呂を思わせる作りに、開いた口が塞がらない。さすがに湯は張ってないが、見ただけで気軽に足が延ばせる広さはあることはわかった。
「すげぇ……」
感心していると、「入って大丈夫ですか?」と、戸が開いているのに脱衣所の外から声が掛かる。
「大丈夫だよ」
瀬川さんは顔を覗かせて様子見してから中に入る。手には着物と替えのバスタオルを持っていた。
「服は乾燥機にかけてしまうので、その脱衣籠に入れておいて下さい。それとこれは乾くまでの替えの服です。父のなので少し大きいかもしれませんが、使ってください」
「ありがとう。ごめんね、迷惑かけて」
「迷惑だなんてそんな。私にぐらい、迷惑をかけても大丈夫ですよ」
そう言われると、少しむず痒いものを感じる。だが借りっぱなしなる訳にもいかないので、今度さりげなくお返しはしよう。
「あっ、親御さんに挨拶とか何もしてなかった」
可及の用があったとは言え、一言も言わずはさすがに失礼だっただろうか。とはいえこんな状態で挨拶もできるとは思えないが。
そんな心配をしていると、瀬川さんは「安心してください」と笑顔で返してくれる。
「今日は私一人しかいませんから」
「ああ、そうなん……だ……」
「はい。なので、ゆっくりお風呂を済ませてください」
「あっ、はい」
それだけ告げて、瀬川さんは丁寧に戸を閉めて脱衣所を後にする。残された俺は、まさかの事態に顔が強張って行った。
「……えっ?」
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