サイドt:寺島さんは気づいてる

「紗枝ってさ」

「ん?」

「なんで相馬のこと好きなの?」


 昼休みのこと。お弁当を食べながら他愛ない会話をしていた私たちだったが、ふと気になったことが頭を過ったので、その疑問の元凶である本人に直接聞くことにした。

 ご飯を頬張った彼女、浅見紗枝はゆっくりと視線をそらしてもぐもぐとご飯を噛み締めている。

 普段はなんてことないように振る舞っているが……いや本当に、よくそこまで猫を被れるものだと称賛したくなるほど、素の紗枝と違いすぎて引くレベルなのだが。その実、純情乙女の彼女なので、こういう話をストレートに訊かれると照れる。見た目の印象ともずいぶん違うので、この本性を知っている人間はそのギャップにやられることだろう。

 まあ私も可愛いと思うし、いいとは思うけど、それを好きな男子の前ではできないのが勿体ない。この顔を見せれば、大抵の男はころりと転がり、そのまま恋の穴に一直線だと思うのだが。


「別に寺氏には関係ないじゃん」

「いや~あんだけ熱烈アピールを目の当たりにしてると、何でなんだろうって思うじゃない」

「そこまで熱烈でもなくない?」

「どの口が言ってんだお前」


 むしろあれで熱烈じゃないのなら、世の中の女子全員が熱烈アピールをしてることになるんだよ。

 しかし納得がいっていないのか、拗ねたように口を窄める。顔が良いだけに、どんなあざといことをしても許されるところがあるのが、女としてなんとも釈然としない。きっと私は許されないだろうから。

 顔はけして悪くないと思うんだ。でも童顔過ぎてあざとい仕草が本当にあざといんだよ。狙ってやってなくても狙ってるように思われるんだよ。それがなんとも釈然としない。別に狙ってねぇし。


 苛立ちから飲んでる紙パックジュースに刺さってるストローをガジガジと噛みしめてしまい、咥えるところがボロボロになった。噛み癖直さないとな。


「普通のスキンシップじゃん」

「まだ言うかお前は。普通の男女はあそこまで距離間近くないっつの」

「相馬は別に、私が近くても文句言わないし」

「そりゃあおっぱい当たれば男子は何も言わんだろうさ」

「寺氏!」


 恥ずかしそうに胸を腕で隠す。だがお前、私は見逃さなかったからな? お前が体育の終わりに相馬と腕を組んで帰ったところを見逃さなかったからな? それなのに今更恥ずかしがるんじゃねぇし。


「もうさっさと付き合っちゃいなよ。女子の間では完全に黒ってことで、紗枝は彼氏いる認定なんだよ?」

「……やっぱりカップルに見えるのかな?」


 困りつつも嬉しそうに、期待する目を向けられて、私はまた顔の表情が消えていくのを感じる。

 あれだけのイチャつきを見せられて、見えるかなと言う方がどうかしていると思う。見えるかな? じゃないんだよ。そう見えてるんだよ。現在、進行形で!


「そんなに好きなのになんで告白しないんだよ?」


 わずかの怒気を混ぜた言葉に圧力を感じたのか、紗枝は少したじろぎつつ「だって相馬は私のこと、好きじゃないだろうし……」とさみしげに答えた。


 何言ってんだこいつ?


「じゃあ今からあいつのところに行って真相聞いてきてやるよ」

「ちょちょちょ! 待ってよ!」


 あまりの愚かさと焦れったさ、それに加えてこいつのアホな考えに体が勝手に動いた。

 腕を捕まれ諌められたが、もし止められなかったら相馬を探し出して紗枝のことで問い詰めたに違いない。


「あんた本当にアホだよね」

「寺氏酷くない!? いつにもまして言葉のナイフが鋭利過ぎるよ!」

「そう? いつも通りの塩対応だと思ってるけど」

「塩対応の自覚はあるんだね!」


 私が塩対応になるのは、気を許してるあんたぐらいだけどね。他のやつには猫かぶりしてるから、意外と口が悪いことは知られていなかったりする。


「さすがにあれで、嫌いなんてことはまずないと思うけど」

「でも……迷惑に思ってるとは思うし……」


 それはあるかもしれんが、そこまで絶望するほどのことじゃないと思うぞ?


 ほとんど毎日のように授業中に教師の目を盗んでイチャイチャイチャイチャしてるし、贔屓目になしに紗枝の見た目は非常に可愛らしく体つきもいい。そんな子に構ってオーラを出されて気分を害する男子がいるとすれば、よほどギャルっぽい見た目が嫌いなやつか、本当に紗枝のことが生理的に受け付けないやつだけだ。

 しかし相馬は、別にそうは見えない。

 紗枝が話しかければちゃんと受け答えするし、なんだかんだと毎日呆れつつも紗枝のことを構ってあげている。そりゃあ多少ウザいと思う部分もあるとは思うが、それは友好の範囲内だと思う。

 だというのにこいつは、なぜそこまで自信がない。見ていて焦れったくてやきもきしてしまう。


 人の恋愛は人それぞれと思うが、さすがにここまで両思いだというのに進展がないのも、見ているこちらとしては困りどころだ。

 いっその事本当に相馬に突撃かますか? 紗枝には嫌がれるとは思うが、このまま何も進展せずに、新勢力なんかが現れて相馬が掻っ攫われるのはいただけない。多少強引でもやはり相馬には紗枝の気持ちを――。

 ジュースをすすりながら良からぬ策略を考えていると、「それに……」と紗枝が呟いたので、視線を向ける。

 彼女は絞り出すように「できれば告白されたい……」と顔を赤くしながらそう言った。


 ……なんだって可愛んだあんたは。


「なんで紗枝ってそんなに可愛いの?」

「ふえっ!? 突然なに!?」


 心の声が勝手に口に出てしまった。けど可愛いからなんの訂正もしない。


 あまりの乙女な思考に、腐った思考をしていた私の心は浄化されたようだった。なんか愚かしいことを考えていた自分がバカらしく思える。


「なるほどね。だからあそこまで積極的なんだ」

「……うん」


 ちょっとでも気にして欲しい。けれど何をすればいいのかわからない。だからちょっかいをかけて構ってもらう。けれど自分の気持ちが知られるのは恥ずかしいと。いや~……小学生男子かな?

 思考回路がなかなかに幼稚なところはあるが、彼女が可愛い女子というだけで全てが許されそうな雰囲気が出来ていた。というか、少なくとも私は許した。


 まあ考えはどうであれ、頑張っているのならこれ以上何も言うまい。少なくとも効果はあるだろうし、紗枝が告白されるのも時間の問題かな。


「あっ、相馬」

「っ!」紗枝の体がビクリの震えた。意識しすぎだろお前。


 視線を紗枝の後ろにやる。教室の前の扉から入ってきた相馬は、特にこちらのことを気にしてる様子もなく、弁当箱片手に気だるそうに自分の席に戻っていく。

 彼が席に着くのを確認してから、視線を紗枝に戻すと、彼女は手遊びをしながら相馬のことを見ていた。そりゃあもう熱い視線で。


「チッ!」

「えっ!? なに急に?」

「ご執心の相馬さん帰って来ましたよ?」

「ちょ! 寺氏!」


 鞄の中から財布を取り出して席を立つ。


「ほら散った散った。これ以上のラ~ブは供給過多です」


 紗枝は頬を赤らめて、渋々といった具合に席を離れて自分の席に戻っていく。

 私は空になったジュースを後ろのゴミ箱にぶち込んでから、自販機のある一階に向かった。

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