第75話:ちゃんと言ってよ……

 ノートパソコン云々については、今回の目的とはずれているので一先ず置いておくことにした俺たちは、生活家電エリアにやってくる。

 ここには掃除機とか洗濯機とか冷蔵庫とかエアコンとか、他にはコーヒーメーカーとか電子レンジとかトースターとか、とにかく生活に関係のあるものがそろっている。俺たちはその中で小型・中型の商品が揃っている場所にいる。


 さすがにこんなものを買うつもりは毛頭ないが、こういう家電は見てるだけで楽しい。オーブンレンジの性能を眺めながら、「最近のレンジは凄いな……」と感心する。


 うちに置いてあるものはどうなんだろう?


 気になって同型のレンジがないか視線を動かすと、紗枝が「えっ、これこんな高かったの?」と声を漏らす。


 マジマジと、俺が見ていたオーブンレンジを見つめる紗枝。値段は相当高めで、しかしその値段に見合ったような性能がいくつか揃っている。


「紗枝の家はこれ使ってるのか?」

「うん。前使ってたの10年前だからさ。買い替えよ~ってなって、お母さんが勝手に買ってきた」

「結構いい値段だよな……」

「まあ、お母さんはそういうのあんまり気にしないんだよね。疎いっていうか……それに作るの私なんだけど」


 先ほどの話を聞くに、料理などの家事全般は全て紗枝が行っているのだろう。それだったら、自分が使いやすいものを選びたいわな。


「使いにくいのか?」

「いや、めっちゃ使いやすい」

「ならよいのでは?」

「うん。別に困ってはないんだけど……家系的にね、抑えられる部分は抑えたいの」

「……ああ」


 つまりはこういうことか。


 紗枝のお母さんは娘のために良かれと思って値段のよいオーブンレンジを購入した。紗枝も性能事態に嬉しいが、かといってそんな値段の張るものは買わなくてもよかった。


 まあ、家族二人だし収入とかでも厳しいのかもしれない。紗枝もバイトしたいっていってたし、そりゃあ出費はできるだけ抑えたいよね。


「なんか、紗枝の方が母親っぽいな」


 家計簿とかつけている場面を思い浮かべると、なんだか妙にはまっていて頬が緩む。

 すると紗枝は、苦い顔をした。


「え~、さすがにヤダ~。せめて後5年は欲しい」

「5年って、22歳?」


 大学も卒業するって時期だが、さすがに早くないか。


 そりゃあ紗枝のことだから男は引く手数多だろうけど……なんかやだな。


 紗枝が大学とかで男と一緒にいるとこを想像して、もやもやしたものが湧き上がってくる。恋愛は個人の自由だし、結婚も個人によりものだなんだけど、そんな急ぐことないだろうと俺の価値観が言っている。


「もう少し遅くてもいいんじゃないか?」


 ちなみに俺は、26歳くらいに結婚できればいいかなと思っている。理由としては、経済的に安定してきているだろうし、ちゃんと相手のことを思えるくらいの心の余裕とかもできていると思うから。子供も、28くらいまでにはといったところ。

 まあ将来のことなんて、さすがにわからないけど。


「そう? ああ~……でもそうか」

「だろ?」

「その年齢ぐらいに結婚はしたけど、子供はさすがにもっと後でもいいかも」

「……そういう感じ?」

「あれ? そういう話しじゃないの?」


 いや、そういう話しではあるけど……22歳で結婚てのも相当早いほうだと思うが。


「優はいつぐらいとかあるの?」

「26ぐらいにはしたいと思うけど……」

「その前に相手?」

「そりゃそうだろ。まあお前に比べると、そうそう相手なんて作れないからな」


 見た目は悪くない。と塚本にも言われているが、だからと言ってモテたためしはない。女子から告白されたこともないし、あまり関わったこともない。

 まあ、紗枝と関わるようになってから女子が周りにいることは増えたけど、残念ながらそういう関係に発展するかはわからない。


「優ならすぐ作れると思うけど」

「そうか?」

「ここにいるし」

「……」


 えっ? 今なんて言ったこいつ?


 驚いて紗枝を見ると、あっけらかんとした表情で、何か問題? とでも言いそうだった。


 ……えっ?


 頭が真っ白になる。突然ボディブローを貰ったような衝撃だった。しかし紗枝はクスリと笑う。それでからかわれているんだと気づいた。


「お前……」

「優、凄い顔してたよ?」

「そりゃあするだろ。突然あんなこと言われたらビックリもするわ」


 それに最近、この手の話題でからかわれたことがなかったから、完全に意識外だった。そういえば紗枝は、こうやって俺を惑わすようなやつだった。

 忘れてしまう自分に呆れて物も言えない。


「心臓に悪い」


 文句を垂れると、紗枝は「私が相手は不満?」と拗ねたような表情を見せる。


「いや、俺にはもったいなさすぎる」


 美人でもあり可愛くもあり、人間としても魅力的なやつだ。俺みたいなやつよりも、もっとカッコいい男の方が釣り合うだろ。


「……なんで?」


 怒っているような声色に、疑問と共に驚きもあった。何か変なこと言ったか俺?


「なんでって……」

「付き合いたいとは思わないってこと?」

「違う、そうじゃない。俺よりも釣り合うやつがいるって話で」

「優はどうなの? 付き合いたいと思ったことはないの?」


 不満そうに俺を見る紗枝。

 それ、さすがに言うの恥ずかしいんだけど。


 気持ちをさらけ出すことを躊躇したが、紗枝がジッと見つめるものだから根負けして「お前と一緒にいるのは楽しいよ」と少し濁した言い方で返す。


「……ふ~ん」


 どこか納得のいっていない紗枝。けれどこれ以上の追及はなく「まあいいか」と諦めてくれた。

 ホッと胸をなでおろす。


「ちゃんと言ってよ……」


 紗枝はぼそりと呟いた、けれどその言葉は店内のBGMがかき消してしまう。何を言ったのかわからなかったが、俺が訊ねるよりも早く「あっ、この炊飯器うちのだ!」と紗枝の興味が移ってしまって、聞きそびれてしまった。


 怒らせたかどうか気になったが、一先ず紗枝の背中にくっついていく。

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