第57話:コンプレックスも魅力の一つ
沢山遊んで、時刻は夕方。夏になって日が伸びてるとはいえ9月も近づいてきたこの頃、18時半にもなれば空も暗くなってくる。
地元の方では、この時間でも暑さが残って汗ばむ気温だが、山の中と川の近くということもあり風が冷たく気持ちがいい。
「気持ちい~」
キャンプ地から川を見下ろせるところで涼んでいると、水着から着替えた浅見が伸びをしながらやってきた。
不機嫌だった浅見の機嫌は、あの後なぜが解消されていた。何かをした、ということは一切ないと思うのだが、しいて挙げるなら水着を凝視したくらいで……なんでそれで機嫌が直るのかがわからない。
女子から見たら見られるのは好かないと思ってたけど……そういうことじゃないのかな?
浅見の考えていることはよくわからないが、不機嫌でいられるよりはましなので、理由を聞いてむし返した挙句怒らせるようなことになるのなら、何も言わずに黙っていた方がいいだろう。
「そうだな」
「釣りしてる人、結構いたね」
「上流の方は何か釣れるんじゃないか? わかんねぇけど」
「相馬、釣りとかやらなそうだもんね」
「普通、釣りに興味を持ってる高校生も少ないとは思うぞ……」
それこそ、昔から親とかに連れてかれてないと、そもそもやりたいとも思わないだろ。
「釣った魚をそのまま食べるのかな?」
「どうなんだろうな? 憧れるっちゃ憧れるけどな」
テレビとかで見たことのある、鮎の塩焼きを齧り付くシーンとか、一度でいいからやってみたいと思う気持ちはある。
「骨が刺さりそうだけどな」
「刺さりそうだね」
そんな話をしていたら、空腹からかお腹が鳴った。音を聞いて、浅見はクスリと笑う。
「笑うなよ」
「まあまあ、お腹空かせて待ってなさいな。美味しいの作ってあげますよ」
今日のキャンプで晩飯や次の日の朝食を作るのは浅見と瀬川さんの二人だ。瀬川さんの料理の腕は折り紙付きだし、浅見も普段から料理をしているので期待ができる。
正直、ここまで不安のないキャンプ飯はないだろう。
「ちなみにメニューは?」
訊ねると、浅見は得意げな笑みを浮かべ「キャンプといえば、だよ!」と自信満々に答えた。
~~~
「ああいう後ろ姿っていいですよね~」
テーブルに頬杖をついて、調理をする浅見と瀬川さんの後ろ姿を凝視する新嶋さん。そのおっさんみたいな発想に、彼女の目の前に座っているお姉が「わかるわ~」とパソコンを操作する手を止めずに同意した。
新嶋さんの隣に座る寺島はこちらに振り向き「相馬はどうなの?」と視線を送ってきた。
俺と塚本は、小さめの折り畳み式テーブルを囲むように置かれた、こちらも折り畳み式の椅子に腰を落ち着けていた。普通の椅子のようにしっかりとした基板があるわけではないが、ハンモックと同じで布を引っ張ることで体を支えるタイプの椅子だ。2つしかないそれを、贅沢にも男衆だけで占領している。
俺は首だけ寺島の方を向いて、その奥でせっせと調理に励んでいる浅見たちの後ろ姿を見る。
エプロンとかをしている訳ではないが、調理の邪魔にならないように髪を結ってパタパタと動いている姿はなんとも言えない微笑ましさを感じさせる。しかしそれを、素直にうん、と言えるほど俺の心はあっさりとはしていない。
「まあ……悪くはないと思うけど……」
濁した言い方をしたが、隣に座るやつは顎を撫でつつ「俺は全然ありなほうだけど」と男らしくはっきりと言った。しかしそんな意見を寺島が求めている訳もなく「塚本は黙って」と案の定釘を刺された。
そのまま塚本批判に流れてくれればよかったけど、しっかりと新嶋さんが「悪くないというのは、具体的にはどの辺が?」と軌道修正してくる。
「言わないとダメかそれ?」
「気になってる人が少なくともここに二人いますので」
もっともな理屈を並べられても困るんだがな……。
浅見と瀬川さんの後ろ姿をチラリと見る。
なんていうか、こういうのってフォルムがはっきりしているというか、女性的な色気のようなものを感じさせるような気がしてならない。特に……これは本当に申し訳ないのだが、瀬川さんは色々と豊満な方で……胸だけでもなくお尻も大きい方といいますか、ムチっとしていて艶めかしい。
普段のスカートならばまだ、そこまで目立ちはしなかったと思うけど、二人ともジーパンを履いているので以外にも目立ってしまう。女性もののジーパンって形がタイトというか体にぴったりと沿うような作りになってるから、仕方がないとはいえば仕方がないんだけど。
「やはり瀬川さんのお尻ですか?」
「ブッ――!」
興味深そうに訊ねる新嶋さんに咽た。
「ちょ! 新嶋さん、何言って――」
「わかりますとも。そりゃあ浅見さんのモデルのようなプリっとしたお尻も大変素晴らしいですが、男として欲をそそられるのはムチっとした方ですもんね」
「誰もそんなこと言ってないんですが?」
「私もヒップには自信はあるのですが、さすがに瀬川さんのような色気を醸し出すには――」
語りだし止まらない新嶋さんだったが「あの……新嶋さん……」と、調理をしている瀬川さんから今まで聞いたことのない低めの声で話しかけられ、さすがに口が止まる。
「聞こえてますからね?」
振り向き、侮蔑するような鋭い目つきで新嶋さんを睨みつける。普段のほわほわした様子とはえらい違いだ。
「……でしょうね!」
まあ……そりゃあそうだろう。
このキャンプ地は、サイト内で調理ができるので、瀬川さんたちは持ってきたガスコンロと調理台を使って、新嶋さんたちのいるテーブルのすぐ近くで調理をしている。この下世話な話題だって聞こえてないわけはない。
しかし、さすがの瀬川さんもこれだけ言われれば怒りもするか。初めて彼女の怒ったところを見たが、ギャップとあいまって凄い怖いな。これから瀬川さんは怒らせないようにしよう。
「まあでも瀬川ちゃん」
お姉がパソコンに向かいながら会話に入る。
「お尻は大きい方が何かといいわよ。骨盤大きければ出産とか楽だって聞くし、優もそうだけど男は何かと柔らかいほうが好きだしね」
「お姉!?」
例えるのに俺を引き合いに出す必要が果たしてあったのか!?
お姉は手を止めて不思議そうにこちらを見た。
「あれ? あんたって尻フェチじゃなかったっけ?」
「どんな暴露だよ! 別にそんなんじゃねぇよ!」
というかもしそうなのだとしても、こんだけ女子の友達がいる目の前で弟の性癖バラすなし!
「まあこいつの性癖はさておき、それも一つの魅力なんだから、悲観することはないよ」
俺のことはほっておいて話を進めるお姉。なんだかいい感じにまとめてくれたが「そんなわけで瀬川ちゃん、グラビアとか興味ない?」と勧誘を勧めるので、「やめろ」としっかり釘を刺す。
「え~、いいじゃ~ん」
「ダメに決まってるだろまったく」
呆れてものも言えないが、瀬川さんにグラビアなんかさせる訳にはいかないだろう。彼女の体系はそれだけで驚異なんだから、絶対人気が――。
昼間の水着姿を思い浮かべて顔が熱くなる。
絶対にそんなことはさせられない。その日俺は、心からそう誓った。
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