第86話:どこに行く?

 幸恵がクレープを楽しんでいる間に、次にどこに行くかを決めておくか。


 スマホを取り出し、検索欄で適当に調べ始める。すると多数のデートスポットが候補にあがり、デートの雰囲気別で『おすすめ』が表示された。グルメ食べ歩きデートや静かな場所でお散歩デートなど多種多様で、一言にデートと言っても色々あるんだなと思わされた。


 好みの話で言えば俺は、人込みがあまり好きではないので静かな場所でってことになる。ただせっかく幸恵と一緒にいるんだから、普段なら行かないような場所もありかもしれない。


 悩ましいな……。


 難しい顔でスマホを見ていると、隣からの視線に気づき目をそちらに向ける。

 ちまちまとクレープを食べ進めながら、幸恵はただジッと俺の顔を見ていた。普段ならころころと表情が変わって何を考えているのかわかるんだが、ほぼ無表情でクレープを食べ続けているので若干の恐怖を感じる。


「どうかした?」

「……」


 幸恵は一度食べるのをやめて、口元を抑えつつ「何を見てるのかなと思いまして」と率直に答えてくれた。


「ああ……次どこに行こうかなと思って」

「それは悩みますね……」


 さっきのクレープ屋さんだって、どこかからストーキングという名の観察をしている新嶋さんからの要望だったし、お互いこの街については無知なこともあり、普通に考えれば次に向かうべき場所なんてわかるわけない。そもそも予定も組んでないしな。

 まあ検索で調べても、これといって食いつくような場所はないんだけど。俺一人で考えててもしかたないか。


「どこがいいかな?」

「そうですね~」


 一つのスマホを二人で見る。おのずとお互いの距離も縮まり、肩と肩が触れ合っている。この距離感に少しの気まずさと恥ずかしさを覚えるが、幸恵は頬を染めるでもなく俺のスマホを見ているので、気にしないように意識をスマホにだけ向ける。


「優くんはどこか行きたいところありますか?」

「う~ん。静かなところとか行きたいけど」

「けど?」

「せっかくなら、普段いかないような場所がいいかなと思って」

「……優くんって、普段はどんな場所にお出かけするんですか?」

「どんなって言われてもな……」


 思い浮かべるのは紗枝に連れていかれた場所だった。夏休みの時に何度か二人で出かけたことがあったが、大半はゆったりと時間を過ごせる場所で散歩しながらくっちゃべってた。

 まあたまに、体を動かせる複合レジャー施設なんかにも行ったけど。


「公園に散歩しに行ったりとか」

「渋いですね」

「いやまあ、連れてかれたからというかなんというか……」


 たぶん紗枝が俺を引っ張りまわしてくれなかったら、俺の夏休みはほとんどが自宅とバイト先の往復と、自宅と学校の往復になっていたかもしれない。

 改めて思うと、俺の行動範囲は狭すぎだな。


「連れてかれた……誰と?」

「へっ?」

「誰と……一緒に行ったんですか?」

「えっと、幸恵さん?」

「二人っきりですか? 女の人ですか?」


 表情だけみれば笑顔だった。ただ内側から怒りのような雰囲気がにじみ出ていて、笑顔だけど怖い。

 あと普通に、なんで突然そんな雰囲気になったのか疑問でもある。


「どうして?」


 聞き返すと、「それは」と言いかけて口が止まった。

 幸恵は視線をそらしおもむろに残ってるクレープを食べ始め、俺から少しだけ距離を取った。うまく逃げられてしまったが、こちらにもそれ以上の追及はなくなった。


 しかし妙な空気だけが残った。


「……とりあえず、行きたいところある?」

「……」


 少しだけ時間をおいて、ゆっくりとこちらに近づくと「何があるんですか?」と小声で訪ねてきた。


「色々あるよ」


 まとめサイトをクリックして、どんなものがあるかを見せる。


「水族館とか、百貨店とか……美術館とかもあるね」


 画面をスクロールしていると「あっ、ちょっと戻ってください」とストップがかかる。一項目ごとに戻っていくと、あるところで「これ、楽しそうですよ」と画面を指さした。


「VRアミューズメントパーク」


 まとめサイトに記載されている公式サイトのURLをクリックする。どうやら最近できたばかりの施設のようで、VRゴーグルを使って様々なゲームを遊ぶことができるようだ。お値段も比較的にリーズナブルだし、高校生にも優しい。

 いいかもな。

 でもちょっと意外だったかも。幸恵だったら真っ先に落ち着けるような場所を選ぶと思ってたんだけど。


 ようやくクレープを食べ終えた幸恵は、手持ちようにクレープを包んでいた紙を丁寧に畳んで手に握った。近場にはゴミ箱がないので、ひとまずの対応だろう。

 俺が見ていることがわかったのか、視線をこちらに向けると軽く首をかしげた。なので手を差し出して、「もらうよ」と伝える。

 手に持っているゴミのことだと理解した幸恵は、遠慮がちに手を振った。


「いいですよ。ほとんど私だけで食べたんですから」

「いいよそんなこと。それに今は……その……」


 恥ずかしいことを口にしようとして、言葉が詰まる。ただ今更なような気もして、「今日は彼氏だからね」と開き直ってみた。

 すると幸恵はクスリと笑って「ならお願いします」と笑顔でゴミを手渡してくれた。

 受け取ってから、先ほどのスマホの画面を見せる。


「場所。ここにしよっか」

「いいんですか?」

「ダメな理由ないでしょ。それに最初に言ったけど、せっかくなら普段いかないようなところに行きたい」

「なら、いきましょう」


 そう言って、幸恵は俺の手を取った。照れくさくなりつつも手を握り返し、目的のVRアミューズメントパークを目指す。

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