おまけ話:浅見さんは機嫌が悪い

 戻ってきた瀬川さんや、逃げていた新嶋さんを加えてビーチボールで遊んだ俺たちは、休憩がてら上流の方に足を向けることになった。

 瀬川さんは言った通りシャツを上に干してきて、そのまま上に何も着ずに帰ってきた。少し走るだけで質量の暴力といわんばかりのお胸が揺れるので、かなり目に毒だが目の保養になる光景を見せてくれる。


 しかし俺は、その光景に浮かれている場合ではないのだ。


 そう、先ほどから浅見の機嫌が妙に悪い。たぶん俺が瀬川さんとわちゃわちゃやってた辺りからだと思う。理由は定かではないが、確実にその時からだ。

 まあたぶん、さっき上で新嶋さんのことをジロジロ見るなと言っていたから、男として配慮に欠けてるんじゃないの? って思っているのかもしれない。あとは、なんだかんだ一緒に買い物に行くくらいは瀬川さんとは仲がいいみたいだし、友達をそういう目で見られるのが嫌なのもあるだろう。


 前の方では寺島と塚本がなんかやり取りしてるとこに割って入る瀬川さんと、それを面白おかしく眺めている新嶋さん、振り返ると無言の浅見が付いてきている。後ろから二番目にいる俺にとって、これはまたとない好機ではなかろうか。

 歩幅を緩めて、浅見の隣まで下がる。視線が一瞬交わるが、咄嗟に前を向いてしまった。気まずかったというよりは、単純な条件反射だ。それから少しだけお互い無言のまま一緒に歩いてから、意を決して話しかけた。


「あさ――」

「そう――」


 完全に被った。一度仕切り直してから、再度「浅見」と話しかける。


「何?」

「えっと……またジロジロ見てしまってすみませんでした」


 正直、はたから見たら何を言ってるんだこいつ。ってなるだろうが、今俺が言えるのはこれくらいのことしかない。だって他に原因がわからなのだから。


「えっ?」

「いや、だから……さっきも言われたけどさ、配慮にかけてたかなというか……事故とはいえ瀬川さんのことマジマジと見すぎたっていうか……」


 何を言っても言い訳にしか聞こえず、徐々に声が弱まっていく。浅見の反応を見ようとチラリと横を確認すると、心底『なんの話をしてるんだ?』っといったように怪訝な顔をしていた。


「……えっ?」


 あれ? そういうことじゃないの?


「あっ……そういう話?」


 ようやく話の筋がわかり、納得した様子の浅見。


「どういう話だと思ったんだよ」

「だって、突然私に謝られたって何かわからないじゃん」

「いや、お前機嫌悪いし、さっき上であんなこと言うから、またそうなんだろうな~って」

「あう……まあ、ジロジロ見てたことに対してはあれだったけど……」

「……けど?」

「……――でしょ」


 俯きがちに、ぼそりと呟く。少しばかり頬を染め、唇を尖らせていた。


「何?」

「どうせ胸がおっきい方がいいんでしょって」

「……えっ?」


 急に何を言い出すんだこいつは。


「瀬川さんの胸ばっかジロジロ見てるし」

「いや、それは……不可抗力というか……むしろ服を着てくれと思ってるというか……」


 しどろもどろと、言葉を詰まらせながら話す。

 さすがにあそこまで大胆にされると、目を引くといいますか。あれはもはや仕方がないだろう。


「それに別に、瀬川さんだけじゃないだろ?」

「そう?」


 信じていないのか、不審な目を向けられる。


「誰しも水着なら目を引く。瀬川さんじゃなくても、浅見でも……」


 男というのは結局のところ、そういうことに関して切っても切り離せないものがある。なので見目麗しい人の水着であるのならば、誰だって一度は目を向けるのだ。そしてここにいる女子は、みんなレベルが高いし可愛いとは思うし、水着姿だって素敵だと思ってる。

 すると浅見は、無言でパーカーのジッパーを下ろして、前を全開にした。


「あさ……みさん?」


 爽やかな白地に空色の花柄ビキニが服から覗き、息を飲んだ。


 ジッと、浅見の水着姿を見つめてしまう。もともと胸はある方だと思っていたが、こう見せつけられると思っている以上にあると感じてしまう。腰のラインもすっきりしていて、うっすらと腹筋が見え、さすがは元運動部と思った。

 というか、すげぇモデル体型。瀬川さんにはない美しさがそこにはあった。


「相馬」


 ビクリと肩が震える。ジッと見つめていたことは確実にわかっている。俺は「いや、これは!」と言い訳を考えていると「見たいんだ」と、とどめを刺された。


「いや、そうだけど。本当に……そんなジロジロ見るつもりはなくて……」


 申し訳なく首を垂れると、なぜか上機嫌になった浅見はクスクスと笑った。


「いいよ?」

「……へっ?」

「相馬だったら、いいから」

「……」


 心臓がバカみたいに煩くなった。浅見はそのまま先を行く皆のところに向う。その後ろ姿を見つめながら、「な、んだよそれ」と呟いた。


 自惚れてしまっていいのかと思う気持ちもありながら、自信の持てない自分はそんなことはないと考え、一度大きく深呼吸をして感情を抑えてから浅見の後を追った。すると浅見がこちらに振り向き、悪戯な笑みを浮かべながらパーカーの襟を持って前を大胆に開き、自分のビキニ姿を見せつけてくる。

 せっかく抑えてた感情がぶり返して、足が止まる。寺島に「なんでそんな遠いの?」と突っ込まれるまで、浅見に近づくことができなかった。

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