第101話:準備期間から全ては始まっている

 近頃は放課後になったとしても、多くの一般生徒が学校に残っていることが多い。もともと部活や係があるものは、常日頃から自ら望んで、進んで学校に居座り多くの時間を“青春”に費やしている。

 しかし中には俺のようにバイトをしているもの、大学に向けての勉強のため塾に向かうもの、すでに社会で働いているもの、何もなくただ帰るものがいて、その人たちは放課後になればとっとと帰る。もちろん何か用事があればその限りではないだろうが、もっともな理由がない場合は居座るなんてことはしないだろう。


 しかし今は、そんな人たちも望んで学校に留まっていることが多い。それはなぜか? 理由は単純明快だ。体育祭と文化祭が近いからだ。


 俺たちの通う学校では、体育祭は10月の頭、文化祭が11月の頭に行われる。なので夏休みが終われば学校の中はその雰囲気に包まれ、実行委員の選出から始まり、9月の間に各実行委員会で予定や企画を詰め、準備に取り掛かる。

 あまりにもつめつめな予定に、先生はおろか生徒たちからも悲鳴が上がると言われているが、それでもなぜか毎年大盛況に終わるのだから、世の中何がどうなるかなんてわからない。


 ちなみに俺も、今年は文化祭実行委員としてお祭りに参加することになっている。


 今思うと、なんであんな口車に乗ってしまったのかと後悔しそうになるが、それでも一度やると決めたからには最後までやりきろうとは思っている。

 けれど……これは俺の偏見でもあるんだが、どうしてもこの手のお祭り企画はパリピが率先していろいろ動かしている印象がある。その中に陰キャ代表格と言ってもいい俺が入って、果たして無事でいられるのだろうかという心配はある。

 まあなにも、刺されるようなことはないだろうが、周りの雰囲気についていけるかが甚だ疑問だ。


「相馬、顔死んでるね」

「今更ながら、俺はこれから死地に赴くんだなって思うと、そんな顔にもなるよ」


 今日は文化祭実行委員の初顔合わせ。そこでは今後のスケージュールなども含めた、文化祭自体を取り仕切る実行委員内での役割分担が行われる。というのは、一緒に会議室に向かっている日角瑠衣ひずみるいから聞いた話だ。

 クラス内の文化祭実行委員決めの時、率先して手を挙げたと思ったらまさかの指名で、俺を委員に引き込んだのも彼女だ。決定打となったのは、担任の「推薦」の一言だったけどな。


 とはいえ、日角が会議の内容について知っていることに驚いた。去年は同じクラスだったので知っているが、そもそも日角は去年、文化祭実行委員をやっていない。それなのになぜ内容について知っているのかというと、今年は軽音楽部の部長さんが実行委員で出ているらしく、しかもその人が去年も参加しているかららしい。

 身内に経験者がいれば、おのずと情報が入るのもわかる。そしてそれをちゃんと俺に教えてくれるんだから、いいやつだと思う、本当に。


「死地だなんて大げさじゃない? ただの会議だよ?」


 いつも通り、表情の読めない綺麗な笑顔を浮かべる日角。少し口角は上がっているけれど、目はまっすぐ俺の顔を見ている。


「お前にとってはただの会議でも、俺にとっては初めての会議なんです。入りが違うんだよ入りが」

「私にとっても初めての会議なんですけど、そこらへんはどうお考えですか?」

「えっ? いや、それはあれだよ……俺は人見知りだけどお前は人見知りじゃないというか。オープンな人間とオープンでない人間の違いといいますか……つまりはそういうことだよ」


 陰キャは人の多い場所に行くと、自然と面倒くさいスイッチが入り、来たばっかりだというのに「帰りたい……」とか呟くんだよ。環境を受け入れ順応するのか、それとも受け入れられず文句を垂れるのか、俺は完全に後者だな。


 見た目や性格から完全に前者であるはずの日角は、「私は別にオープンとは違くない」と疑問を口にする。


「まあ、オープンにも色々と種類があるから……」


 苦し紛れにそう呟いたが、心の中では確かにな! と納得している自分がいた。日角の場合は、オープンはオープンでも見せてるところは仮面だけ……腹の底までは絶対に見せない。なのでオープンなように見えてオープンではない。

 しかし人付き合いはいい方なので、こいつの周りに人がいないということはまずないだろう。その中で浮かずに過ごせているのだから、日角はしっかりと、グループというカテゴラスの中で順応する能力を持っている。


 残念ながら、それは俺にはない能力だな。


「ふ~ん。まあそれでいいけど。相馬が人見知りってところだけは肯定できるかな」

「むしろされてない方が驚きだわ」


 半年間、同じ教室で同じ授業を受けて同じように生活をしているはずなのに、気軽に話しかけられる相手なんて紗枝や幸恵、寺島、新島さんと、あとは隣にいる日角くらいだからな。クラスを跨げば塚本もいるが……思えばこの半年、それ以外の人とあまり話をした経験がない。


 友好関係が狭すぎる。まあ、不特定多数の人間と仲良くしたいなんて気持ちはないし、そもそも俺から話しかける勇気だって持ってないけど。


「去年はクラスではぼっちだったもんね~」

「塚本がいた。けしてぼっちではない」

「塚本くんしかいなかったでしょ」

「いや、話ができるって言うだけだったら、お前もいただろ」


 1年の時にたまたま席が隣になって、ひょんなことで知り合いになれた。でなければ今、こうやって普通に会話をすることなんてできない。


「ふ~ん……」


 意味深な返しと、表情の読めない笑顔に、本当に何を考えているんだこいつは、と悩まされる。

 もう少し表情筋を働かせてくれれば、なんとなく察することもできなくはないんだが。こいつのこういうところは、去年から苦手ではある。


 日角は少しして、「相馬は変わったね~」と、どこかしみじみと返す。


「そうか?」

「うん、去年とは大違い」

「去年がひど過ぎただけだと思うけど」

「それは確かに。それでも、やっぱり変わったよ」

「う~ん……人との付き合い方は、確かに変わったかもな」


 変わったというか、変えられたというか……結局は全部、紗枝と関わったからこその変化なんだろうな。


「ずるいな~」

「えっ……?」


 謎めいた言葉、咄嗟に聞き返した。今の会話の流れで、どうしてそんな言葉出てくるのか、俺には全く理解できない。けれども彼女の中ではつながっているようで「私ね、今の相馬は結構好きなんだよね」と、主語のかけらもなく会話を進める。


「は? いきなりなんだよ」


 改めて聞き返す。ちょうどその時、会議室の前にたどり着いた。

 俺の問いかけに、彼女はなんの訂正もせずにこちらを見て「いいなって、思う」と、まったく答えになっていない答えを返してくる。


 けれども俺はそう答える彼女の表情を見たときに、気圧された感覚があった。普段から表情の読めないやつで、表情を見せないようなやつだけど……今のは明らかにおかしかった。

 口は笑ってるのに目は笑っていない、いつも通りのその瞳の奥に、怒りのような強い感情が渦巻いて見えた気がしたのだ。

 あまりの違いに、驚いて目を見開く。しかし次の瞬間には、いつも通りの読めない笑顔を浮かべ「なんてね」と茶化すように言葉を吐き捨てて、彼女は閉じられた会議室の戸に手をかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る