第100話:卑屈な彼は少し素直になるも、肝心なところは答えれない
「正直、俺はお前のことは苦手だった」
開口一番、まさかの言動に紗枝はきょとんとした顔になる。そして次第に言葉の意味が理解できたのか、サーっと青ざめていくのがわかった。
「えっ? 嘘……本当?」
今にも泣きそうな表情に、さすがに俺も取り乱す。
「いや! 今は違うからな! 昔! 昔の話!」
必死に取り繕うも、紗枝は受けた言葉のダメージが大きすぎるためか、乾いた笑みを浮かべる。
思っていたよりも紗枝の中で俺への信頼度が高かった事実に困惑しつつも、話を切り出すために一度咳ばらいをして空気を戻す。
「俺は友達がいたことはあまりなかったし、そもそも女子とまともに話したのだって小学校以来だったんだよ」
恥ずかしい話。まだ昔の方が何も考えずに話せていた自覚はある。中学にあがると思春期特融の恥ずかしさとか、興味があるのに遠ざけてしまう意味わかんない行動とか、そういうのが重なってうまく話すことができなかった。
高校に上がれば新規一転、なにか変わるものかと期待したけれど、そもそもの自分が変わってないのに変化なんか起こるわけもなく、結局は塚本以外に、友達と呼べるような間柄の人はできなかった。
「それに、自慢じゃないが俺はクラスでも浮いてたからな。そんな奴に声をかけようなんていう女子はまずいない。それなのにお前は普通声をかけてきただろ? 何か企んでいるとしか思えなかった」
当時、思っていたことを素直に吐き出す。
「そんな風に思ってたの? さすがに卑屈すぎるよ」
「悪かったな。どうせ卑屈だよ」
そればっかりは、今も昔も変わらない。ポジティブな性格じゃないんだから、物事をいい方向へ考えるなんてことはできないんだ。
「けど、だからこそなんだろうな。俺は今、お前を信用している」
ウザいやつだった。苦手なやつだった。けれどそれ以上に、素直なやつなんだということが、この数か月でわかった。
嘘がないというか……俺と真正面から、ちゃんと向き合ってくれる人なんだなってのがわかったから、俺は浅見紗枝という人間性を好きでいる。友人として、本当に信頼を置いている。
「まあ、なんていうか。いいやつなんだよな、お前」
「いいやつ……」
「いいやつ……うん。だから一緒にいると、安心できる」
気兼ねなく、隣にいることができる。俺の中でそういう人をあげるなら、まず間違いなく、彼女の名前があがるだろう。
「そんな感じかな」
どれくらいうまく言葉にできたのかはわからなかった。けれど、俺の中ではこれ以上何を言えばいいのかわからない。
紗枝も紗枝で、俺の言葉にどう反応していいのかわからないのか、手のひらを合わせたら、指で遊んだりと、どこか落ち着かない様子だった。
「そっか~……安心するんだ」
「まあ、そうだな」
改めて口にするとすげぇ恥ずかしいけど、紗枝もなんだかんだでぶっちゃけてくれたし、これでおあいこってことでいいだろう。
「そっかそっか……うん。そっか」
言葉をかみしめるように、何度も何度も頷いて、しまいには嬉しそうに頬が緩ませた。
彼女のその表情を見て、俺は胸の奥がザワつき、それと同時に背中にむず痒くなる。
わざとらしくストレッチをして、なんでもなかったかのようにふるまう。その時、脇でカメラを構えていた姉から「もういいぞ~」と声がかかった。
そういえば、今は撮影中でしたね。
姉はカメラを片手に自分の胸をさすり「いや~、パフェ食わされた気分だわ~」と独特の表現をする。しかし姉の隣にいる郡堂さんも、その言葉にうんうんと激しく同意していた。
「なんだよ?」
あまりにも不快だったので聞き返したが、「さっさと手を繋いでそこらへん歩け」と雑に指示が飛んだ。どうやら話すつもりはないらしく、真顔でカメラをいじっている。もはや不機嫌なのかどうかすらもわからない。
ひとまず立ち上がって壁際まで移動する。
「は~い。浅見ちゃん手前で優は奥ね。そんでこっち側に歩く。いつでもいいぞ~」
姉は少し離れたところで膝立ちになり、カメラを向けて撮る体制に入る。
俺はチラリと紗枝の向いて、手を差し出そうとしてためらった。今更ながら紗枝と手を繋ぐという行為に恥ずかしさと、俺みたいなのがという後ろめたさのようなものを感じたが、彼女はニマ~っと口角を上げて、手を後ろで組んだ。
こいつ、俺が出すまで絶対に出さないつもりだ。
一度出そうとしたのを止めてしまったがために収まりが付かず、行き場のなくなった手を何度か握り閉めてから、諦めて手を差し出した。
彼女は嬉しそうに俺の手の上に自分の手を重ねて、ギュッと握り閉める。
「歩くぞ」
「うん」
自分の体の一部なのに、そこだけが違う何かのような気がした。
熱い……彼女に触れた手の部分が、熱を持ったかのようだった。それと、女子特有の柔らかな感触に、意識をしないようにと思っても頭の中ではそれを考えてしまう。
けれども、気持ちはだいぶ落ち着いていた。
女子と手を握るのは初めてじゃないから? いや、たぶん幸恵ともう一度手を繋ぐことになったら、俺はいろいろと緊張するに違いない。心臓だって、きっと今以上にうるさく鼓動を打つだろう。
だけど紗枝と手を繋ぐのは大丈夫だ。彼女にたいして、なんとも思ってないからではないと思う。今も緊張はしてるし、自分の腹の底がゾワゾワして変な気分だ。それでも、酷く取り乱すということはない。
やっぱり、安心してるのかもな、俺。
「優は安心するって言ったけどさ」
一人で納得していると、彼女が声をかけた。
「……私もそうだから、気持ちわかるな」
「……隣にいるどうたらってやつ?」
「うん。優の隣は……安心する」
横を見ると、落ち着いた様子で、柔和な笑みを浮かべていた。その横顔はあまりに綺麗で、思わず見とれてしまう。けれども彼女がこちらに振り向くので、驚いて視線をそらしてしまった。
「ずっと、隣にいれたらいいな」
「さすがに……それは冗談だろ?」
いつもの調子で聞いてきたので、苦笑いを浮かべながら返す。どうせ『そんなことないけどな~』なんてからかってきて、俺の反応を楽しもうとしているんだ。
「冗談だったら……いいんだけどな~」
「……はっ?」
「はいOK!」
姉の声に、後ろを振り向く。いつの間にか通り過ぎていたようで、姉は郡堂さんと二人で撮影した内容をチェックしていた。
「どんな風に撮れたんですか~?」
紗枝は俺から手を離すと、パタパタと姉と郡堂さんの間に入っていく。取り残された俺は、あっけにとられていた。
今のは……どういう意味ですか?
どうせこうだろうと決めつけて身構えていたものだから、意味深な声色で告げられたその言葉に、衝撃を受けた。
まさか……本気で? いやでも冷静になれ俺。いままでだって、そういう雰囲気を出しつつ俺をからかってきたことだってあった。今回も、それなのかもしれない。それにもし本当だったら……今の言葉は……もう。
そこまで考えて、顔が熱くなる。頭の中で、ありえない、違うだろうと繰り返し、本気ではないと考える。俺の中では、そうではないと思っているから。だから彼女がいつものようにお茶らけた様子で、冗談だと言ってくれることを、どうしても願ってしまう。
けれども、そんな願いは通るわけもない。
その後も滞りなく撮影は進み、その間に彼女からの弁解の一つもなく、気が付けば撮影は終わってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます