第99話:撮影再開は羞恥の中で

 姉に連れてこられてたのは、丸井テーブルがいくつかと、それぞれに四脚ほどの椅子が向き合って設置された、大学の中にある共有スペース。主に休憩や食事、レポートなど勉強に用いられる場所のようだ。

 時刻も夕方を少し過ぎたのだが、それでも利用者は多いようで、俺たちを除いても多くの学生がいる。


 いや、多くいるっていうか……。


「人、多くね」


 先ほどは、姉や郡堂さんはいても他の誰かに見られるような場所ではなかったが、ここではそうは言ってられないだろう。すでに俺たちが来たことで、近くの人は視線をこちらに向けている。そして何やらひそひそと話しているようにも見える。


 なんだ? なんか……注目されてるみたいなんだけど?


 戸惑いを隠せない俺だったが、全ての疑問は次の一言で説明がついた。


「撮影許可ちゃんと取ってるのか相馬~」


 近くのテーブルに座っていた男性が、姉に声をかける。茶化す言葉にも慣れているようで、姉も姉で「別に共有スペースなんだからいいでしょ~?」と、以前に何か問題を起こしたんだと察せる返事をする。

 そのやりとりだけで、割とこんなことはこの大学では日常茶飯事なんだなと思った。


「ぐっちゃ~ん、日花~」


 少し遠くの方で女性が二人が手を振っている。彼女たちに視線を向けた姉は「お~、茉奈、響」と手を振って挨拶を返す。


「撮影~?」

「そう~。あんたたち、いい場所取ってんね~」

「使う? いいよ~」


 あちらもあちらで手慣れた対応。特にもめるなんてこともなく、スムーズに撮影スペースが確保される。

 さすがの光景に驚いていると、郡堂さんが「日花は大学では有名人でね~。成績優秀なのにさっぱりした性格だから男女問わず人気あるし、かと思えば問題を起こすせいで大学側から目を付けられるし、そんなところがまた人気の一部でもあったりするし……意外とすごいやつだよ、君のお姉さんは」とどこか自慢げに語る。


 家では見ない姉の姿に、近いからこそ異質なものを感じてしまう。しかしそれもまた姉の一部ではあるので、戸惑いはあれど引いたりはしないし、褒めたりもしない。


 なんとなく、そうだったんだ、程度の関心はあるけれどな。


「おし! 優、浅見ちゃん、こっちこっち」


 場所を確保した姉は、俺たち二人を手招く。俺たちは一度顔を見合わせてから姉の元に向かった。


「とりあえず座って喋ってる感じでいいから。浅見ちゃんがこっちで、優はこっちね」


 座る位置を指定され、ひとまず椅子に腰かける。そのタイミングで「ほら、お前ら散った散った!」と近くにいた人たちを遠くに追いやってくれる。それは確かにうれしいのだが、しかし座ったからと言ってそこからどうすればいいのかわからなかったので、お互い顔を見合わせて困った表情を浮かべた。


「何固まってんだよ」


 そう言ってくれるなよお姉。俺たちは別にこれが初対面じゃないし、普段だったらもう少しまともに会話を繰り広げているとは思うけど、こんな場所で遠巻きとはいえ周囲の目線を感じながらカメラも向けられて会話ができるほど、神経図太くないんですよ。


「急に振られても、何喋っていいのかわかんねーよ」


 口答えをすると姉は呆れたようにため息をこぼし、「あんたたち、学校では普段何話してんのよ?」ときっかけを与えてくれる。


「学校って言ってもな~……」

「うん……」


 お互い意識して話したためしがないし、そもそも話すタイミングなんてお互いが話したいことがあるときだけだ。それがくだらないことでも、重要なことでも、相手に伝えたいと思った時に口は動く。

 現状、話したいと思えるような環境じゃないし、当たり前だが俺はそこまで話題が豊富ではない。なので、結局何を話していいのかわからない。


 普段だったらどうでもいいようなことを話しにくる紗枝でさえ、今は困ったように眉を寄せて視線をあっちにこっちに移している。


 まったく楽しそうじゃない俺たちの雰囲気に、今度は郡堂さんが「じゃあ浅見さん」と声をかける。


「弟君の好きなところ言ってみようか」

「ふぇ!」


 突然何を言ってるのこの人!?


 驚きのあまり紗枝は珍しくわたわたとうろたえている。新鮮な姿ではあるが、それを眺めている場合ではない。


「ちょっと、郡堂さん?」


 さすがに話題がないからとは言えやり過ぎでは? と注意しようとしたら、姉が「何? 優から先に言いたいって?」と悪乗りしてくる。


「そうじゃねぇよバカ姉」

「実の姉に向かってバカとはなんだバカとは!」


 いやバカだろ。どうしたら今の流れで俺も言う流れになるんだよ。そもそも、こんな公衆の面前で相手の好きなところ語るとか、羞恥の極みみたいなものだろうが。

 さすがにそんなことはしたくはない。というか、紗枝だって嫌だろう。


 視線を紗枝に向けると、どこか神妙な顔つきで口をキュッとつぐみ、何かについて逡巡しているように見える。

 おいなんだその顔は、まさかとは思うがお前、こんな口車に乗るわけないよな?


 目で止めろと訴えかけても、紗枝はまずこちらを見ない。そして意を決したのか、口がゆっくりと開く。


「優しい、ところが……まず好きだよ」


 周りに聞こえないように声を絞って、少しだけ緊張した様子でポツポツと話す。いつものからかっていると感じる様子ではなく、どこか真剣で……素直な言葉を投げかけてくる。

 いや……何勘違いしてんだ俺。いつもこっから、こいつは自分のペースに持ってくるやつだ。思わせぶりなことをして、俺がうろたえるのを楽しむようなやつだ。だからこれもきっと……本気じゃない。


「いつも私のこと考えてくれるし、なんだかんだ構ってくれるし、一緒にいると楽しいし……そういうところも好き」


 俺は別に優しくないし、構うのだって面倒だって思ってる。なのになんで……なんで、そんな顔してんだよ。


 恥ずかしそうに、けれども慈しみをもって、俺という人間を語る紗枝。聞いているこっちが恥ずかしいし、むず痒い。


「あとは……人を見た目で判断しないところが、一番好き」


 その言葉に、そんなことはないと、心が叫んだ。恥ずかしくて……申し訳ないような気持になる。

 俺は別にそんな大層な人間じゃない。誰だって最初は見た目が第一印象だし、俺だっていつもそうだ。なんだったら最初、お前のことも見た目で苦手だって思ってたんだから。

 でも俺は人づきあいが苦手で、友達だってほとんどいなくて、だからこそ関わったらその人を見るようにしてる。けれどそれは紗枝が思っているような綺麗なものじゃなくて、小学生のころのからの弊害で……友人と呼べる人がいなかったからこそ、その人を値踏みするように判断していたんだ。


「それぐらいかな……」

「……そっか」


 少しだけ余裕が出てきたのか、紗枝は普段の調子に戻りつつあった。

 彼女はチラチラと俺の方を見て、俺からの言葉を待っている。


 自虐的なものしか、浮かんでこなかった。何を勘違いしてるんだとか、俺が本当は卑しいやつなんだとか、相手が望んでもいないような言葉がポンポン出てくる。

 どうしようもねぇやつだな。本当に。


 一度気持ちを落ち着けるために息を吐き、大きく吸い込んでから、紗枝と向き合った。

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