第114話(サイドn):そうして私は何かを隠す
「えっ、えっ? あっ、えっ?」
意中の人の突然の来訪に戸惑う瀬川さん。焦りつつも前髪を手櫛で整えてから席を立つと、旦那さんをお迎えするかのように、パタパタと相馬さんの方に歩み寄っていく。
なんだあのあざとい生物は。
「あの……まさかこんなところで会えると思ってなかったので、びっくりしました」
はにかむ姿を直視できないのか、相馬さんは視線を外しながらも「いや、俺もびっくりだよ」と優し気に笑いかける。
彼は瀬川さん越しに私を見つめると、『どゆこと?』と目で訴えかけてくる。こっちとしてはただ友達をバイト先に誘っただけなので、どういうことと言われても『こういうこと』としか言えない。
ただまあ、一人だけ会話に混ざれないのもかわいそうなので、仕方がなく事情を説明してあげる。
「瀬川さんが私のバイト先に来たいと言ったので、連れてきたんです」
「わざわざ? 運賃払ってまで?」
「私もそこまでする必要はないって言ったんですけどね」
このお店にお金を払ってまで来る価値が果たしてあるのかと言われれば、コーヒー好きならまだしも、ただの高校生にはキッパリとないと言える。なんせカフェではないし、自営業でメニューの値段も高めだし、ラインナップがそろっているのはコーヒーしかない。
来るのは物好きくらいだと思うよ、本当に。
その物好きが、私の隣にいたんですけどね。
「それよりも、優くんはどうしてこのお店に? コーヒーでも買いに来たんですか」
純粋にもほどがあると言わざる終えない。どうやら瀬川さんはまだこの状況で、疑わしきが誰かをわかっていないらしい。先ほどのやりとり、お店に入ってきたときの第一声、そして仲良さげな私と相馬さん。そこに視点を置けば、おのずと答えは見えてくると思うんですけどね。
「えっ? いや、今日はバイト」
「ああ、バイト……バイト?」
そこでようやくいろんなことがガッチャンコしたのか、瀬川さんは私の方に振り向く。それとほぼ同時に「あ~、豆の補充しないとですね~」とわざとらしく席を立った。
あとはバックヤードに逃げるだけだったのだが、このお嬢様は相変わらずフットワークが軽いようで、私の手首を掴むと「ちょっとくらい、いいじゃないですか」と満面の笑みで退路を断った。
「あ~……そうですね。お客さんもいませんし」
笑いながら着席。
相馬さんは何が起こっているのかよくわかっていないのか、少し戸惑っているように見える。あなたのせいでこうなってるんですよ? いい加減、その鈍感はどうにかしたらいいんじゃないですか?
「おっ、相馬来たか~」
チョコレートロールケーキを切り分けてきた店長が出てくる。瀬川さんの座っている席に「ごゆっくりどうぞ」と、色目を使った声でサーブをしてから、いつも通りの声で「やることねぇからちょっと休んでろ」と、バイトに来たはずの相馬さんに休憩を出した。
こういう自由が利くところが自営業のいいところだよね。
「は~い。店長、コーヒー飲んでいいですか?」
「好きにしろ。俺は裏で試作してる」
話しながら、相馬さんは厨房の方からバックヤードに引っ込んだ。おそらくは着替えのためだろう。
そしてお店の方には私たち二人。ちょっと気まずいなぁ~なんて思ってチラッと瀬川さんの方を向くと、彼女は明らかに不満げに唇を尖らせていた。
「どうして黙ってたんですか?」
聞きたいのはそこだよね。
「黙っていたわけではなく、特に必要がなかったから話さなかっただけです。あと聞かれませんでしたし」
「バイト先に、優くんいる? なんて聞かないですよ」
ごもっともです。
「……お二人は、どういう関係なんですか?」
疑惑の視線に、どうしたって笑みがこぼれる。
「な、なんで笑ってるんですか! こっちは真剣なんですよ!」
「いや、安心していいですよ。私と相馬さんは、ただ地元がここなだけなんです。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……信じますよ?」
「ええ。信じてください」
私の言葉を聞いて、瀬川さんは安堵の息を零した。
その様子を見ながら、私はある日の光景が目に浮かんでいた。
相馬さんと私が同じところで働いているのがわかって、敵を見るかのように睨みつけた彼女も、同じような雰囲気だった。二人の姿が重なって見えて、なんだかおもしろくなってしまう。
まったく、恋というのは厄介ですね。
「優くんと地元が一緒ということは……同じ学校とかなんですか?」
「そうですね。一応、小・中と同じ学校には通ってました」
「お二人は、そんな昔から知り合いだったんですね……」
「いえ、知り合ったのは高校からです。小学校でも中学では、私と相馬は一言も話したことがありません。でも、私は彼はことは知ってましたよ?」
「――っ!」
いくら何もないと本人の口から聞こうが、不安なものは不安なんだろう。探るような視線を向けてくるので、少し意地悪をしてしまった。私の言葉に驚いて、「そ、それは……何もないんですよね?」とテンパっている姿がなんとも可愛らしい。
そして丁度良いタイミングで、相馬さんが戻ってくる。カウンターに現れた彼に私たちは視線を向けると、見られていることがわかってか彼もこちらを見返す。
「……何?」
「いえ何も? 相馬さん、私もコーヒー欲しいです」
「あいよ」
こんな何気ないやり取りでも、隣に座っている彼女は気が気じゃないようで相馬さんを見ては私を見て、私を見ては相馬さんを見て。何かを言おうとするけれど、彼の前なので思い切ったことは言えず、結局あわあわしているだけとなる。
さすがにこれ以上はかわいそうだな。
「本当に安心してください。何もないんです、私は」
彼女にだけ聞こえるように声を絞って、真剣にそう言ったものの、先ほどのやり取りのせいか素直には信じられないようで、まだ疑惑の視線を向けてくる。
「昔から悪目立ちする人でしたから。嫌でも目に入るんです」
相馬さんの噂は、小学校でも中学校でも、あまり良いものは聞かなかった。だから、本当にそういう人なのかどうなのか気になって、見に行って、一方的に彼のことを知っていたのだ。
「今でも目立つんですけどね。昔に比べればましですかね」
今の相馬さんは、学校の美女を侍らし、イケメン男子すらも手籠めにするプレイボーイ……な~んて。そこまでではないにしろ、えらく美女に好かれる人として、男子たちから呪われているくらいですね。
「……新嶋さんは」
「はい?」
「よく、見てるんですね。優くんのこと」
彼女の言葉に、一瞬思考が止まる。人間、図星を付かれると体が強張るだとか、表情に出るとかいろいろでたり、考えがまとまらなかったりする。私もどうやらそのようで、よく見ているという言葉に、頭が追い付かなくなった。
「……まあ、これも仕方がないんですよ」
こればっかりは、瀬川さんに知られるわけにはいかない。そして相馬さんにも、今は知られてはいけない。最初に話す相手は、もう決まっているのだから。
「そう……ですか」
触れてはいけない問題だと、瀬川さんも理解してくれたようだった。話すつもりはなかったので、引いてくれたのは非常に助かる。
「私から言えることはひとまず、そういう感情はないということだけです。ここは誓って断言できます。それだけでもわかってください」
「……わかりました。信じます」
「はいコーヒー。二人でこそこそ何話してたんだよ?」
女同士の秘密のお話が終わったすぐに、無粋な男子が入ってくる。
「女の子の内緒話を知りたいなんて、嫌われますよ相馬さん?」
「ぐっ……いや、そうね。ごめんね」
素直に引き下がる相馬さんに、私と瀬川さんは顔を見合わせクスリと笑う。
「優くん、文化祭の準備どうですか? 順調ですか?」
「えっ? いやまあ、順調ではあるのかな。とはいえ、クラスの出し物の方向性が決まらないと何もできないというか……」
「あれ? 飲食系になりましたよね」
「そうなんだけど、その中身の方で――」
二人が話している様子を横目で見ながら、真っ白いカップ手を伸ばす。
よく、見てるんですね……か。
淹れてくれたコーヒーに視線を落として、さっき瀬川さんに言われた言葉を繰り返す。それと同時に、昔のことがフラッシュバックした。
視線を上げて、相馬さんを見る。楽し気に瀬川さんと話す彼を見ながら、私はコーヒーに口を付けた。
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