第51話:相馬くんの数少ない特技
この施設では色々な料金プランがあるらしく、その中でも学生で会員だと少しだけ安く、さらには時間内であれば施設を使い放題になるプランがあるらしい。
浅見は「まず会員になんないといけないけどね」と言っていたが、正直一般でもたいした差は無いようなので、今日は一般料金で色々遊んでみようということになった。
「じゃあ、フリーで支払ってくるよ」
会計はお金を崩したい塚本が行く事になった。あいつのことだからただの善意からかと思ったが、普通に理由があったことに少々驚かされた。なんというか、言葉にするのが難しいのだが、塚本でもそういうことがあるんだなと思ったのだ。
普段が完璧な分、大きいお金だけを持ってくるという失態をしないような印象を持っていたのだ。だから塚本も普通の人だったんだな~と、改めて思わされた感じだ。
「最初はどこに行く?」
浅見にそう訊かれたが、初めて来たので具体的にどんなものがあるのかわからない。CMとかではボウリングが印象的なんだが。
「何があるんだ?」
「バスケとかテニスとかフットサルとか、トランポリンとかもあるよ」
「そんなものもあるのか」
トランポリンって……何が楽しいんだ?
ただただ跳びはねているところを想像してしまう。面白さがよくわからない。
「私は合わせるよ」寺島が少々嫌そうな顔で「運動神経ないからどこ行っても同じだしね」と自分に皮肉を言っている。
「寺氏。体力はあるんだけどね」
「体力しかないけどね。今更だけどここにいるメンツ、私以外は運動神経いい人しかいないな」
俺と浅見を交互に見る。
「いや。俺はそこまで運動できる方じゃないぞ?」
買い被られても困る。
「そうなの? でも悪くはないんでしょ?」
「どうだろう。人並みなんじゃないか?」
「ふ~ん。なんか得意な競技とかあるの?」
「得意な競技……まあ中学からやってるっていうなら、ボウリングとか」
その言葉に、二人は意外そうに俺を見た。
「なんだよ?」
「いや、なんか渋いな~って。ね?」
寺島が浅見を見る。浅見も寺島と目を合わせて頷いてから俺を見て「ボウリングって大人の競技なイメージがあるし」と付け足す。
「実際に大人の競技だけどな。俺は父さんに、勉強の息抜きがてら連れてかれてたんだよ。それで覚えた」
「へ~。じゃあボウリングいかない?」
浅見の提案に、寺島も頷く。
「いんじゃない。面白そうだし、経験者がいれば教えて貰えるしね。手取り足取り」
寺島はニヤけた顔で浅見を見る。眉をしかめた浅見は「何さ?」と寺島に訊ねると「別に~」と綺麗に流された。
「お待たせ~。最初どこ行く?」
ようやく手続きを終えた塚本が戻ってくる。
「ボウリングだってよ」
「ボウリングか。じゃあ靴とか借りないとね」
店員さんに色々と教えられた塚本のナビを頼りに、まずはボウリング場に入るための靴を借りに向かった。
ボウリングが始まって5フレーム目。四人中三人は初めてだったので、まずは投げてみようということでゲームは始まった。基本的な投げ方を教えて投げて貰っているのだが、これが意外な結果となっている。
「あ~、また曲がった~」
一頭目を投げ終えた浅見が座席に戻ってくる。最終列左側の7番ピンだけを弾きとばした。カーブを掛け過ぎたのだろう。
「真っ直ぐ投げらんない」
4フレーム目までの成績は、トップが俺でその下に寺島、塚本と並び、最下位に浅見がいる。俺はまあ、経験者ってことで順当な順位だが、予想外だったのは寺島の成績と浅見の成績だ。
もの覚えがいいのか、単純に勘がいいのか。寺島は1フレーム目であっさりとスペアを叩きだし、それ以降順当にスコアを伸ばしている。運動神経がいい浅見は、ボウリングはあまり得意な方でなかったのか、先程から試行錯誤をしながら頑張ってはいるが、なかなかスコアに反映されない。
むくれた浅見は「どうしたらストライク出せるの?」と俺を睨みつける。
現状、4フレーム全てストライクを出しているので、睨み付けたくなる気持ちもわかる。俺も父さんがバンバンストライクを出してるのを横で見て、凄いと思うと同時にムカついたものだ。
「そんな一朝一夕でストライクなんか出るかよ。慣れだ慣れ」
「寺氏も始めてなんですけど!?」
「こいつはよくわからん」
たぶん例外だ例外。
「普通に投げてるだけなんですけど」
寺島はさも当たり前のような表情で浅見を見る。全く当たり前ではないのですが。
「真紀は変なところで勘がいいよね」
「バカにしてんの?」
「褒めてるよ?」
意外と言えば塚本も意外だった。バスケ部のエースである塚本はもちろん運動神経がいい。それでもあまり成績が振るわないところを見ると、やっぱり良し悪しなんだろう。
浅見は戻ってきたボールを手に持ち、俺の方を向く。
「投げ方にコツってあるの?」
「あるにはあるけど。まずは位置取りだろうな」
「位置取り?」
「浅見はボールが左に曲がるんだから、右側から投げればいいんだよ」
「それだと右側の溝に落ちちゃうじゃん」
「右方向に膨らまなければ大丈夫だって」
「わからないんですけど」
むくれる浅見。しかたない。
浅見の隣に向かう。
「あの三角あるだろ?」
「うん」
レーンには、アプローチを補助するためにレーン上に描かれた三角の印がある。俺は投げる時はいつも、あれを助けに投げている。
「取り敢えず、一番右の三角のライン場に立って、あれに向かって真っ直ぐ投げるんだよ」
「普通に投げるの?」
「普通に投げるけど……そうだな、ボールは握手するように投げる?」
「どういうこと?」
「だから……」
やはり言葉だけで説明するのは難しいな。どうしよう。
悩んでいると、浅見は「後ろからならできる?」と俺に背を向けた。
どうやら、向かい会った状態だから教えにくいのかと思ったようだが、残念ながらそういうことではない。
俺としては、手を触れるのは恥ずかしいので避けたかったのだ。しかしこの状況、もはや触れないのも流れとして可笑しいので腹を決めるしかない。
一先ず触れるの場所は手だけ。身体はなるべく離すようにして、密着しないようケアはしているが体勢が結構キツイ。特に腰回りが引けているので、変な体制になっている。
本当は密着する方が教えるとしては簡単なのだろうが、邪なことを考えていると思われても嫌なので頑張ろう。
浅見の手の甲に触れ、ボールを持つ角度を教える。一先ずこの状態で真っ直ぐ投げようとすれば、勝手に曲がるとだけ伝えて離れた。
「そんな感じ」
「わかった!」
浅見はレーンに向かう。
近づきすぎたせいで頬が熱い。しかしいい匂いがした。なんで女子ってこんなにいい匂いがするのだろうか。甘いけれど胸やけがするような甘さではなく、もう少し嗅いでいたいそんな匂い。いや、変態か俺は。変なことを考えるな。
大きく息を吐き出して、浅見が投げたボールの行末を見守った。
手から離れたボールは1ピンと3ピンの間に吸い込まれるように転がって行き、強く弾かれたピンが後ろのピンたちをなぎ倒しながら、ボールはピットに落ちて行った。
「おっ」
残りの9ピン全てを倒すことができた。スペアだ。
浅見は目を輝かせて俺を見る。そうとう嬉しいのだろう、俺の前に来て両手を挙げて、ハイタッチを要求してくる。しかたがないので、俺も両手を上げて浅見の手のひらに自分の手のひらを重ねた。パチンという軽快な音をさせたと思ったら、浅見はそのまま俺の手を掴んで胸の前まで下ろすと、「相馬~やったよ~」とピョンピョン跳ねる。
「はいはいわかった、わかったから離せ」
寺島と塚本が見てる目の前でこんなことするのが恥ずかしくて、手を離してくれるよう訴えたが浅見は「ちょっとくらいいいじゃん」と上機嫌に手をニギニギしてきた。
心臓が煩くなってきて、顔が熱くなってくるのがわかる。さすがにこれ以上は限界だったので「次俺だからさっさと戻れ!」と慌てて距離を取ってボールを取りに向かう。
くそ、浅見の奴。
柔らかく温かな体温が手に残っている。自分の手なのに、どこか自分の手じゃ無いような不思議な感触を意識的に振り払い、ボールを持ってレーンに向かった。
投げたボールは先程浅見が投げたような軌道を描きながらピンを押し倒していく、しかし力があまり入らなかったからか、10番ピンだけが残ってしまった。
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