第23話:準備に余念はありません①

 迫る修学旅行に向けて、俺は学校帰りに駅前のショッピングモールに来ていた。というのも、浅見が帰り際に「修学旅行前に色々準備したいし、付き合ってよ」と、腕を捕まれ半ば強引に連れてこられたのだ。

 振り払って逃げようかとも思ったが、寺島と瀬川さんもいるということから、さすがにそれで断ったら空気が読めないやつなので行くことにした。


 浅見と二人きりだったら少し抵抗はあるが、寺島や瀬川さんもいることだし、いつものようにからかわれる心配もないだろう。それに、こうやって誰かと一緒に放課後に寄り道することもそうそうないし、実はちょっと楽しみだったりもする。絶対に浅見には言わないけど。


 ショッピングモールの中は、人でごった返していた。平日の夕方ということもあり、親子連れよりかは俺たちと同じような制服姿の人が目立つ。

 二階にあるサービスカウンターの付近にモール内の案内図があるので、それで場所を確認しながら、寺島が「紗枝。何買うの?」と浅見に訪ねた。


「修学旅行って私服でしょ? 私夏服がちょっと古いからさ、新しいの一式こさえようかと思って」

「なるほど。私も着回せるの一着買おうかな」


 やはり女子ということもあるからだろうか、俺はすでに一昨年の夏服をいまだに着回しているが、全く気になったことがない。着られなくなるならさすがに買い換えるが、着られる以上は別に新しく買う必要がないと思っている。なので私服に関してはかなり無頓着だ。女子がこうして新しいものを買おうとする気持ちが理解できない。


「幸恵は何かある?」


 寺島の問いかけに、「実は下着を新しくしたいと思ってまして」と、少し恥ずかしそうに言う。

 ……ちょっとは俺の存在を認識してほしいものなんだが。

 いやまあ……向こうさんが別に構わないというなら問題はないだろうが、肌着なんかは基本的に同性だけで買いに来たときにいくものだと思うんですよ。だって店で一緒に選ばないにしても、店並みでどんな雰囲気の下着を買ったのかわかってしまうから、男子からしたらそういう想像がはかどってしまう。特に瀬川さんは胸が豊かなので、それを包み込んでいるものだと想像したら……うん、けしからんな。

 女子ならば男子にそう思われるのは嫌だと思うのだが、なぜかここにいる女子は俺を男と認識してないのか、「私も新しいの欲しかったんだよね~」とか、「修学旅行だし、一着買ってもいいかも」とか言っている。本当に俺は、男ではないのだろうか?


「相馬は何か買うものある?」


 浅見に訪ねられ考えるが、これと言って今必要なものが思い浮かばない。しいてあげるとするなら、「俺も下着かな」


 あまり旅行にはいかないので、二泊三日がどんなものかわからないけど、下着は少し多目に持っておきたい気もする。


「男ものの下着ってどこで売ってるのかな?」


 浅見の素朴な疑問に、同調するように寺島は首をかしげる。


「普通にしなむらとかで売ってるよ。女性ものだってあるだろ?」

「普段男性ものなんて見ないからわからないよね」

「わかるわかる」


 お互い顔を見合わせて頷いてるとこ悪いが、そんなん言ったら、俺だって普段女性ものなんて見ないからわかんねぇよ。


「じゃあ、一先ずは服屋だよね」


 寺島は案内図を見て場所を確認する。俺も後ろから覗き見てみるが、服屋は各階にそれなりにあるみたいだが、名前がほとんど聞いたことのないものばかりだった。これはあれだ、ブランドものってやつだ。高校生じゃ全く手のでない代物なんだろう。

 ブランドもの以外にも、ちゃんと量販店は存在する。それこそファンションセンターしなむらにウニクロ、H&Nもある。俺は基本的にしなむらしか使ったことがないが、他のお店はお店で雰囲気が違うのだろうか。


「紗枝、エイチエヌでいい?」

「私は大丈夫だよ。瀬川さんは」

「大丈夫です。行くの初めてなんで楽しみです」


 こんなところにも同士がいた。


「俺も初めて行くんだけど、男性ものってあるのかな?」


 浅見はう~ん……と頭を悩ませたが、「下着まではわからない」と返答が来る。


「まあその時はしなむらとかいけばいいし。一先ずレッツゴー!」


 ~~~


 荷物持ち。というものを初めて体感している。

 服屋に来てからの浅見は早かった、すぐさま自分の欲しい物が固まっているスペースに足を運び、寺島と一緒になりながらあーでもないこーでもないと言いながら服を選んでいる。

 気に入った物は一旦キープということで手に取り、最終的に試着して厳選したものを買っていくのだそうだ。


 最初こそ、たったか先に行く浅見を追いかけるだけだったが、「相馬、これ持ってて」と手渡され、あれよあれよという間に浅見の荷物持ちに昇格した。


「相馬、これもお願い」

「はいはい」


 浅見からシャツを一着受けとる。というか、シャツだけで三着、スカートを含めればすでに四着目なんだが……金大丈夫なのか?


 いくら量販店とはいえ、服が五百円そこらで買えるとは思っていない、最低でも千円はするとして、すでにここには四千円ある。

 最終的に判断するとはいえ、よくもまあ服装にこれだけお金かけられるよな。

 感心しつつ浅見を追っていると「ねぇ相馬」と今度は寺島が声をかけてくる。


 寺島は、ハンガーにかかったストライプ柄のシャツを自分に合わせる。


「これどうかな?」


 どうかな?


「……似合ってると思うけど」


 とてつもない月並みな発言だったが、正直コーデとかトレンドとか言われてもよくわからないぞ。俺が言えることは、似合ってるかそうじゃないかだ。


「こっちとこっちだったらどっちがいい?」


 寺島はさらに他のストライプ柄のシャツを自分に当てる。何がどう変わったのかいまいちわからない。というか、さっきのもよく見てなかった。


「さっきの見せて」

「こっち?」


 さっき見たものはどちらかと言えばタイトは雰囲気を受ける。次のはどちらかと言えば裾の部分がふんわりとしていて、より女性的な印象を受ける。

 どっちがいいかなんてよくわからないけど、寺島にあってると思うのはだんぜん後者だ。


「こっちがいいかな」

「なるほど……相馬の趣味はこっちか」

「いや、別にそういう訳じゃ……」確かに可愛いとは思ったけど。

「タイトなのも悪くないと思うけど……相馬がそういうならこっちにするよ」

「いや……お前の判断でいいと思うぞ? 俺はほら、そういうの疎いから」

「素人目ってのも必要な時があるんだよ。というわけで後ろ」

「後ろ?」


 寺島に言われて後ろを振り向くと、今度は瀬川さんがそこに立っていた。手にはロングスカートを持っている。裾の広がった濃い青のスカートと、同じく裾の広がった青のストライプ柄の入った白いロングスカートだ。

 瀬川さんは期待に満ちた目、けれどもどこか遠慮した様子で俺を見ている。俺にどっちがいいのか聞きたいのだろうけども、迷惑じゃないかを気にしているんだ。


「あの……」

「遠慮しなくていいよ」


 笑って対応してあげると、向日葵が咲いたみたいに笑顔になる。


「えっと、こっちとこっちなんですけど」

「うん」


 両方合わせて見せてくれる。瀬川さんのイメージだと、やっぱり明るい色って感じだけど、俺としてはこっちの青のスカートの方も捨てがたいな。

 少し考えて、「青の方がいいかも」と伝える。


「青ですか。じゃあこっちにします!」

「いや、せめて自分で少し考えたほうが!」


 ほとんど二つ返事でレジに向かってしまった。いいのかあれで!?


「幸恵のことはなんとかしてあげるから、相馬はお姫様の相手お願いね」


 俺の代わりに、寺島が瀬川さんを追ってくれる。寺島が行ってくれるなら安心だ。しかし、お姫様って……もしかしなくてもあいつのことか?


「そ~ま~?」


 不満げな声が響く。視線の先にいる浅見は、しかめっ面をしながら裾の長いカーディガンのような物を持っていた。


「試着するから手伝って」

「……」


 もし寺島のいうようにこいつがお姫様なのだとしたら、俺はさながらお姫様に遣える執事ってところか。だとしたら俺は、面倒な人の元に遣えたものだ。

 これ以上機嫌を損なわれても困るので、「わかりましたよ」とため息混じりに浅見のあとを付いていくのだった。

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