第24話:準備に余念はありません②
浅見の試着タイムが終わり、気に入った服以外はもとの場所に戻す。一先ず三人の欲しい服は選び終えたので、これからは俺の時間だ。
といっても、俺が欲しいのは下着だけなので、そこまで時間はかからないだろう。なんて思っていたが、それは俺が一人だったらの話だった。
「男性ものの下着って、いろいろ種類があるんだね」寺島が興味深そうにトランクスを手に取る。
「お父さんとかの見ますけど、全然違いますね」瀬川さんがボクサーパンツを伸ばしたり、材質を確かめるように指先で撫でる。
「やっぱり男でも勝負下着とかあるの?」浅見は柄物のボクサーパンツを手にとって、俺に訪ねる。
「知らねぇよ」俺は呆れ半分でその質問に応える。
そもそも勝負下着とかって、相手に見せるための、より可愛いものやセンスのある下着のことだろ? 相手のいない俺には全く縁のない話だし、調べるようなこともしたことがない。
パンツなんて履きやすければなんでもいいんだよ。人に見せるために買うものじゃない。
「にしても、履きやすそうだよね、これ」
寺島が瀬川さんが持っていたボクサーパンツを手にとって呟く。
彼女が今持っている物と同じ物をハンガーラックから手に取ってみると、確かに履きやすそうだと思った。肌触りも柔らかく、ゴムもキツくない。
うん……悪くないな。
「相馬くんは、普段はどんな物を履いてるんですか?」
「それは……」
何気なく言った瀬川さんだったが、俺はなんとなく答えに困った。別にどうってことはないと思うが、なんだか自分の下着の趣味を知られる見たいで恥ずかしかった。けれども女子からしたら特になんてことないのか、はたまたこのメンバーが特殊なのか、誰も瀬川さんの質問に疑問を持たなかった。
俺が過剰に反応してるだけか。女子の会話としてはこれが普通なのかもしれない。
「ボクサーパンツが好きだから、普段はそれを履くよ」
「トランクスとかは履かないんですか?」
「肌に当たる感じが好きじゃないんだよね」
「あ~その感じわかります。私もワイヤーが痛いときがあるので、やっぱり肌触りって大切ですよね」
ワイヤー? ワイヤーってなんのことだ?
なんのことかわからなかったが、とりあえず愛想笑いをしていると。寺島が「幸恵、男子相手にあまり赤裸々に話すものじゃないよ」と注意を入れる。
すると瀬川さんは顔を赤らめて、愛想笑いをした。
「瀬川さんって、意外と天然なの?」
浅見の問いかけに寺島が「幸恵はあまり考えてないだけだよ」と、果たしてそれはいいことなのか? と言いたくなるフォローが入る。
「とりあえず、サッと選んじゃうから待ってて」
空気を切り替えるためにさっさとこの場を離れようと思ったが、唐突に浅見が「せっかくだから選んであげるよ」と余計なお節介をかけてくる。
「いらん。自分の下着くらい自分で選ばせてくれ」
「ええ~。せっかく一緒に買いに来たんだから、女子の意見も聞いた方がいいよ? 勝負下着とか選ぶための参考になるし」
「今のところ必要はないからいいって。それにお前、ただ自分が選びたいだけだろ」
「よくわかったね」
「なんとなくな」
お前は俺をおちょくることや、からかうことは普通にやりたいと思うし、今回の下着選びだってその範疇だろう。それがわかってるだけだよ。
「相馬にはさっき服選び手伝ってもらったし、それぐらいはいいでしょ?」
「そう言って、変な下着選らばないよな?」
「私を誰だと思ってんの?」
「お前だから心配なんだよ」
不服そうに頬を膨らます浅見。なんとも可愛らしい仕草だが、自分の今までの行いを振り返って欲しいものだ。
「私も手伝っていいですか?」
「えっ?」
まさかの瀬川さんからの申し出。しかし彼女は「私もさっき選んでもらったので」と、完全な善意だからということがわかる。
正直、本当に自分で選びたいという気持ちがあるのだが、こうなってしまうと断るのも角が立つ。しかたがないので「ありがとう」と苦笑いで返す。
「じゃあ私も手伝おう」
そこに寺島が乗っかる。彼女の顔を見ると、完全に悪ノリなのがわかる。そういうことはしないやつだと思ってたのに、この裏切り者!
二人の中に寺島も加わり、俺のことのはずなのに何故か俺は蚊帳の外になった。女子たちがキャッキャしている姿は目の保養にはなるが、疎外感がすごいのでせめて俺を気にしてくれ。
ため息を溢し、俺は俺でもしもの時のために自分で選んでおこう。
女子たちとは別の方に足を向けて、できるだけ肌触りがよく履き心地がよさそうなものを選ぶ。柄は正直いってあまり気にしてはいないが、ガチャガチャしてないものがいいな。
しかし結構いろんな種類があるんだな。ボクサーパンツだけでも、材質や大きさを、長さに違いがあってバリエーションが豊富だ。
「相馬相馬!」
浅見の声に振り向く。彼女の一着のパンツを広げて見せてくれる。
「これとかどう?」
ああいうのはサファリカラーというのだろうか? いや……迷彩柄? とにかく、俺なら選ばなそうな逸品を持ってきた。ボクサーパンツで、色は落ち着きのない赤を基調としたもの。
「ちょっと……派手じゃないか?」
「そうかな? おしゃれだと思うけど。肌触りもいいし」
どれ。
手にとって確かめてみる。化学繊維? なのかはわからないけど、少しすべすべしていて滑らかな肌触りだ。柄のところはところどころザラつく感じはあるが、それは表面だけで裏側はそうではない。摩擦も少ないし、確かにいいものだな。
値段を見る。千円ちょいで買えるのか……悪くないかもしれない、柄以外は。
「相馬くん。こっちはどうですか?」
「うお」
瀬川さんが持ってきたのは実にアメリカンな柄だった。白の下地に赤の星が散りばめられ、見てるだけでも目がチカチカしそうだ。
「星が可愛くないですか?」
瀬川さんの目にはこれが可愛いと捉えられているみたいだ。満面の笑みでそんなことを言われるものだから、あまり強く言い返すことができずに愛想笑いでやり過ごした。
一先ず受け取って肌触りを確かめる。
素材の感じはさっき浅見が持ってきたものと大差ない。値段もリーズナブルだし、買おうと思えば買える。
「ちょ、これヤバイ。相馬相馬」
笑いをこらえながら寺島が持ってきたパンツを見て、「えっ……」と驚嘆の声を漏らす。
前はそうでもなさそうだが、バックプリントに白熊がデカデカと描かれていた。
これが本当のアニマル柄。こんなもの買っていく人間いるのかよ。
材質がいいぶん、これは単純におちゃめ気なんだろう。けどこれはさすがにやり過ぎなような気もする。
「これ可愛い」
「ですね」
「えっ!?」
なぜか女子全員がそのパンツに食いつく。
「何が可愛いんだこれの?」
訪ねると、浅見が「可愛くない? おしりに動物いるんだよ?」と、答えになってない答えが帰ってくる。
「それが可愛いのか? 瀬川さんも?」
「私も可愛いと思いますよ」
「寺島。お前はさすがにネタとして提供しただけだよな?」
「えっ? 私も普通に可愛いと思うけど。白熊が嫌ならカワウソもあるよ?」
柄の問題じゃないと思うんだけど!?
寺島は白熊とは別にカワウソがバックプリントされたものを取り出す。凛々しい顔つきで向かい合うように二匹のカワウソが描かれていた。
これが……可愛い。
感覚がよくわからなかったが、女子三人はこれが一押しになったようで、他にもシマウマとか猫とかを出してきた。俺はその勢いに押されてなにも言えず、結局最初に出してもらった白熊と、次に出してもらったカワウソを購入することになった。
レジに並んでいる間、カワウソのプリントをジッと睨んで、これの何が可愛いのか理解しようと思ったのだが、とうてい俺にはわからないということだけが理解できた。
本当に、これの何が可愛いんだよ。
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