第25話:準備に余念はありません③
女子たちの買い物も終わり、時刻は18時が過ぎたころになった。
これから夕飯時ということもあり、ファーストフードコーナーは人だかりができており、一階のスーパーには買い物客が増えてきていた。
ご飯をどうするかという話になったが、瀬川さんの家は門限が厳しいらしく、帰宅することに。なら今日は解散しようかという話になり、駅で瀬川さんと寺島と別れる。
俺と浅見は方向が同じなので同じ電車に乗る。時間が時間なので混んでいるかと思ったが、そこまで混雑はしてなかった。けれども座ることができなかったので、仲良くドア付近に邪魔にならないよう立つことに。
「いや~、いい買い物した~」
「そりゃあよかったな。そんでだが浅見」
「ん?」
「なんで俺がお前の荷物持ってるんだよ」
駅のホームで電車を待っていると、唐突に浅見が俺に荷物を押し付けて、バカな俺はそれを素直に受け取ってしまったのだ。そこからずっと浅見の今日買った荷物を持っている。
「そんなに重くないでしょ?」
「そういう問題じゃないだろ? なんで俺が持ってなきゃいけないのかが、わからないって話をしてるんだ」
「相馬は手荷物がないから?」
「怒るぞ?」
確かにお前に比べて手荷物は少ないとは思うが、だからって頼まれてもいないのに俺が持っている理由はない。
さすがに俺が何を言いたいのか理解したのか、浅見は「持ってください」と、上目使いでお願いしてくる。
「……」
正直、頼まれても断ろうと思ってた。しかし俺もだいぶ甘くなったのか、ため息を溢して「俺が降りるまでな」と了承した。
「ありがと」
「素直にお礼も言えるんだな」
「そりゃあ言えるよ。私のことバカにしすぎ」
「……そういや。お前、期末はいくつだったんだ?」
あのときは自分の順位で手一杯だったから気にしてなかったが、頭がいいと豪語する浅見の順位が気になった。
「言っても信じないでしょ?」
「いや……信じるよ。なんだかんだ世話になったし、頭いいのはわかったから。今度はちゃんと信じる」
浅見は疑わしい目で「本当に~?」と見つめてくる。中間のやつを散々信じなかったから無理もないか。
「無理に言わなくてもいいぞ」
「別にそんなんじゃないよ。ただ……言ったとしても嫌みとかじゃないからね? 怒らないでね? むしろ褒めて欲しいくらいだから」
「わかったわかった。文句はいわねぇよ。んで? 今回も三位か? それとも四位?」
浅見は少し言いにくそうにうつむいてから、愛想笑いを浮かべて「一位になっちゃった」と応えた。
「……はっ?」
「怒らないって言ったじゃん!」
つい気持ちが漏れてしまった。
「お前……本当にか?」
「信じるって言ってくれたでしょ」
口をすぼめて拗ねる浅見だが、さすがに一位と言われてそうだったんだと頷けるほど胆は座ってないぞ。
一度呼吸を整えてから、もう一度浅見に向き直る。
「あんなにサボってる癖になんでそんなに頭がいいんだ。やっぱりムカつく」
俺が努力して頑張ってそれでも順位が下がって言うのに、どうしてこいつの順位は上がってるんだよ!
「ジンクスのお陰で、余計頑張れまして」
「ジンクス? あのシャーペン交換したやつか?」
「そう。あれ結構効果あったね。適当に考えたのに」
「俺も効果はあったと思ったんだが、成績は下がったぞ? ……ちょっと待て。今、適当に考えたって」
「やっぱり、所詮はジンクスなのかね」
なんだか、はぐらかされたような気がするが……まあいいか。
「しかし、一位か……」
頭がいいとは思ってたけど、想像を軽く越えてきた。これは素直に教えをこうた方がいいのかもしれいない。
「勉強見てあげようか?」
俺の心の中を読み取ってか、得意気な表情で顔を覗き込んでくる。もう何度聞いたかわからない言葉だったが、今回からはその言葉に含まれる意味合いが段違いだ。
学年一位が勉強を見てくれる。そのレーベルがあるだけで、ほとんどの生徒からは羨ましがられるだろう。俺だって教えて欲しいとも。きっと勉強に関してはかなり真面目に取り組んでくれるとは思う。図書室で見せたこいつの勉強にたいする姿勢は本物だし、実際に頭もいい。けれど……けれどだ!
すんげぇ悔しい!
普通だったら二つ返事で答えを返すところなのに、俺はほとんどないちっぽけなプライドが邪魔して、うん、とは頷けない。
だってさ。授業まともに受けてないのに、成績一位って本当になんなんだよ。真面目に授業受けてる俺がなんかバカみたいじゃないか。すんげぇ悔しいじゃないか。
だから素直に頷けない。浅見が良心からそう言ってくれているのはわかるが、俺としては自分の力で見返したい気もあるのだ。
「嫌なら別にいんいだけど……」
よほど渋い顔をしていたのか、浅見の態度がよそよそしくなる。
「いや、違うんだ。本当は教えて貰いたい気持ちはあるんだ」
「なら」
「だけど、だけどな。その……」
「その?」
言葉に詰まる。言いたいことも理由もわかっているけど、それを言うのは恥ずかしい。
「自分でやれることは、できれば自力で頑張りたいんだ。だから」
「そっか。やっぱ相馬だね」
「? どういうことだよ」
「そういうことだよ」
意味がわからない。けれど上手く誤魔化せたので、よしとしよう。
『次は~──』
話していたら、次が俺の降りる駅になる。
「浅見、そろそろ」
「家まで持ってきても──」
「怒るぞ?」
「割りと本気だったんだけどな」
「そういうのは、彼氏とかにやってもらうんだな」
「じゃあ、相馬は今から私の彼氏と言うことで」
「……冗談だろ? ほら、早く持て」
「……仕方ないな~」
そういう割りには、どこか楽しげな浅見。自分の荷物を受け取っている間に、電車が駅に滑り込む。
「っ!」
「!」
しかし急激にブレーキがかかり、止まりかたが荒くなる。俺は浅見をドアに押しやるように、覆い被さってしまった。触れないように壁に手をついて努力はしたが、距離は急激に縮まる。
彼女の甘い香りが鼻腔を抜けて来る。顔が熱くなるのがわかり、すぐさま離れた。
「すまん! 大丈夫……か?」
「……」
普段から距離感が近くて、自分から抱きつくようなやつだし、前に電車で一緒になった時や、バスで隣に座った時にもこれくらい近づくようなことはあった。だから浅見にとってはなんともないようなことなんだと思っていたし、今回の事故だって「意外と積極的なんだね」とか、笑ってからかわれるものだと思っていた。だというのに。
「……大丈夫だから」
「あ……おう」
電車の扉が開く。呆けて立ち止まっていた俺に、浅見は「早く降りなよ」と促してくれる。そのお陰で、なんとか扉が閉まる前に電車を降りることはできた。
振り向いて電車の窓から浅見を見る。彼女もこちらを見ていたようで、視線が交差すると、お互い恥ずかしさから視線をそらした。
電車が出発する。俺は遠ざかる電車を眺めながら、先程の浅見の顔を思い出して、赤くなった顔を隠すように手で口許を覆う。
赤くなった頬、少し潤んだ目、取り乱した表情。全てが全て、魅力的で、魅惑的で、俺の心を掻き乱す。
「なんなんだよ、あれ」
あの表情の意味。そしてそれを見た俺の感情の意味。それを理解するのは、今の俺では到底無理な話だった。
もやついた気持ちを抱えながら、煩く鳴り響く心臓を深呼吸で落ち着かせて、駅の階段を下りていく。それでも頭の中は浅見のことで一杯で、振り払うことなんてできそうになかった。
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