第76話(サイドt):曲決め一つとっても戦略
本来だったら今日は、私が紗枝から色々とぐちぐちと相馬との関係で相談を受けるはずだった。けれど正直なところ面倒だったし、どうしたってノロケ話になるのはわかっていた。
それに結局のところ、今回は紗枝がどうこうよりも相馬があいつとどういう関係でいるかだと思っている。なので紗枝がぐちぐち言ったところで、解決する算段はつかない。それこそ、どっちかが告白して付き合う以外に方法はないだろう。
だからあのタイミングで相馬を見つけることができたのは運が良かったといえよう。これも私の普段の行いがいいからかもしれない。
当人同士の問題なのだから、当人同士で解決してくれ。
そんな感じで私こと寺島真紀は、浅見紗枝と一緒に来ていたショッピングモールで偶然出会った相馬優に、相方の紗枝を押し付け一人学校に戻ってきていた。
今日はバイトもなく部活に出るつもりだったが、残念なことに紗枝に捕まってしまったので付き合うことになっていた。しかし先程、予定を強制的にキャンセルしたので、十分に暇な時間を作ることができた。
帰るという選択しもあるにはあったが、だったら部活に戻って、バンドメンバーとセッションした方が有意義だ。
なので、多少時間をかけても学校に戻った方がいい。
10分以上の時間をかけて学校に戻る。スマホを取りだし、部活のグループラインで本日の利用教室に目を通した。
私の所属する軽音楽部は、週に2回は音楽室、それ以外の日は空き教室を使用する。もちろんアンプなどの機材を持っていくことはなく、大体は文化祭に向けての曲作りや、自主練にあてられる。
今日は3年2組か。
校舎に入り、階段を上っていく。3年の教室がまとまっているフロアに上がると、どの教室からも話し声が飛び交っていた。軽音楽部以外に残っている上級生がいるのだろう。
私は3年2組の教室に向かい、閉じられている後ろ側の扉を開く。
さすがに音楽室を使わない日だからか、人数はいつもの半分くらいだった。各々やりたいことをやって、グループになっているところはグループで盛り上がっている。
教室の扉が開いたことから、視線が一瞬こちらに集まる。すると一番近くにいた部活仲間の男子が「あれ? 寺氏?」と意外そうな声をあげた。
「今日は音楽室じゃないぞ?」
「わかってるよ」
私は基本、音楽室が使える日しか部活動に参加しない。それ以外はバイトに時間を当てているってのもあるが、このだらけた部活の雰囲気があまり好きではないのも理由である。
なのでこうやって変な目で見られるのは致し方ない。気にしたところで無駄な話だ。
「瑠衣来てる?」
「日角ならあそこ」
男子は教室の前の方で、机に突っ伏している女子に視線を向ける。
珍しい、寝てる。
「ありがと」
「おう」
お礼を言って、瑠衣の隣の席まで行く。
ギターケースと鞄を机のそばに置いてから、瑠衣が寝ている座席の前でしゃがみ、顔を覗き込むように見つめた。
まつげなが……。
こうして大人しく寝ている姿をみると、本当に人形なんじゃないかと思えてくる。ただ規則正しい寝息と、それに合わせて体がゆっくりと上下するので、生きてるんだな~と思わせる。
瑠衣とは部活のことと、相馬のことで少し話したいことがあったが、寝ているなら無理に起こすのは可哀想か……。
諦めて隣でギターの練習でもしようかと思ったが、立ち上がろうと足に力を入れたその時、瑠衣の閉ざしていたまぶたがゆっくりと開いた。
瑠衣は寝ぼけ眼で私を見つめる、目元を服の裾で擦ってから再度見つめた。
「あれ? 今日音楽室じゃないよ?」
「わかってるよ」
起きて最初にいうことそれかよ。いや……それだけ私が普段から部活にこないだけか。
「ビックリした~。幻覚かと思った」
「残念だったな。ちゃんと目の前にいるよ」
立ち上がって、隣の席に移動する。瑠衣は背筋を伸ばして体のコリをほぐすと「珍しいね、寺氏が部活に出るなんて」と言う。悪気はないのだと思うが、多少気にしていることを突っ込まれて苦い顔になる。
「まあ、そんな日もあるよ」
「そっか~。ああ、そうだ寺氏」
「ん?」
「文化祭」
「うん。私もそれを決めようと思って」
瑠衣に聞きたいこととは、文化祭でやるセットリストの内容だった。私のバンドグループでは、曲を選択するのはボーカルである私と、瑠衣の役目。基本は私が歌うのだが、瑠衣も歌唱力が高くダブルボーカルとして歌う曲もいくつかある。
「何にする?」
「私、一つ決めてるよ」
「何?」
「5センチメートル」
……ガッツリなラブソングじゃん。
触れたくても触れられない、男女のもやもやした部分を表現した曲。作詞をしたのは他のメンバーだが、曲を書いたのは私だ。なのでどんな曲かもわかるし、内容も熟知している。
あとこれは、瑠衣が主体となって歌うシーンが多い。2番からラストにかけての瑠衣の担当パートがいい。歌詞の雰囲気と曲の雰囲気がマッチしていて、聞かせる部分となっている。
ただバラードである。文化祭という公の場所では、できるだけ盛り上がる曲の方がいいだろう。
「却下」
「ええ~、なんで~?」
「私たちは前半のラスト。しっとりものよりはアップテンポの方がいい」
「む~、全体の構成か……」
文化祭でのバンドごとに演奏順は決まっている。私たちのグループは前半の部のラスト。後半でまた来てもらうために、できるだけ熱をステージに残したい。そうなるとバラードは不適格だ。
「オリジナルも入れていいけれど、カバーも入れて盛り上がる構成にしよ?」
「は~い」
そんなに歌いたかったのか、瑠衣は珍しく露骨に嫌な顔をする。
「……後夜祭」
「ん?」
文化祭で歌うことはたぶん無理だが、終わったあとの後夜祭であれば披露できるだろう。去年もバラード歌ってた先輩いたし。
「後夜祭なら歌っていいから。こっちは折れて」
「後夜祭か……」
瑠衣はしばし考えた後に、微笑んだ。
「いいよ。その方が聞いてもらえそうだし」
「まあ、聞かない人はそもそもあまりいないと思うけど」
軽音楽部の音楽を聴きに来ている人しかいないのだから、何を歌っても聞かれないということはないだろう。
「それはそうだけど、こっちの気持ちの問題もあるでしょ?」
「なにが?」
「聞いてほしい人がいるかどうか」
「誰に歌うってのは……えっ?」
いや、もしかしてこいつ……そのために自分が目立つラブソングいれようとした?
「やれることは何でもやらないとね~」
その思いきりのよさに、乾いた笑みがこぼれる。恋する女は強いというのは、紗枝や幸恵を見て思い知っていたが、ここにも一人……強者の恋する乙女がいる。
しかもこいつ、相馬と一緒の文化祭実行委員でしょ? これ……ヤバイんじゃない?
紗枝。あんた、ちっちゃなことで相馬と距離作ってる暇ないかもよ。なんでもいいから、今日中にさっさと仲直りしなさい。
瑠衣は野放しにしてると大変だろうと思いつつも、相馬を好きでもない私が横から茶々をいれる訳にもいかず。結局、後夜祭ではその曲を歌うことになり、文化祭の方でも瑠衣が目立つ曲が一曲入った。
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