第127話:相馬優には日角瑠衣が読めない
正直な話。俺と彼女の関係は、たぶん周りが思っているほど深いものではない。というのも、紗枝のように休日に何気ないことで連絡を取り合うことはないし、幸恵のように定期的に会って一緒の時間を過ごしたりもしない。知り合いよりは話せて。けれども友達呼ぶと少し仰々しくて。適切な距離感でお互いを気遣って。目があえば挨拶をするくらいの、そういう関係だった。
だから最近の彼女の行動について、俺は少し戸惑っている部分がある。
前はあそこまで突然距離を縮めてくることはしなかったし、感情を表に出してくることもなかった。でも近頃はよく隣にいて何気ない会話をするし、たまに見せる緩んだ顔が、俺に対して気を許してくれているんだと思うと、素直に嬉しかった。
なんていうか、ちゃんと関係を築けたんだって感じたのだ。
それこそ1年の頃は、一日一回の挨拶だけでそれ以上の会話はなかった。ただお互いを認識だけはしていて、でもそれ以上を望むことなんてなくて、それでいいと思えたんだ。
2年生になってもそれは変わらなかった。だけどある日そんな関係を終わらせに、彼女は俺の隣にやってきた。
偶然ではあったけど、悪いことじゃないのは確かだ。俺が普段から人づきあいが苦手だからと言って、一人がいいということではないのだから。一緒にいて楽しいと思える友達が増えるのは、当たり前に嬉しい。
でもだからこそ思う。何が彼女を変えたのだろうと。
きっかけは偶然だけど、そこから一歩踏み込んできたのは彼女のほうだ。だから俺は戸惑ったし、逆に心配もした。でも彼女がただ単純に、友達としての距離が近いとわかったから、俺はそれを受け入れられた。
駅前の改札を抜けて、学校に向かう出入口とは反対の方向に足を向ける。
駅のホームで日角瑠衣と出会った後、彼女の提案で少し話すことになった俺たちは、適当に腰を落ち着ける場所を探していた。
さすがに1年半以上この駅にお世話になっているから、駅周辺でどこがゆっくりできる場所かは熟知している。この先の歩道をまっすぐ進み、ショッピングモールを超えた先には、芝生の広い公園がある。遊歩道には子供たちが遊んでいる中で親たちが落ち着けるようにと、石で出来た長椅子がいくつか置かれていて、昼間なんかはそこで井戸端会議をしている姿が見られる。
しかし今はもう日が落ちて街灯が付いている。こんな時間に遊んでいる子供たちはいないので、長椅子も暇をしているはずだ。
向かいながら、隣を歩く日角を見やる。
学校終わりだから表情に少しだけ疲れが見えるようで、けれどもいつも通りにも見えて、俺では彼女の表情の裏までは読み解けなかった。
彼女の仮面は天下一品。おそらく俺よりも付き合いの長い寺島でさえ、彼女の普段の表情から感情を読み解くことなんてできないだろう。
そういえば……日角から誘われるのって、初めてだな。
そもそもいままで二人っきりでどこかに行く、なんてことがなかったのだから、誘う誘わない以前の問題な気もする。でも、彼女から誘ってくれたってことが、新鮮に思えた。
「……最近、寒くなってきたね」
歩きながら、そう投げかけた日角。
「そうだな。秋もあっという間かもな」
「秋なんて、いつもあってないようなものだと思うけど」
「確かに。それは言えた」
気づいたら、いつの間にか冬になってるからな。
「でも体育祭とか文化祭とかがあると、秋だな~って思うんだよね」
「あ~……運動の秋、芸術の秋って言うもんな」
「それもあるけど、やっぱり体育祭とか文化祭って、秋っていうイメージがあるじゃん」
「うん」
「だからその二つが来ると、秋だな~って」
「なるほどね」
「相馬、そう思わないの?」
「俺はあんまりかな」
話している間に、長椅子の一つに辿り着く。アイコンタクトでここに座ることを決めると、鞄一つだけ距離を開けて座った。
「文化祭とか体育祭って、あんまちゃんとやった経験がなくてさ。いつも適当に流してるから、そういうイメージはあまりないかも」
「ふ~ん。まあ相馬ってボッチだもんね」
いきなり鋭角なナイフで傷口を広げられた気分だ。
「まあボッチですけど」
今年はさすがにボッチとは言えないが、去年までの俺は確実にボッチだった。だから否定できないのが悔しい。
「ボッチだと陽キャ御用達のイベントはあまり楽しめないもんね」
「わかってるならそれ以上、傷に塩を塗るようなことは止めてくれない? 心が痛い」
「去年は結局、一人で受付させられてたんだっけ? 確か一緒の当番だった女子が彼氏とどっか行くからって——」
「日角さん? 俺のお願いちゃんと聞いてくれてました?」
その当時のことは今でもよく覚えている。一年のころはお化け屋敷をやったのだが、当番だからと律儀に行ったら、一緒に受付をするはずだった女子から「相馬なら一人で大丈夫でしょ?」とか言われたのだ。断るに断れず受け入れたら、その後誰も代わってくれる人がいなかった。
本当だったらあの後も交代の人が来るはずだったんだが、待てど暮らせど姿を見せず、結局一日中ずっと受付で仕事をしたのだ。懐かしい。
「私もあれ見てたんだけどさ。どうせ交代までだろうと思ってたのに、まさかその後も来ないなんてね」
「あれは今でも呆れるな。まあ、どうせ暇ができたって一緒に回るやつはいなかったし」
「塚本くんは?」
「あいつはバスケ部の連中の手伝いがあったから、一緒には回れなかったんだ。だから、ちょうどよかったちゃあ、ちょうどよかったんだよ」
どうせ寂しい文化祭を過ごすくらいなら、仕事をして気を紛らわした方がましだろう。
「でもそれは……」
「ん?」
ボソリと呟く日角。静かに、淡々と、少しうつむきがちに「相馬、私ね。去年の文化祭で、一つだけ後悔してることがあるんだ」と言った。
「なんかやらかしたのか?」
「そういうんじゃないんだけど。やっとけばよかったな~ってやつ」
「うん」
「だから今年は、それをどうしてもやりたいんだ」
「おう、いいんじゃないか」
何をやりたいのか全く分からないが、去年それで後悔したのなら今年はやるべきだろう。
「力になれるなら、力貸すけど」
「本当? じゃあ、お願いしようかな」
そういうと日角、顔だけ俺の方に向ける。たまに見せる真面目な表情に、耳を真剣に傾けようと思った。
「相馬。今年は私と、文化祭を回ってください」
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