第126話(サイドh):日角瑠衣の思いがけない帰り道
「じゃあまた明日」
「うん。またね~」
軽く手を振って、電車の飛び乗るバンド仲間を見送る。彼女たちの姿が見えなくなるのを待って、エレキベースケースを背負いなおしてから反対側の車線に移動した。
夕方の18時過ぎ。都内から仕事終わりの人たちが返ってくるころ合い。私が使うのはちょうどその路線になるので、後ろを振り向いた瞬間にはもうすでに列をなしていた。
この時間嫌だな~。人も多いし、車内の空気悪い、オジサンいるし、立ちっぱだし。
いろいろと嫌な理由が思い浮かぶ。なので私はいつも、できるだけ端の方に移動して、なんとなく人が少なそうな車両に乗ることにしている。ちょっとホームを歩くけれど、人込み揉まれるよりはマシだろう。
少し歩いて、後方車両側に移る。ここまで来れば待っている人も少なく、電車によっては苦しくないほどの人込みで済むことが多い。
『まもなく、2番線に、電車が参ります』
アナウンスと共に、電車がホームに滑り込んでくる。窓越しに電車の中を確認して、見ただけでわかる人の多さに、自然としかめっ面になっていた。
ドアが開くと、数人が下車した。まだ車内は人で溢れているけど、それでもお構いなしに列に並んでいる人たちは乗っていく。よくやるな~と半ば感心しながら、その電車をスルーすることに決めた。
あんなのに乗ったら潰れちゃうよ。
大事なベースを背負ってもいるので、そういうところも気にしておきたい。
人がすし詰めのようになりながらも、電車のドアは閉まり、問題なく動き出す。ほとんどの人は先ほどの電車に乗った様で、ホームにはほとんど人はいなかった。大半は先ほどの電車から降りた乗客で、改札に向かう階段の方に向かっている。
電光掲示板には、次の電車は10分後と書いてある。あれに乗って苦しい思いをするくらいなら、時間を取った方がいい。まあ次の電車が、さっきの電車よりもいいと思える確証なんてないんだけどね。
秋も深まり。18時をすぎればもう外は真っ暗だ。そして夜になれば冬に片足突っ込んでいるようなもので、カーディガンにブレザーだけじゃ、とても寒さを凌ぎきれない。
そろそろコート出しといた方がいいかな~。
吐く息が白くなるわけじゃないけれど、それでも確実に寒いと言えるのがこの時期の夜だ。現に鼻の頭が少し冷たい。
再度、電光掲示板を確認して「10分後か~」とため息を零した。寒さが身に染みて、さっきの判断を後悔しそうになる。
こういう時に、隣に誰かいると気がまぎれるんだけど。私と同じ方向の人ってあんまり見ないんだよな~。
突然知り合いが目の前に現れるなんて、それは偶然という名の奇跡に近いものだし、期待するだけ損というもの。でもやっぱり、ちょっとだけ願ってしまう自分もいる。
正直誰でもいい。顔さえ知ってれば、適当に話しかけられるんだけど……。
そんな投げやりな気持ちで改札に向かう階段に視線を送ると、見慣れた男子生徒の姿が映った。
「嘘……なんでいんの?」
予想だにしなかった出来事に、らしくもなく立ち尽くした。
彼は電光掲示板で次の電車の時間を確認したのちに、こちらに向かって歩いてくる。私のことに気が付いているという様子はなかったが、それでも確実に歩みはこちらに向いていた。
あまりにもジッと見ていたせいなのか、少し近づいた彼と目が合った。彼は軽く手を上げて挨拶を済ませると、そのまま私の隣にやってくる。
「今帰りか、日角」
「相馬こそ。こんな遅くまで何してんの?」
「幸恵の勉強見てたんだよ」
彼、相馬優はそのまま、私の横に並んだ。
「相馬って……こっちなの?」
「ん? うん。こっち側。日角もなんだな」
「うん……そう……」
ちょっと驚いている自分がいたが、それよりも嬉しい気持ちと悲しい気持ちが同時にやってきて、どうしようもないモヤモヤした気分にさせられた。
相馬と方向一緒だったんだ。知らなかったとはいえ、いままで惜しいことしてたな。いや……これからは一緒に帰る口実も作れるかもしれないし、一緒に登校することもできるかもしれない。ここはポジティブにとらえよう。
それに。
ちらりと、横に立つ彼を見る。
それに、久しぶりの二人きりだし、生かさないと損だよね。さっきは後悔しそうになったけど、電車を見逃した私、グッジョブ!
心の中でガッツポーズをして、よし! と気持ちを切り替えた。
「相馬」
「ん?」
「これから少し、時間ある?」
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