第128話:相馬優は日角瑠衣を理解したい

「……」


 予想だにしないお願いに、自分の思考が一瞬遅れる。以前の日角との関係だったら絶対に出ないような言葉に、確かな戸惑いを感じた。いや、戸惑いというよりは、驚きだろうか。とにかく、反応に困っていることだけは確かだった。


 一緒にってことは、二人っきりってことなのかな……でもそれってつまり。


 そこまで考えて、否と、自分の推測にストップをかける。


 確かに仲が深まっていると感じてはいるけれど、それがそのまま恋愛感情に結びつくとは限らない。ただ友達として言っている可能性だってあるし、そもそも二人だけとも言っていない。

 だったらまずは、確認することが先だろう。


「それはあれか、他の皆も誘ってって――」

「ううん。二人だけ。二人っきりで、文化祭を回ってほしい」


 見たことがないような真剣な表情。緊張からなのか、膝の上で握っている手が小刻みに震えている。

 その姿を見て、ようやく自分の愚かさに気が付く。


 バカだな俺は。日角は自分の勇気を振り絞って、俺だけを誘ってくれたのだ。それなのに、他の皆と一緒だなんて……失礼にもほどがあるな。


「ダメ……かな?」


 消え入りそうな、弱々しい声で呟く。いつもみたいな笑顔じゃなくて、今にも泣きそうなほどだった。今だったら、彼女の感情の一つ一つがちゃんと理解できる気がするほどに、彼女の本心が見える。


 お前って、そんな顔もするんだな。


 不謹慎にも、少し感動している自分がいた。だってあの日角が、感情むき出しでそんなことを言うんだから、何も思わないわけがない。しかも俺だけにだ。そんな特別に気づいてしまったら、仕方ないだろう。


 初めて日角に、それほどの愛おしさを感じた。でもこれが恋愛感情なのかと問われると、恋愛初心者である俺は首を縦に振ることはできない。

 そもそも今の今まで日角は友達だと思っていたのだ。彼女のことを女子として見ることはあっても、そういう感情は抱かなかった。


 だったら断るのが正解か? それもまた違うと思う。


 理解をしていないから、知らないから、背中を向けちゃダメなんだ。理解したいのなら、真正面からぶつかるしかないだろう。


「俺は……正直、お前のことは気の合う友達ぐらいにしか思ってなかった」

「……うん。そうはっきり言われると、来るものがあるね」

「だから突然そんなこと言われてすごく戸惑ったし、驚いた。けれど……嬉しかった」


 素直な気持ちを、言葉に直す。一つ一つ零さないように、掬い取る。


「俺は鈍いからさ、きっとここまでちゃんと言ってくれないと、お前のその気持ちには気づけなかったと思う」

「うん。目に見えるよ」


 そう言われると俺もキツイが、まあ事実だからな。いままでだって、何度かアプローチはあったはずなんだ。けれど俺は、まったく気づいてない。


「それで改めて考えさせられた。俺にとって日角はどんな存在なのか」

「うん」

「正直、よくわからん!」

「えっ? 今の流れでそれ?」

「わからないものはわからない。だから、俺からも言わせてほしい」


 姿勢を正し、改めて日角に向き直る。


「俺と文化祭を回ってください。それで、日角のことをもっと知りたい」

「――っ」


 驚いたように目を見開く日角。暗がりで少しわかりずらいが、顔が赤くなっているように見える。


「ずるいよもう……」


 悪態をついて、俺のことを睨んだ。そんな表情も初めて見るので、なんだから可愛らしくて頬が緩む。


「はい。よろしくお願いします」


 そう言ってほほ笑む彼女を見て、嬉しくなる自分がいる。


 まずはここから、日角瑠衣という女性のことを知っていこう。仮面で隠された表情じゃなくて、日角瑠衣の本心を理解していこう。

 きっとそれが理解できれば、胸に抱いたこの感情が何だったのか、わかってくるはずだから。

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