第12話:お前はもう少し慎みをだな

 今日も一日よく勉強した。そう思える一日だった。

 というのも、けしてなかったとは言えなかったが、確実に後ろに座る奴からの攻撃が少なかったのだ。お陰様で程よい集中の中、眠気さすらなく勉学に邁進できた。毎日がこれくらいの充実感で終わればいいのだが、あいにくそうも言ってられないのが現実である。


 人気のないバスの車内。最後列の4~5人かけの椅子、そこの端に座って窓に視線を向けつつ、意識だけは隣に座る奴に向ける。


「……」

「……」


 隣に座るのは、教室で俺の後ろの席に座っている女子。何かとちょっかいをかけてきては俺をおちょくってくるやつ。浅見紗枝。

 浅見は無言のまま俺の隣に座ったかと思ったら、お互いの間に隙間が無くなる程くっついて来る。けれども何も話さず、何も聞いてこず、スマホを取り出して何かをしている。俺は戸惑っている内にツッコミを忘れてしまい、指摘する機会を失った。


 どうしてこうなった。



 放課後。今日はバイトなので早々に帰宅をしないといけないから、手早く帰り支度を済ませて、鞄を手に教室を後にした。俺と同じように帰る人や、これから部活に向かう人で廊下は溢れかえる。その人込みに流されながら昇降口を潜ったとこで、帰る組と部活組で人がばらけた。帰る人は校門に、部活をするものは部活棟や指定の教室に。俺は勿論、帰る組の方なので校門だ。

 校門まで来ると更に人がばらける。自転車で帰る者、歩いて帰る者、バスを使って帰る者。その中で俺はバスで帰る者だった。

 学校が終わってすぐのバス停は人が居らず、待っているのは俺だけだった。

 そこに関しては別段珍しいこともないが、やってきたバスにはほとんど人が乗っておらず、唯一乗っていた乗客も俺の所で下車した。

 ICカードを翳し中に入る。

 実質バスは俺が貸切状態にしているのと同じになっていて、なかなか珍しいことだったので、誰もいない空間を楽しみたく最後列の席の端に向かった。

 ちょっとした優越感からか、頬がにやける。しかしその優越感は、ICカードの簡素な電子音によって打ち砕かれた。


 バスの中に誰かが入ってくる。俺が丁度、席に着いた瞬間だった。


 肩で息をしているところ見ると、駆け込んできたのだろう。そして俺は彼女を見た瞬間に、苦い顔をした。何を隠そう、浅見紗枝だったからだ。



 そしてこうなった。


 いや……この状況説明でも何も解決してない。今確かめたいのは、なぜ浅見が俺の隣に座っているのかということだ。


 横目で窺う。乱れていた息はようやく落ち着いたようだが、汗が滲んでシャツが張り付き、うっすらだが薄桃色の下着が見えてしまっている。最近はじっとりと暑い日が続いているので、走って来れば汗もかくだろう。

 しかしあまりにも無防備だ。さすがに女子としての自覚をもう少し持った方がいいんじゃないかこいつ。

 視線を窓の外に戻す。すると浅見が軽く凭れかかって来る。汗と石鹸の混じったような甘い匂いが鼻腔を擽り、彼女の体温が直に肌に伝わり体が熱くなる。

 これまで何度か浅見とはこういう接触をしてきたことはあったが、何度やっても慣れない。さすがは彼女いない歴=年齢(童貞)なだけはある。どんなに女子に触れていても、耐性は一向に身につかない。


 じわじわと卑猥な欲望が顔を出し始めてきている。こういう時、ラブコメ漫画の主人公とかは心の中で円周率を唱えることで煩悩を押しやろうと努力るが、しかし考えないようにするというのことは、逆に考えているからこそ起こる現象だ。どんなに心の中で円周率を唱えようとも、己の煩悩には勝てる訳もない。

 事実俺もほとんど負けてる。頑張って円周率を唱えるも意識は隣に向いてしまい、煩悩が頭の中を巡っている。しかし完全ではない。確実に下腹部に熱を持っているが、まだ完全に登りきってはいない。

 まだ引き返せるところにいるのはわかっているので、何も感じないように意識をしてゆっくりと呼吸を繰り返し、心臓を落ち着かせることにした。おかげで半分の覚醒状態を維持できているが、いつ均衡が崩れても可笑しくはない。

 後は……こいつが何もしてこなければの話だけどな。


 横目で再度確認する。するとどうだろう……彼女はシャツを第二ボタンまで開けて軽く引っ張り、パタパタと手で風をシャツの中に送り込んでいた。視界に飛び込んで来たのは彼女の胸であり、それを優しく包み込んでいる薄桃色の下着。フリルと呼ぶのかレースと呼ぶのかよくわからないが、少なくとも細工はそれなりに施された下着で、大人っぽいよりかは可愛らしいという印象を受ける。彼女の見た目とのギャップもあるので意外と思う部分もあるが、逆にそれがいいと思ってしまう。


「相馬」


 完全に意識が下着に吸い込まれ、油断していたところに声をかけられ肩がビクリと跳ねた。

 適当な言い訳でもでればまだましだっただろうが、今はそれを考えるだけの頭が無いのでどうしようもない。浅見の視線を感じつつも視線をそらして窓をの方を向くのが関の山で、どうしても彼女の方を向けなかった。

 いくら自分で無防備な姿を晒しているとはいえ、男子にジロジロと邪な目で見られるのはあまり気分のいいものではないだろう。いくら自分で無防備な姿を晒しているとはいえだ。


「こっち向いて」


 しかし状況とは裏腹に、少し楽しげな声に更なる不安が募った。なぜ……怒ってない。

 内心冷や汗をかきながら振り返った。

 振り返ったと同時にデコピンをくらった。別に痛くはないが、デコを押されて首が後ろにもたれる。


「なんで?」


 デコを摩りつつ浅見を見ると、「これはジロジロ見た罰」と笑いながら答えた。

 軽い罰だな。


 さすがにもうちょっと重くてもよかった気もするが、彼女がこれでいいと思っているなら、俺がとよかく言う必要もない。罰が軽く済んで俺は嬉しいし。


「で、見てたよね?」


 シャツの襟をクイっと持ち上げ主張する。直視できずに俺は視線を下げた。それだけで肯定を促せるだけの力はあるので、浅見は「そっかそっか」とどこか嬉しそうに頷いた。


「見たのは悪かったが。お前も無防備過ぎるぞ? 誰もいないからまだしも……」

「誰も見てないからでしょ? でなきゃこんなことしないし」

「そもそも、なんでされたんでしょうか?」


 意図が読めないので素直に訪ねる。


「相馬のその焦り顔が見たかったから?」

「お前はもう少し体を大事にした方がいいと思う」


 先程まではまだ服越しだったからギリギリセーフだったところがあるが、最終的に直に見てしまっているんだ。いくら俺をからかうためだと言えど、少々限度が過ぎるというものだ。


「……そりゃあ、普段だったらこんなことまではしないけど……いけて腕に抱きつくくらいだね」


 それでも十分強力だと思うがな。


「じゃあなんだっていうだよ」

「そこは乙女の秘密といいますか……なんかあるじゃん?」

「あるじゃん? って言われても」

「まあそういうことだよ」


 どういうことだし。


 結局理由は意味不明だった。

 浅見は「やっぱ大胆だったよね……?」と、ぶつくさ言いながらもようやく先程の行いが恥ずかしいことであることを自覚し、顔を赤らめながら距離を開けた。

 ようやく適切な距離になったことに、安堵したと同時に少しだけ残念に思ったのは、浅見には内緒である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る