第85話(サイドt):そんな理由で私の休日はつぶれた
ことの発端は金曜日の放課後だった。
ギターケースを背負い、壁掛けの時計に目をやる。時刻は16時半を少し過ぎたあたり。バイトまでの時間に多少の余裕はあるものの、電車のことを加味するとけして油断はできない時刻だ。
いまからなら30分前には着くけど……まあいいか。
「寺氏」
教室を出ようとしたところに、紗枝が声をかけてくる。
「今日バイト?」
「うん。紗枝は相馬とデート?」
「しないよ!」
打てば響くとはまさにこのこと。真っ赤な顔で否定する紗枝に気持ちがホッコリする。
「駅まで一緒に帰ろうと思ったの」
「ああ、いいけど……」
見たところ鞄も肩に掛けているので、準備は済んでいるようだった。ただ視線を教室の奥、窓際に向ける。そこにはまだ紗枝の意中の相手、相馬優が鞄に教材を詰め込んでいる最中だった。
ここは一肌脱ぎましょう。
「相馬~」
「っ!?」
相馬は私の声に気づくと、こちらを向く。私たちを見て少し訝し気な顔をするも、教材などを適当に鞄に詰め込んでから肩に掛け、こちらに歩いてくる。
隣を見ると紗枝が私に『なんでなの!?』と言いたげな目で睨んでくる。いやなんでなのじゃないから。たまに一緒に帰ってるみたいだけど、むしろ毎日一緒に帰ればいいだろうが。というか、駅に帰るまでに私はあんたから相馬との惚気話聞かされるんだよ。もう慣れたけど、気持ちとしては面倒なんじゃい。
なので、ていよく押し付けようと……もとい、手助けしてやろうと思ったのだ。
「なんだよ寺島」
「相馬も、もう帰るでしょ?」
「今日はバイトだからな」
「私もバイト。一緒に帰ろ?」
軽く誘ったつもりだったが、相馬は少し不審な目を向ける。
「なんかお前から誘いがあると怖いな」
「ぶっとばすぞ?」
「すみません……」
別に何も企んでないし。むしろあんたらにとってはいいことを考えてあげてるんですが?
「紗枝もそれでいい?」
「私はいいけど……」
紗枝はチラリと相馬を見る。気まずさよりも恥ずかしさのようなものが見え隠れしている。しかしそれを感じ取れるほど相馬の感覚は鋭敏ではないので、こっちはこっちで気まずそうにしている。
何してんだこいつら?
何も迷う部分なんてないのにもじもじしているところを見ると、無性にイラついてしかたがない。むしろあれか? こいつらを二人にして私だけ先に帰るか? その方がいいんじゃないか?
ただ今更うまい文句は出ない訳で、「早く帰ろ?」と促すことしかできなかった。
しかしその時、私の背後からぬっと手が伸びると、そのまま腹に腕を回し引き寄せる輩がいた。
「ぬおっ!」
「寺島さ~ん。私との約束があるのに忘れないでくださいよ~」
「あっ!?」
背後に立っていたのは、なんと新嶋佳代だった。佳代は私のことを抱き寄せると、普段のぶってる陰鬱さはどこにいったのやら、陽キャ顔負けのスキンシップをみせる。
「ちょ、佳代、何?」
「何って酷いですね~。約束したじゃないですか?」
「約束?」
なんかしたっけ?
思考を巡らせてみたが、特にこれといったものは浮かばない。こいつの勘違いじゃないか?
「放課後、少し話しがあるって言ったじゃないですか」
言ってねぇよそんなの。
スキンシップにウザさを感じつつも、冷静になり考えてみる。ここで佳代の謎発言に乗っかってしまえば、紗枝と相馬を二人っきりで帰らせることができるということに気が付いた。
「あ~、そういえばそんなこと約束してたかも」
私の嘘に、紗枝は「そうなの?」と不審そうに目を向ける。
「うん、マジマジ。ごめん、二人で帰って」
「「えっ?」」
紗枝と相馬の声がはもった。予期せぬ事態にお互い顔を見合わせ、少し照れくさそうに視線を逸らす。
初々しい光景に砂糖を吐き出しそうになった。
「じゃ、私は佳代と話があるから」
ホールドを解き、今度は私が佳代の手を握り、逃げるようにその場から立ち去った。引き留める紗枝と相馬の声を無視して、廊下を走るなという校則を破って走る。
許せ紗枝。私が二人の間にいるのがつらいだけなんだ……あと、甘ったるい空気に耐えられそうにない。
~~~
なんとか紗枝と相馬をまいて、落ち着ける場所に着く。久しぶりに全力疾走したものだから呼吸がキツイ。吸っても吸ってもなかなか息が整わない。
そしてそれは、私に引っ張られて全力疾走した佳代も同じ。たぶん私以上に体力のないこいつは、今にも倒れそうなほどだった。
「大丈夫?」
「だ……大丈夫……ですよ~」
明らかに大丈夫ではなかったが、時間がたてば呼吸は整っていく。何度か深呼吸をしてから、佳代は「お待たせしました」と話しを切り出してくれた。
「すみません。突然お声掛けしてしまって」
「いいよ別に。私もあの場から離れたかったし」
「まあ、相馬さんと浅見さんの間は酷ってものですよね」
へらへらと笑っているこいつだが、今の一言でさすがに気づいた。
「なんだ。佳代も気づいてたの」
「あれで気づかない方がどうかしてますよ」
まあ、それは言えた。
「何? 佳代も紗枝の恋の応援?」
「いやいや、私はただの傍観者ですよ。昔も今も」
なんとなく引っかかる言い方だったが、一先ず置いておく。紗枝と相馬が関係してないとのことなので、私に声をかけた理由を聞かなくてはならない。
「じゃあ何の用?」
「明日の土曜日って空いてますか?」
「土曜?」
予定としては空いている。
「まあ、何もないけど」
「なら、私とお出かけしませんか?」
「あんたと? ……まあ、別にいいけど」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
たかだか一緒に出掛ける約束をしただけなのに、佳代はあからさまに喜んで、私の手を取ってはしゃぐ。
テンションのふり幅の大きさに、若干引いた。
「集合場所と集合時間は追って連絡します。バイトなんですよね? 引き留めてすみません」
「いいよ。とりあえずわかった」
どこに行のかはわからなかったけど、出かけるくらいなんてこない。ただ佳代と二人っきりというのも珍しい話なので、その時は少しだけ気持ちが浮ついた。
そして土曜日。
「く~っ! じれったいですね~もう!」
「……」
「全く相馬さんは……え~っと、確かこのクレープ屋さんが美味しいと口コミがありましたね」
「……」
「さて、行くときに手ぐらいは握ってくれますよね?」
「おい……」
「はい?」
駅から少し離れた場所で、物陰に隠れながらコソコソとある場所を見つめる佳代に、冷たい視線を投げかける。
「一緒に出掛けるって言ったよね?」
私の質問に、佳代は「言いましたね」とあっけらかんと答える。
「ならなんで、私はあの二人のデート風景を覗き見るようなことせにゃならんのよ!」
指さした方には、私の親友の意中の相手である相馬優が、これまた私の親友の恋のライバルでもある瀬川幸恵とデートをおっぱじめようとしている現場が見える。
仲睦まじく、はたから見ればただのカップルにしか思えない。おそらく紗枝が見たら、一目で卒倒するレベルの光景だ。
「いや~。一人で覗き見てたらただの不審者じゃないですか~」
何当たり前のこと言ってるんですかも~。とでも言いたげな表情に、自然と拳を握りしめていた。しかし相手は塚本ではなく佳代ということもあり、握りしめるだけでさすがに殴りはしない。
「私の作品のために、あの二人には疑似デートをしてもらっているんです」
「疑似デート?」
「はい。私はその光景を遠くから見つめようと思っていたのですが……あることに気づいたのです」
「もういい。言わなくていい」
というかさっき答え言ってるし。
つまりあれか? 私はカモフラージュのために呼ばれたってことだな。
「やっぱり一発殴らせろ」
拳を握りしめる私に「暴力反対!」と訴えかける佳代。こいつが何をしたいのか正直よくわからないが、いろいろとくだらない理由のために呼ばれたということだけはわかった。
「まあまあ寺島さん、少し落ち着いてください」
「あ?」
「あの二人、気になりません?」
その言葉に、私は負けたような気になる。
私は二人の関係を知っている。お互いが相手のことをどう思っているのかも、なんとなく理解できる。だからこそあの二人が、この一日でどれだけ進展してしまうのか気になる。
どうなるかはわからない。けれども、ただでは終わらないということだけは理解できる。なんせ相手は幸恵だ。思いもよらないところか、鋭い一撃が飛んでくるのだ。
「仕方ないから、乗ってあげる」
「さすが寺島さん。友達思いですね~」
友達思いであることは認めるが、言い方が凄くウザかったので腹をつねってやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます