第163話:店員をお客さんが取り合う珍しい光景が見れるのはここです

「ひとまず接客班には衣装行きわたった? 大丈夫そうだったらこれから接客の練習をちょっとやってほしいんだけど」


 今回合同でやる4組の文化祭実行委員の政道さんがクラス内に呼びかける。現在隣の4組は衣裳部屋兼調理室になるので、こちらの3組の教室は全面を貸し切ってお店となる。


「ひとまず接客経験のある相馬くんがやって見せるから誰か相手に――」


 政道さんが机を並べながら言ったところで、教室の視線が一気に俺の隣に集まる。


「は~い」


 綺麗に真っすぐ手を上げたのは日角だった。彼女の行動にその場にいた男子たちはもちろん、女子たちも驚いているように見える。ちなみに俺は別に驚いてはいない。

 いちおう政道さんとの打ち合わせて、俺が実演を兼ねることは聞いていたが、相手についてはその場のノリで、みたいな感じになっていた。誰も手が上がらないようだったらそのまま政道さんがやってくれるはずだったのだが、その打ち合わせの場には日角もいたので、こいつのことだからきっと手を上げるんだろうなと思っていた。

 まあお互いに文化祭実行委員だし、ここで日角が手を上げるのはなんらおかしなことではない。ただそれとは別に、男子から殺意に満ちた視線を向けられているんだが……怖いな。


「わ! 私もやりたいな!」


 ただここで予想外なことに、紗枝も勢いよく手を上げた。


 突然の立候補に、またクラス内がどよめく。


「でも、先にあげたのは私だよね?」

「別にそういう決まりはないと思うけど。それにほら、二人一組で来るお客さんとかも多いだろうし、ここは私と二人でってことでいいんじゃないかな?」

「まあ確かに~……?」


 唐突に始まる接客の取り合いに、俺は頭がついていかない。なんでこの二人は、俺からの接客の権利を取り合っているのだろうか?


 なんだか一瞬重めの空気が流れたが、日角が「じゃあ二人でやろっか」と言って、何事もなさそうに政道さんと一緒にセッティングを始めた。いままでのくだりは何だったんだって言いたくなるくらいの切り替えの早さに、さらに俺の頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになる。


 いや……最近は少し日角のことがわかって来たと思っていたんだが、もしかしたらそれは俺の考え違いだったのかと思ってしまう。


「とりあえず、じゃあ……相馬くん二人っていける?」


 打ち合わせにもなかったことだけど、そもそもはただ流れを見せるだけだから人数はあまり関係ないっちゃないんだよな。ただ変更は変更だから俺の意見も聞いとかないとねってことね。


「大丈夫だよ。いまさら一人や二人変わったところでそんな問題はないし」


 それにこれくらいだったらお店の方が何倍も大変だ。


「OK。じゃあ浅見さんもお願いしていい?」

「うん。大丈夫!」


 頷く紗枝。彼女はこちらにチラリと視線を向けると、どことなく嬉しそうにほほ笑んだ。


 彼女の格好の相乗効果も相まってか、不意打ちでそういうことをされるとさすがに可愛いと思ってしまう。ただ変に意識してしまうのもおかしなことなので、一度深呼吸をしてから、小道具班から当日に使うメニューを受け取り、「よし」と仕事モードに切り替えた。

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