第36話:前期日程終了
修学旅行が終われば、後に待っているのは夏休み。学生にとっては最も嬉しい長期休暇が始まる。
だがそんな夏休みも、相手がいないのでは興ざめという人も多いだろう。大半の人は先日の修学旅行で相手を見つけ、そして夏休みに臨む。全ては楽しい夏休みを過ごすためだ。
そんな中、俺は特定の相手を作らず、夏休みも基本的に予定が空いている。白紙とまではいかない。バイトもしているし勉強をする時間もある。だがその中で、友人と遊ぶという予定は今のところ立てていない。
まあ、浅見とは会う約束をしているはしているけど、予定までは決まってない。それに気づいた今朝のことだが、連絡はしなかった。というか……実はまだ連絡先を知らなかったりする。
今まで何してたんだと言いたくなるが、側にいすぎたせいですっかり忘れていた。これじゃあ夏休みに連絡を取り合うことはできない。
……いや、別に連絡取りたいとかじゃないけど。予定たてる時に連絡先知らないのは不便ってだけの話だから。そういうことだから。って、俺は一体誰に言い訳をしているんだ。
帰りのHRの最中。先生の夏休み関する注意点を話半分で聞き流しながら、これからいかにして浅見から連絡先を聞き出すか考えていた。
俺が異性の連絡先を聞くのが初めてなのもあるが、特定の誰かに自ら連絡先を聞くと言う行為が、なんだか気恥ずかしかった。
そもそもこういうことは陽キャである浅見が得意とすることで、陰キャである俺は最も苦手とすることなんだよ。
まあ……理由はそれだけじゃないんだけど。
修学旅行二日目の夜。俺と浅見はなんやかんやで仲直りし、お互い少しだけ相手のことを知り得た。だがその所為で、今度は俺が妙に距離を取ってしまっている。
特に最後。部屋を出る前にされた、ほっぺにキスのせいでいまだに浅見の顔をまともに見れない。見るとあの時の情景が頭の中に浮かんで、心臓が煩くなってしまう。
そんな理由から、最終日もちょっとだけ距離が生まれたのだが、相手のことを知ったからかそこまで気まずい感じではなかった。
だがいい加減どうにかしないといけない。俺だって初心な坊やじゃないんだから、お礼ならお礼で割り切って、むしろ少し余裕を見せて行かないと男としていけないだろう。
だからこそ、ここで俺から連絡先を聞くことに意味があるのだ。
これは男としてのプライドの話しだ。規模が小さいとかそういうことは今はなしだ。まずは声をかける。それから夏休みの話題を皮切りに連絡先を交換する。脳内イメージはバッチリ。いざ!
「そいじゃあ日直」
先生に言われて、日直が前期最後の挨拶をする。全員礼をした後は、もう自由時間。部活に行く人もいれば、どこかに遊びに行く人もいる。だが俺は大きく深呼吸をして、後ろを振り向いた。
俺の後ろの席に座る彼女。浅見紗枝は嫌そうに鞄に教材を詰め込んでいる。見ると、今日の分以外の教材もあった。置き勉をしていたんだろう。
浅見は俺の視線に気づくと、顔を上げて「どうした?」と笑顔を向けてくれた。
「あ……のさ」
「うん」
「えっと……」
駄目だ! 顔を見るとやっぱり思い出す! なに意識してんだ俺は! 浅見はただの友達! こないだのキスもただのお礼! それ以上でもそれ以下でもない! 好意を寄せられていると勘違いはしてはいけない! 落ち着け俺!
「なっ、夏休みのことなんだけど」
「うん」
内心テンパってるせいか嫌な汗が滲み出てくる。こんな時普通に話しかけられる人間は本当に凄い。尊敬する。
「一応、遊ぶ約束したよな」
「うん。忘れてとか言わないよね?」
不信な目を向けられたので、慌てて「違う」と反論する。
「違う、ちゃんと覚えててくれ」
「ふ~ん。ならいいや。それで?」
「それで、予定とか立てないといけないだろ?」
「ああ、そうだね。今決めちゃう?」
浅見は鞄の中から手帳を取り出した。
違う。それじゃあ連絡先は交換できない。
「それも……決めないといけないんだけど」
「うん。さっきからどうしたの? なんか、こないだの修学旅行みた……いだね」
最後の方に行くにつれて声が小さくなり、浅見はそっぽを向く。俺も修学旅行というワードが出てきて顔が熱くなる。
お互い少しの間無言でいると、突然浅見が「それよりも今日暑いね~」と話題を逸らしてきた。
「そうだな~、暑いな~」
「あははは……」
「ははは……」
乾いた笑みで誤魔化すのは到底無理話だ。結局すぐに気まずくなって、会話が途切れる。
やばい……どうしたらいいんだ?
こんな時。会話能力が低い俺は何を話題にすればいいのかわからない。
悩んでいると、浅見は大きく咳払いをして「こないだのことはお互い、一先ず忘れよう」と真剣な顔つきで提案してきた。
「……そうだな!」
それに俺は全力で便乗した。
忘れられる訳もないと思うが、お互いに気にしないことにすれば、形の上ではなんとかなる。ただその心内までは、どうしようもないとは思うけどね。俺はたぶん今後も夢に見ると思うし、そのたびに悶々とした朝を迎えるのだろう。
お互いに一息ついたところで、漸く本題を切り出した。
「その……連絡先を、教えて欲しい」
「……あれ? 知らなかったっけ?」
小首を傾げる浅見。こいつもこいつで、俺と同じように近くにいすぎたせいで勘違いをしているようだ。
「知らないし聞いたこともない」
「えっ? でも寺氏とかは?」
「寺島は知ってるよ。なんで交換したのかは覚えてないんだけど」
「……そっか~」
どうも複雑そうな顔をしているが、何か問題があっただろうか? 寺島は普通に友達だし、知ってておかしくはないだろう。
「うん。教えるのは全然いいよ」
「おう。じゃあ早速ラインのIDを――」
「その前に」スマホを取り出した俺を制して「今まで気にもしなかったのに……どうして急に連絡先を知りたくなったの?」と、可愛らしい笑みを向けて別に聞かなくていいことを口にした。
「それは、普通に予定を決めるために」
「今決めちゃえばいいじゃん」
「予定は未定だろ? もしいけなくなった時のことを考えると」
「相馬は人との約束を
「……雨とか」
「雨くらいだったら普通来るよね?」
「そうなの?」
「私なら行くよ? 相馬に会えるんだもん」
顔が熱くなるのを感じる。よくもまあ恥ずかし気もなくそんなことが言えるもんだ。冗談だとは思うけど。
「ねぇ……どうして?」
逃がしてはくれないようだった。俺は渋い顔になりながらも「夏休みでも、これなら連絡取れるだろ?」と伝えると、浅見はプッと吹き出して笑った。
「相馬、耳真っ赤」
「うるせぇな。恥ずかしいんだよ」
「そっかそっか。そんなに私とお話ししたかったんだね」
「もうそれでいいから、これ以上ほじくるな。早く教えろ」
「はいはい」
浅見はバックの中からスマホを取り出して操作する。
「はいバーコード」
「たく。最初から教えてくれよ」
バーコードを読み込みながら文句を垂れる。
「だって、キョドってる相馬が可愛かったんだもん」
「可愛い? 眼科行った方がいいぞ?」
「もう、そういうことじゃないでしょうに」
いや、男を可愛いとか、しかもこんな陰キャを可愛いという人の気持ちはわからない。
「友達申請送っといたから」
「うん……これ?」スマホ画面を見せて、新しく申請が来たアカウントを見せてくれる。
「うん、それ」
「アイコンないの?」
「ああ……そういや設定してなかったな」
ラインにはアイコンに画像を設定することができる機能があるのだが、俺は初期設定のままにしているので、アイコンの画像は卵型に設定されている。
「何かつければいいのに」
「いや……そんな写真撮らないし」
「まあ確かにキャラじゃないよね。あっ、じゃあさ」
何かを思いついた浅見は唐突にスマホを上げて、スマホに向けてピースサインをする。
自撮り?
自分を撮り終わった後、スマホで少し操作した後に俺のスマホがバイブで揺れた。画面を見ると、先程登録した浅見からメッセージが届いていた。開くと、上からのアングルで撮られた可愛らしい浅見の写真だった。
「それをアイコンにすればいいよ」
「いや、やだよ」
何が嬉しくて浅見の画像をアイコンにしないといけないんだよ。画像自体は可愛いと思うけど。
「なんでよ。合法的に可愛い女子の画像をトップにするチャンスだよ?」
「付き合ってる訳でもないのに使う訳にはいかねぇだろ。もっと別の探すから」
「無理しなくていいのに」
「別に無理してないから」
「じゃあアイコンは次までのお楽しみにしとく。予定はまた今度ラインする、でいいよね」
「ああ」
「それじゃあ、後で連絡するね」
浅見は鞄を持って、そのまま机でスマホを弄っている寺島の元に向かい、二人は一緒に帰って行った。
俺は一度椅子に腰かけ、大きく安堵の息を漏らす。
聞けて良かった。
画面に写る浅見のアカウントを見て、考えに耽っていると。彼女のアイコンが卵なのに気づく。
「あいつ……人には変更しろとか言ったくせに。どういう神経してんだ」
いっそ俺も自撮りでも送ってやるかとも思ったが、相当恥ずかしいことをしていると、カメラを構えた時に思い知った。
「何バカなことやってんだろう」
大きなため息を吐いて、鞄を肩にかける。
ただまあ、大方の目標は達成できたのでよしとしよう。
明日から夏休み。今年はなんだか、煩くなりそうだな。
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