第16話:調理実習は甘い予感①

 本日の家庭科の授業は調理実習。普段なら授業で習ったところの実習になるのだが、今日は講師の趣味で洋菓子作りをすることになっている。

 普通家庭科の調理実習は、食材の切り方の実習を目的としているので、クッキーなどの簡単な洋菓子作りは、小学校などのまだ包丁を扱うにのは難しい年齢時に行う。

 しかし今回は、班ごとに作るものを決めて各自材料を揃え、それを後々学校側で清算してくれるという話になっているらしい。なんとも太っ腹なものだと思った。

 しかし仮にも授業なのでそれなりに手間のかかった物、かつ予算以内という限定は付けられている。それでもなかなかなことだと思うが、先生がやりたいと言ったのだからやるしかないだろう。俺達に決定権はない。


「それでは今日は待ちに待った調理実習です。事前に各班が作るものは見て合否は出しているので問題はないですが、追加で作りたいものがあった場合はその場で申告してください。調理に手間取りそうだった時は、無理せず素直に教えてください。私は皆さんが作りたいものを作れるようお手伝いします。それでは各自、調理の方を始めて下さい!」


 先生が手を鳴らすと同時に、各班調理が始まった。

 一班五人。五班に別れての調理となる。出席番号順なので、幸いにも浅見とは別の班だ。あ行とさ行、しかも浅見と相馬だから離れすぎているし、仕方があるまい。だからこそこないだ言っていた、作ったものの交換が可能なんだけどな。


「よし。じゃあ作り始めちゃおうか」


 寺島の合図と共に、うちの班は動き出す。

 うちの班は男子二人女子三人の計五人。その内、俺が個人的に話したことがあるのは男子の友達である高垣たかがきと女子の友達である寺島だけだ。友好関係が狭い俺にとって、浅見や寺島以外の女子に友達はいない。それに加えて男子の方も友達が少ない。


「うちは結局、ガトーショコラだったっけか?」


 高垣が買ってきた食材を調理台に並べながら寺島に確認する。

 今回作るのはガトーショコラ。提案者は寺島本人だ。手順もそう難しくないからと言っていたので、ならそれでいいじゃんと、とんとん拍子で話しが進んだのだ。


「うん。一先ず高垣はチョコ刻んどいて」

「合点承知の助」

「古いなチョイスが。明美あけみと私はグラム計りしよう」

「おっけー」

「相馬と幸恵ゆきえは卵の黄身と白身を分けておいて」

「わかった」

「わかりました」


 寺島の的確な指示の元、作業が進んでいく。俺が割り当てられた卵の黄身と白身を分ける作業だが、普段料理をしない俺にとっては、どれをどうすればいいのかわからない。なので相方である瀬川せがわさんに教えを乞うことになるだろう。彼女ができなければ詰んでるが、寺島もいるし問題ないだろう。


「瀬川さん、よろしくね」

「はい。よろしくお願いします」


 浅見とは対極に居そうな、大人しく気品のある佇まいの彼女。長く艶やかな黒髪を今は邪魔にならないよう一本に纏めており、エプロン姿が新妻のような初々しさを醸し出している。

 うん……こう思うのはセクハラになるとは思うが、かなり眼福である。浅見も浅見で可愛かったのだが(始まる前に自慢しに来たからな。からみはウザかったが)、また違った可愛さが彼女にある。

 あと、これは男だからしかたがないけれど、胸がな……結構大きいんだよな。だから男子の間でも好意を寄せている人は少なくなく、中には卑猥な目で見ている連中もいる。男だからわからなくはないけど。


「瀬川さんは、普段は料理する人?」

「意外にもするんですよ?」

「いや、全然意外ではないんだけど……」

「そうですか? 料理するようには見えないと、よく言われるんですけど」


 普段の姿の瀬川さんは、その上品な佇まいのためかよくお嬢様扱いを受ける。たしかにあの姿を見ると料理をしそうには見えないが、今の姿を見てしまったらそんなこと言えないよ。むしろ夫のために頑張って料理をする姿が目に浮かぶ。


「そういう相馬くんは?」

「俺は全然、そもそも黄身と白身ってどうやって分けるのかもわからないよ」

「でしたら、手取り足取り教えてあげますね」


 手取り足取り……。

 ちょっと卑猥な想像が頭の中を過ぎってしまい、心の中で全力で謝った。素で言っているからなこれ、素でこういうこと言っちゃうから、本人の意志とは全く関係なく男連中がそういう目で見ちゃうんだよな。


「よろしくお願いします」

「はい」


 まあ、そんないかがわしいことは、絶対に起こらないけどね。

 瀬川さんは手元に、卵のパックと中くらいのボールと小さなボールを引き寄せる。


「では、先に手本を見せますね」


 パックを開け、卵を手に取り調理台に一度打ちつける。意外にも大きな音をさせるが、あれくらいの衝撃では割れることはないようだ。卵の殻って案外固いんだな。

 瀬川さんは中くらいのボールの上で手際よく割ると、黄身を割った殻に交互に移し替えて綺麗に白身だけをボールの中に落としていく。殻とかも入ってないので凄い。

 ものの数秒で、白身と黄身が分けられた。黄身は小さなボールの方入れられ、残った殻は三角コーナーに捨てられる。


「こんな感じですね」


 ……うん。全くの料理素人にこれは難しいんじゃないだろうか?

 卵を割るのでさえ危ういかもしれない俺に、これはハードルが高い気がする。


「コツとしましては、蓋を開けるように殻を割るのがいいですよ。そうすると片方の殻に黄身が入るので、白身だけが落ちます」

「なるほど……」


 ……なるほど?

 口に出てしまったが全く理解できた気がしない。だがしかし、やらない訳にもいかないので卵を手に取る。


 コツンと調理台に打ちつけるが、威力が弱すぎたのか皹すら入っていなかった。


「もう少し強くても大丈夫ですよ?」


 卵すらまともに割れない俺、なんて恥ずかしいことなんだろうか。

 力を調整しながら卵に皹を入れて、ボールの上で割ってみる。蓋を開けるようにって言われたので、本当に蓋を開けるみたいに殻を割る。すると冷たい白身がドロリと手にかかり、黄身が殻の中に残った。


「おお……」


 なんか感動した。


「そしたら、もう一つの殻で黄身を割らないように移し変えて下さい。そうすると白身が徐々に落ちていきますから」

「わかった」


 ゆっくりと丁寧に、割れないよう細心の注意を払いながら黄身を移していく。一回、二回、三回と、繰り返すうちに慣れてきて、その頃にはすでに黄身と白身に分けられていた。


「おお……できた」


 意外にできる。俺って凄いな。いや、瀬川さんの教え方が良いおかげか。


「できましたね!」


 まるで自分のよう喜ぶ瀬川さんに、なんだか恥ずかしくてこそばゆい。


「うん。瀬川先生のおかげだね」

「そんな、先生だなんて」


 照れて俯く姿が可愛らしくてキュンとした。


「それじゃあ、全部分けちゃいましょうか。二人でやればあっという間です」

「そうだね」


 それから仲良く、卵を黄身と白身に分けていく。瀬川さんとはあまり話したことはなかったけど、これなら問題なく打ち解けられそうだ。

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