第80話(サイドs):裏工作の現場に巻き込まれる人

 席替えをして数日が経ったある日のこと。授業と授業の合間にある10分休みの時、私は険しい表情で次の教材の準備を進めていた。

 別に次の授業が嫌だというわけではない……いや、勉強は本当に嫌いではあるんだけど、ここ数ヶ月で優くんの尽力もあって忌避感はなくなった。なので積極的に取り組んできているのだが、今はそのことは置いておこう。


 チラリと後ろを確認し、いたって普段通りに振舞っている彼女を見る。最近行われた席替えによって生まれた悩みの種。私の思い人ににじり寄る、お人形さんのような女の子。


 そう、日角さんである。


 席替えによって彼女は窓際から二列目、最後尾から一つ前の席を引き当てた。そして隣はなんと、優くんの席。私から見れば羨ましい以外の何物でもなく、その幸運がなんで私に起こらなかったのかと、最初は大人げなくも拗ねてしまった。

 ちなみに私の新しい席はいまだ黒板の前。同じ席ではないが、隣に移動しただけだ。運がないにもほどがある。


 さて、なぜ彼女のことをここまで気にしているかというと、こないだ決まった文化祭実行委員が優くんと日角さんだから……だけではない。その実行委員決めの時に、日角さんが名指しで優くんをパートナーに指名したからだ。


 明らかに怪しい。なんかしらの事情がなければ、名指しするなんてことはありえない。それにあんな公の場で女性が男性を指名するなんて、ほとんど告白のようなものでしょうに。

 なのでつい最近、優くんとの勉強会の時に日角さんとの関係を問い詰めた。

 確信はあったけど確証がなかったので、その穴埋めをするためにも聞いて起きたかったというのもある。まあ、実際は私が口を滑らして聞いた形になったけれど、それはこの際どうでもいい。

 結果はほぼ黒に近いグレー。いや、もうほとんど黒かもしれない。


 私の考えでは、恐らく日角さんは優くんのことを好いている。人の色恋には鈍感な方ではある私だけど、さすがにあそこまで明らかな動きを見せられれば、その考えに至ってしまう。


 後方では、日角さんはシャーペンを片手に机に頬杖をついて、ノートを睨みつけていた。次の授業の予習か復習でもしているのだろうか。

 隣の優くんは不在。先ほど振り向いた時にはいなかったので、たぶんお手洗いか何かだろう。


 顔を前に戻した。両方の肘を机につき、指を組んでその上に顎を乗せる。


 わかったはいいが、私はいったいどうすればいいのだろうか?


 あの勉強会の日から、ずっとモヤモヤが晴れない。私からみても日角さんは魅力的な女性で、本当に可愛らしい人で、笑顔で話しかけられれば同性であっても胸がときめいてしまう。

 そんな彼女と、偶然にも同じ男性を好きになった。これから彼女とは、恋のライバルになるわけだが、やっぱりどうすれば彼女に打ち勝つことができるのかわからない。

 そのモヤモヤが燻ぶっていて、最近はいろんなことに身が入っていない。いい加減にしないといけないのに、答えが見つからずズルズルと引きずってしまっている。


「はぁ~」


 ため息がこぼれた。憂鬱な気持ちが、余計に憂鬱になっていく。


「大きなため息ですね~。どうかしましたか?」


 そう言って声をかけてくれたのは、私と同じで運悪く黒板の前になってしまった、隣人の新嶋さんだった。

 変にアピールするつもりはなかったので、恥ずかしくなって「すみません、口が勝手に!」と焦りつつ言い訳を述べるが、新嶋さんは「別にいいですよ」とほほ笑んでくれた。


「それに、最近の瀬川さんは心ここにあらずの様子でしたから。何かあったのかな? と気になってはいたんです」

「そ、そうなんですか?」

「そうですよ」


 優しい……。優しくされてしまうとどうしても甘えたくなってしまって、遠慮したい気持ちとは裏腹に「聞いてくれますか!?」と勢いよく詰め寄ってしまった。


「ええ、まあ……聞くので落ち着いてください」


 新嶋さんが苦笑いをしながら宥めてくれるのが恥ずかしくて、私は顔をゆでだこのように真っ赤にして椅子に座りなおした。


「すみません……」

「いいですよ。それで? どうせ相馬さん絡みでしょ?」

「っ!?」


 びっくりして新嶋さんの顔を凝視する。


 えっ? なんで? どうして? 私、寺島さん以外に優さんのこと何も言っていなけれど……えっ!?


「なんで……?」


 まさかの出来事に頭の中がぐちゃぐちゃになった。そんな私に新嶋さんは追い打ちをかけるように「見てれば気づきますよ。瀬川さんわかりやすいですから」と、普段の様子からにじみ出てしまっていたことを告げられた。


 自分の気持ちが理解されていた恥ずかしさと、自分がそんなことをしているとは微塵も思っていなったこともあって、先ほどよりいっそう顔を赤くして、ついには涙が溢れそうになって来ていた。

 さすがの新嶋さんもこれにがギョッとし、焦りながら「ちょっと廊下に行きましょうか!」と手を引いて外に連れ出した。


 人が行き来する廊下の壁際で必死で涙を堪えながら「ごめんなさい、本当に」と、迷惑をかけてしまったことをとにかく謝るしかなかった。


 ああもう、シャキっとしなさい私!


 深呼吸をして気持ちを切り替え、ようやく新嶋さんの顔を見る。

 しかし顔を見たら見たでなんだか恥ずかしくて、気まずさから視線をそらした。


「あの、本当にすみませんでした」

「さすがに驚きましたが、私も軽率でした……」

「しっ……知ってたんですね」

「……まあ」

「いつから?」

「だいぶ前ですね。気になったのは修学旅行辺りからです」


 最初の最初だった! 恥ずかしい! 穴があったら入りたい!


 ただ理解されているということは、隠す必要性もないということ。優くんのことについて、1~10まで悩みを打ち明けてしまってもいいだろう。


「その優くんもそうなんですけど、日角さんのことで」

「ああ~」




 それから私は、優くんと日角さんの関係やそれについて悩んでいることを打ち明けた。自分の気持ちを話す恥ずかしさはあったけど、ちょっとすっきりした。


「なるほど。それで」

「まあ、そうです」


 一通り話終えると、新嶋さんは少し考えるように腕を組んで「瀬川さん。今度の土曜日開いてますか?」と尋ねてきた。


「開いてますけど……」

「でしたらデートしましょう」

「デート?」

「はい。そうすれば気持ちも晴れるかと」

「えっと……えっ?」


 困惑していると、次の授業の始まりを告げる鐘がなる。


「詳しいことはまた後でということで」

「は、はい。わかりました」


 結局デートって……なんで?

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