第136話(サイドt):この二人の関係性

 バイトが終わり夜の10時手前。お気に入りの音楽をイヤホンで流しながら、車が行きかう大通りを道沿いに歩いて家へと帰っていた。最寄りの駅から歩いて10分~15分とかからない程度の短い距離だが、それでもバイトで疲れた体にはそのちょっとした距離も辛いもので、バス使いてぇ~と心の中で愚痴ったりする。

 お金の節約のためにそんなことはしないけど、バイトではほぼ立ちっぱなしだから足が棒だし、歩くたんびに足の裏も地味に痛い。歩いていける距離だからと律儀に徒歩で通っているけど、やっぱり駐輪場代がかかってでも自転車にするべきなのかな?  一カ月の値段がそれなりとは言え、快適を買うというてんではお手頃なのかもしれない。


 まあそのためには、そもそもで自転車を買わないといけないんだけどね。


 かれこれもう5~6年は自転車に乗っていない。小学生のころはそれなりに乗り回していたものだが、中学に上がってからは部活三昧だったし、遊ぶにしたって遠出することが増えたから、自転車よりも電車を使う機会が多くなった。そのためか、小さくなった自転車は知り合いの甥っ子に譲り、現在私の家に自転車は存在していない。


 最後に乗ったのいつだったっけ……確かあいつとお祭りに行くとかで乗ったのが最後か。


 ふと思い出してしまい、眉間に皺が寄る。


「はぁ~……」


 自然とため息が零れていた。あそこからだろうか、私とあいつとの関係が遠くなってしまったのは。いや違うか……正確には、あいつが変わり始めた時だ。


 赤信号に立ち止まってボーっと前を向いていると、横から手のひらがヌッと現れて、こんにちはと手を振っていた。

 ビックリして手が出た方に振り向くと、そこにはスポーツウェアに身を包んだ塚本が立っていた。頬から汗が垂れているところを見るに、ランニングでもしていたんだろう。


「げっ」

「お疲れ様、真紀」

「……あんたもね」


 いつもへらへらしているように見えて、その根本はかなりストイックで、こうして夜に出くわすこともしばしば。だいたいは私が話しかけるなオーラを放っているからか、一言二言話してから塚本がランニングに戻るのが定例だ。しかし今日は違う様で、青信号になり歩き出すと、普通に隣を付いてくる。


 なんだこいつ?


 一応と思ってイヤホンを外し、プレーヤーを止めて塚本を見る。彼は私が話しかける体制になったのを確認して、「今度の真紀が出るライブ、行くことにしたから」といらん報告をしてくる。


「くんの~?」


 あからさまに嫌な顔をすると、「ファンだからね」と満面の笑みで返された。


 そう言ってくれるは嬉しいと思うが、その相手が塚本というのが非常にネックだ。こいつの場合、私がいるからファンの可能性がぬぐい切れないからだ。


 私が所属する「Wimpy shoutウィンピーシャウト」は4人組ガールズバンドグループで、発足事態は今いる軽音楽部で行った。メンバーはギター&ボーカルの私とベースの瑠衣、それとドラムの彩菜あやなにシンセサイザーの望愛のあ。当たり前だが全員うちの軽音楽部だ。

 そんな私たちも、一年経ってようやく定期的にライブに呼ばれるようになってきた。まだまだ他のバンドの前座みたいなものだけど、それでも曲を披露する場所をくれるのはありがたい。少しずつではあるけれどファンも増えてきて、ファンレターなんかもいただいている。

 そういう純粋に私たちのことが好きな人たちのことならまだいいんだけど、友達だから、知り合いだからという理由で推されるのは少し違う気がするのだ。


 腐ってもアーティストだからなのか、応援してくれるのが嬉しい反面、曲を聴けと言いたくなる。上っ面だけのものは、はっきり言って必要ない。

 こいつにはその気があるから、どうしたって疑いの目を向けてしまう。


「何歌うかもう決めたの?」

「一応セトリは作ってあるけど、まだ公表してない」

「アストラとか歌う?」

「アストラ? いや、あれは歌わないけど……」


 アストラとは、サンスクリット語で矢を意味する言葉で、またラテン語で星座や星を意味する。矢の真っすぐさと星の輝きを思いに例えて作った楽曲で、自分の持つ心を他人に委ねてはいけない、自分の気持ちは自分だけの物だからと投げかける曲想になっている。わりと初期に作った曲なので、最近ではあまり歌ってはいない。


「聞いたことあんの?」

「去年の後夜祭で歌ってたでしょ? あれ歌詞がいいよね。友達が動画撮影してたからもらっちゃった」


 珍しく照れくさそうに話す塚本に、少しだけ嬉しい気持ちが湧き出た。一年も前のことをこいつは覚えていたのだ。例え憎らしい相手であっても、曲を褒められるのは悪くない。


「ふ~ん……それはまあ、どうも」

「また聞きたいな~あれ」

「まあ、覚えといてやるよ」


 歌うかどうかは、私のみぞ知るってやつですけど。


「それよかあんた、いつまでついてくんの?」


 疑問に思っていた部分を尋ねると「今日は送らせてもらいます」と笑顔を向けられた。


 またあからさまに嫌な顔をしたが「夜一人は危ないよ」と言うので、「お前みたいな不審者がいるからな」と言い返してやった。


 イケメンが夜な夜な女子高生に声をかける。想像したら予想以上に変質者だった。


「一応、心配はしてるんだけどな~」

「……まあ、どのみち途中までは一緒か」


 小学校からの付き合いだ。お互いがどこに住んでいるかなんて、何年も前に知っている。


「あっ、じゃあさ真紀」

「何?」

「公園寄らない。久しぶりにさ」

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