第112話(サイドn):さすがに大丈夫でしょう

 体育祭に文化祭。秋のこの時期は、学校行事がとにかく忙しい。特にうちの学校は日程が詰まっているせいで、体育祭が終われば文化祭、文化祭が終われば期末試験と、やることが全てノンストップでやってくる。


 その中で部活動をやり、バイトをしている人はバイトをする。はっきりいってかなり忙しい。


 ちなみに私、新嶋佳代もバイトをしている学生の身。ただ去年までは放課後は自分の趣味に全力を注ぐだけの時間だったので、今年になってバイトをしていることがここまで苦痛になるとは思ってもみませんでした。

 相馬さんはこれを去年からやっていたというのですから、少しだけ尊敬してしまいます。しかも今年は文化祭実行委員の一員にもなって、いくらなんでも働きすぎじゃないですかね? 体がもつんでしょうか?


 まあ、私には関係のないことではありますが。


 放課後の教室は、授業という拷問に近い業務をこなした学生たちで賑わっている。彼らは苦痛から逃れ、ようやく一日の自由を手に入れた解放感に満たされていた。そんな中私は、これからバイトに行かなければならないという苦悩にさいなまれている。


「シフト減らそうかな~」


 ここ最近、相馬さんが文化祭実行委員で忙しいせいで、しわ寄せがこちらに来ていた。シフトの量が気持ち多くなり、拘束される時間も日に日に増えている。おかげで自分の趣味に充てる時間が少なくなり、そのせいで日々ストレスが溜まっていた。


 バイト自体はたいして苦ではない。ただ問題なのが時間だ。何もしないような時間が多く、その時間が正直もったいない。お金をもらっているので文句が言えた立場ではないが、時間は有限。もしその時間をバイトに充てずに趣味に使っていたらと思うと、バイトをしている意味がよくわからなくなっていく。


 私が働いているところは、カフェのようなコーヒーショップ。コーヒー豆の販売を主にしているが、それでは収入が安定しないのと、店長が趣味でケーキ作りをすることから、カフェのようにもなっている。

 仕事内容としては接客と実演販売。コーヒーの淹れ方であったり、どの豆がどんな味なのかを伝え、お勧めしたりする。


 最初はかなり四苦八苦しながらやっていたが、今となっては手慣れたものだ。さすがに三カ月近く経っているから、ちゃんと慣れていく面はある。

 面白いは面白いのだ。しかしそもそものお客さんの量が少ないので、ほとんどがカンターでボーっとしているか掃除をしているかになってしまう。正直つまらない。


 というか、元々私があのコーヒーショップでバイトをすることになったのは、自分の趣味で描いている漫画の資料に使おうと足を運んだからだ。そこで店長と意気投合して、あれよあれよという間にバイトになってしまった。最初はお金目的にやっていたが、さすがにもういいかな~。三か月は働いたし、潮時と言えば潮時か。


 そんなことを考えつつ、鞄に必要な教材だけ詰め込む。すると、どことなく隣の席から視線を感じたので、横を見た。私の隣の席に座っている瀬川さんは、なぜかジーっと私の顔を見ている。何かついてるかな?


「どうかしました?」


 問いかけると、彼女は「新嶋さんって、バイトされてるんですよね?」と聞き返された。


「ええ、まあ。これからバイトですけど」


 あまり行きたくはないですが。


「行ってみたいです」

「えっ?」

「前々から気になってたんです。新嶋さんのバイト先」

「……えぇ?」


 ~~~


 最寄駅から歩いて数分。一見アンティークショップか何かと思うような、古めかしい佇まいのお店が目に入る。そこが私が勤めるバイト先のコーヒーショップだ。


「うわ~……趣がありますね~」


 感心している瀬川さんの気持ちはよくわかる。私も最初は『なんだこの漫画や映画にありそうなお店は?』と思っていた。それだけこのお店の外装は凝っている。


「というか瀬川さん、わざわざ電車賃払ってまで来ることはなかったのではないですか? いまさらですけど」


 瀬川さんの自宅は学校とは反対側、ちょうど学校の最寄り駅を挟んで向こう側にあるので、私や相馬さんが使っている駅とは数駅ほど離れている。なのでそれなりの電車賃を支払うことになる。正直、学生にとってはものの数百円でもかなり渋るものだと思うが、この人はさも当たり前のようについてきた。


「そうですか? でも気になってしまって。新嶋さんの話を聞いてると、一度コーヒーを飲みたくなったんです」


 学校で席が隣通しになった関係で、瀬川さんとはお昼休みなどにご飯を一緒にしたりする機会が増えた。そのためバイト先のことを話題に種にしたりするので、それで興味を持たれたのだろう。


 これがお嬢様の行動力か。


 感心してしまった。私にはないフットワークの軽さだ。


「と言っても、普通のコーヒー屋さんですよ?」

「それもすごくいいと思います」


 正直、何がいいのか彼女の感性がわからないので理解はできないが、とりあえず楽しみにしているところに水を差すのもなんだろう。

 特にツッコミなどはせずにお店のドアノブに手をかける。その時、はて? と何か忘れているような、気にしなければいけないようなことがあったような、そんな考えが脳裏によぎる。

 ただこういう時は思い出そうとしても思い出せないものなので、ひとまずは時間が解決してくれることを願い、「おはようございま~す」とお店のドアを開けた。

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