第111話(サイドt):今日だけだからね

 まさかこんな都合よく二人っきりになってくれるとは、予想外だったな。なんだかんだおぜん立てをしてあげて、ようやく隣同士でご飯でも食べるくらいだと思ってたのに、紗枝も紗枝なりに思ってるところがあるのかもしれないな。


 手渡されたお弁当に視線を落とし考えに耽っていると、隣の割と近い距離間に「よっこらしょ」とおやじ臭い言葉と共に塚本が腰を下ろした。

 もし私がそこらへんにいる普通の女子高生だったなら、きっとドキッとしたのかもしれないけど、あいにくとドキッよりもイラッ……の方が強かった。けれどもその気持ちを口に出すことはなく、眉を顰めて苛立ちを堪える。


 私たち以外誰もいないような場所だから、本当なら「隣座んな!」とか強めに言いたい。けれど今日に限った話をすれば、私は塚本に少なからずお礼を言わないといけない立場にいるのだ。

 だからちょっとのイラつきなら、こうやって我慢してみせる。


「なんか、勝手にうまくいっちゃった感じだね」


 塚本はお弁当の包みを広げながら、話し出した。


「まさか予想通り?」

「……まさか」

「だよね~」


 あんなの予想できる奴がいたら、それはもうエスパーだよ。


「食べないの?」


 包みを広げ終えた塚本が、いまだに大事そうにお弁当を抱えている私を見る。


「食べるよ」


 塚本は私が広げ終えるのを律儀に待って、食べる準備ができたところで「いただきます」と箸を動かした。私は何とも言えない気持ちになりながらも、「いただきます……」と手を合わせてお弁当を食べ始める。


「結局、あの二人はどこまで進んでるの? キスくらいはしたの?」

「するわけないでしょ。まだ付き合ってすらいないんだから」

「嘘でしょ? あんな仲良いのに?」

「あんな仲良くても、まずは告白しなきゃ。じゃないと何も始まらない」

「夏休みも終わったし、さすがにとは思ってたんだけど……まさかね~」

「あんた、相馬とはそういう話はしないの?」

「全然。女子と違って、恋愛話に花は咲かないのだよ」

「ふ~ん。あっそ……」


 そんな他愛もない会話をしながらも、私の気持ちは穏やかではなかった。


 なんで突っ込んでこないんだろう?


 実は今回、こうやって塚本たちとこうやってお昼を共にしているのは、私が塚本に頼んだからに他ならない。

 先ほどは相馬や紗枝の手前、塚本が機転を利かして嘘をついてくれたけれど、本当はこいつからお昼の誘いなんて一度も来たことがないし、何だったらもう一月くらいまともにメッセージでのやり取りも行っていないのだ。ただあの場で私が発案者だとバレると、なんで塚本と仲のあまりよくない私がそんな謎なことを? となってしまうので、あの時ばかりは塚本に感謝した。


 だから二人きりになった今、塚本はきっと私の弱みに付け込んで弄ってくると思っていた。こいつは私の神経を逆なですることを普通にやってくる。そして頼んだ手前こちらもあまり強く出れないので、それを見越して好き放題されると覚悟していた。

 なのに何もない……むしろない方が怖い。


 適当に弄ってくるのだったらそれで終わりなのだが、後々になって穿り返されるのは勘弁したい。

 できる限り塚本に借りを作っておきたくないので、できれば今徴収したいんだけど、むしろそれすらも待っているような気がして下手に動けない。どうしよう。


 冷めた米を噛みしめながら、考えを巡らす。すると塚本が「何もしないよ」と私の考えを見透かしてか、苦笑いしながらそう言った。


「す~ぐそうやって借りだなんだ~って。鏡見た方がいいよ?」

「なっ! 何急に!?」


 鏡だったら毎朝見てるし!


「自分は人の問題に無償で突っ込むくせに、人からの好意を素直に受け取れないんだから」

「それは……」

「俺がやってることは真紀と同じ。ただ俺が真紀のお願いを叶えてあげたかっただけ。借りとか、そういうの関係なしにね」

「でっ、でも私は!」


 どうしたって、自分の気持ちの部分が否定している。私はそうやって施されたら、なんらかの形で施し返したい。そうしないと、気持ちが悪いのだ。

 塚本の言っていることはわかる。だって私が自分で体現していることだから。けれど納得できない、だから反論する。

 けれどそれは塚本も同じだった。


「俺は、なんと言われようとも真紀には優しくする。そう心に決めてる」

「そっ……あんた……」


 前々から冗談っぽく告白まがいのことはされてきて、そのたびにキッパリ断ってきたけれど、なんでこいつはこんなにも私に好意を向けるのだろう?

 誰にだっていい顔をして、特定の相手なんて作りませんみたいな顔をして、なんで私には気持ちを見せてくるんだ。


 いや、それこそ前々からわかってたことだ。ただ私はそれに目を瞑って、聞こえないように耳を塞いで、触れられないように遠ざけているだけ。わからないフリをして、本気で向き合うことを拒絶してるにすぎない。


 私は、塚本誠治とは恋愛をしないから。


「……わかってるんでしょ?」


 問いただすように、いろんな気持ちを乗せて言葉を伝えると、塚本は「何をいまさら」と軽く笑ってのけた。


「わかってるから、やってるんだよ」

「辛くないの?」

「全然」

「……意味わからないし」


 私だったら、相手の気持ちがこちらに向いてないとわかれば、諦めてしまうだろう。それでもこいつは、変わらず私に気持ちを伝えてくる。その気持ちに応えられない自分に、複雑な気分にさせられた。


「とりあえず……今日は優しくされといてあげる」


 吐き捨てるようにポツリとつぶやくと、塚本は「またそうやって」と悪態をついた。


 わかってるよ。図星ですよ図星。


 けれども私は、何のことかわかりません、とプイっとそっぽを向いて、お弁当を食べ進めるのだった。

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