サイドt:そんな褒めることじゃないんだけど
本日は紗枝と相馬、塚本と共にスポーツができてカラオケとかもできる、複合レジャー施設に遊びに来ていた。色々と体を動かした私達は、休憩も兼ねてカラオケボックスに入った。
ボウリングやらトランポリンやらバスケやらで完全に疲れ切っていた私は、一先ず休むことを優先して歌はパス。サイドメニューで頼んだフライドポテトをもそもそ食べながら、疲れ知らずで今もノリノリでアイドルグループの楽曲を歌っている紗枝を見る。
カラオケはその人が普段聞く音楽が如実に現れ、特定の人からしたら選曲に問題が出るはた迷惑なことこの上ない環境だろう。特に自分以外の人がいる場所では、マイナーソングは盛り上がりに欠ける。かと言ってメジャーソングを歌おうとして、知っている曲でない場合歌うのは難しい。
カラオケは盛り上がりが全ての恐ろしい場所だ。普段から聞き慣れないロックとかオタク系ソングを嗜んでいる人にとって、メジャーソングしかわからない人と一緒のカラオケは地獄だろう。
その点、紗枝や塚本はその心配はないようだった。紗枝は主にテレビなどで流れるアイドルソングや女性ボーカルのメジャーソングを選択しており、塚本も男性ボーカルアイドルソングや年代的には古くとも誰しもが知っている曲を選択している。
問題があるとすれば相馬だな。
彼の日常にどれだけ音が溢れているかはわからないが、確実にノレてないのが目でわかる。恐らくは知らない曲が多いのだろう。まだ歌っていないところを見ると、歌える曲がないのかもしれない。
しかしカラオケとは、そんな人にも必ず一度は順番が回ってくるものだ。特に今日は四人しかいない上、私が疲労のせいで順番から外れているため、どんなに空気でいようとも逃れられる環境ではない。
歌い終わった紗枝は、マイクを片手にデンモクを確認する。さきほどからぶっ通しで歌っているにも関わらず、まだ曲を入れようとする根性が素晴らしい。だがさすがに自分が歌い過ぎている自覚があるのか、「次誰か入れる?」と訊ねてきた。
「私はまだいいや」
歌える曲は結構あるが、まだポテトを食べていたい。
「俺もちょっと疲れたかも」
塚本もさすがに疲労が溜まってきたのか、同じくポテトを食べる。
こうなってしまうと、自然と視線は相馬に向く。
「相馬は?」
「俺は……正直知ってる曲が」
「なら一緒に歌う?」
紗枝は自然な流れで相馬の隣に座り直す。素なのか狙っているのかわからないが、珍しくかなり積極的な姿勢を見せている。そういえばさっきのトランポリンでも飛びついてたな。ちょっとは吹っ切れたのか?
相馬は紗枝と距離を開けようと座る位置をずらしたが、デンモクを一緒に見ている以上紗枝との距離が遠ざかることはまずないだろう。ちょっと間を開けたところで焼け石に水だ。
「これとかは?」
「えぇ……あ~」
こう見ると、本当に付き合ってるカップルなんだけどな~。妙なところで一線引いてるせいで、必要以上には近づかない。いい加減どっちか告白すればいいのに。そうなれば私の心労もいくつか軽減されるのだが。
叶わぬ願いだとわかってはいるが、そう思いたくなる気持ちも理解して欲しいところだ。
曲が決まったのか。二本目のマイクを相馬に渡した紗枝。選んだのは結構昔に流行ったデュエットソングだった。二人組の男性アイドルが歌っていて、年代的にも私たちにジャストなので相馬も知っていたのだろう。
「相馬がマイク持ってるの新鮮だね」
「うるせぇ」
隣で塚本が笑いながら茶化すので、最低限の文句を返す相馬。しかし塚本の言っていることもわからなくない。なんか本当に、新鮮なんだよね。
~~~
「……ほぉ」
曲が始まり、二人の声を聞き比べると、なかなか面白いことに気付いた。
紗枝はさっきから聞いていて、『ああ、上手いな』って思う歌声だったが、相馬の場合は上手いうえで、『なんか聞きやすい』歌声だった。
音域が広いのか、低音も高音もカバー出来て、サビは迫力に欠けるもまあいいかと思える。
「相馬上手いね」
塚本の言葉に、「あんたよりもね」と皮肉を織り交ぜて返答する。
相馬はポップスとかロックよりも、バラードが上手いかもしれない。落ち着いた声をしているので、優しく歌ったらなかなかいいと思う。
ふと紗枝の方を向く。チラチラと隣で歌っている相馬を見ながら、画面に映る歌詞を追っている。紗枝もきっと、相馬の歌のよさに気付いたのかもしれない。
曲が終ると相馬は一息ついた。彼の隣に座っている紗枝はジッと相馬のことを見つめながら「上手くない?」と話しかける。
「そうか? まあ音楽の成績はよかったけど、それとこれとはさすがに違うだろ?」
そこで音楽の成績を持ち出すあたり相馬らしいと言えばらしい。
「も……もうちょっとなんか歌わない?」
もっと相馬の歌声を聞きたいのか、歌うことを進める紗枝だったが、とうの相馬は「え~」とあまり乗り気ではない様子だ。
正直私も聞いてみたいと思うが、さすがに無理強いはよくないだろう。それに相馬が歌ったことでこの場で歌っていないのは唯一私だけとなってしまった。さすがに一度くらいは歌っておいた方がいい。
「紗枝、デモンク貸して」
「えっ、寺氏歌う?」
「そろそろね~」
さて、何歌いましょうかね~。
一応、軽音楽部でもあるし。音楽に精通している者としては良い所を見せたい。
「これにしよ」
選んだのは、有名女性シンガーの曲。今度カバーで歌うことになっているので、練習がてら歌っておこう。
~~~
曲が終り、マイクをテーブルの上に置いてお茶を飲む。体を動かしていたおかげで喉は暖まっていた。まだまだ納得のいく出来栄えではないが、まあ本番には間に合うだろう。
ポテトを食べながら次の演奏が始まるのを待っていたが、一向に始まる気配はなかった。私が歌っている最中に誰もいれなかったのか。
「誰か次歌いなよ」と紗枝たちを見ると、紗枝と相馬は驚いた様子で私を見ていた。
な……なんだ?
「寺氏、ちょ~歌上手いじゃん」
「軽音楽部とは聞いてたけど、凄いな」
素直な関心に戸惑いを隠しきれない。私としては普通に歌っただけなのだが、初めて聞いた人はそういう感想を持つものなのだろうか。
「え~っと、ありがとう」
とはいえ、そこまで褒められるようなことではないと思うので、遠慮がちにお礼だけ言っておく。
「真紀はバンドではボーカルだもんね」
何故か得意気に話しだす塚本に「そうだけど、あんたが言うな」と釘をさす。
「そうなの!? 凄いじゃん寺氏! 出世した!」
去年からの付き合いである紗枝は、私がギターとして文化祭に出ているのを見ている。その時はボーカルではなかったので、恐らくはそれを踏まえて言っているんだろう。ただボーカルになったからって、出世はないだろう。
「そんなはしゃぐことじゃないから。子供かあんたは」
「え~? 凄いって。ねぇ?」
相馬に同意を求めたところ「凄いと思う」と当たり前のように同意する相馬。
このカップル……。
「私はいいからさっさと次入れなさい」
「寺氏も歌いなよ。もっと聞きたいし」
「私はバンドで歌ってるからいいの。そんなに聞きたいなら演奏聞きに来ればいいでしょ」
「いつなのかわからないじゃん」
そう言えば、私の外部でのバンド関係の話しは紗枝たちにはしたことがなかったな。
「あ~もう。今度あるから、来たいならその時来なさい」
「わかった。楽しみにしてるね」
笑みを浮かべた紗枝は、テーブルに置かれたデンモクを手に取る。また相馬と二人で何かを歌おうと企んでいるのか一緒に見ている。
さっきはああ言ったけど、チケット代もかかるし無理に来てほしいとは思わない。ただ紗枝のことだから、本当に来てくれるんだろうな。ちょっと恥ずかしいけど、聞いて貰いたいという思いもある。それに友達がバンドの演奏に誘うのは今までなかったから、楽しみでもある。
「俺も行っていい?」
塚本がいつもの柔和な笑みを浮かべて訊いてくる。来るなといいたい気分ではあるが、どうせそんなこと言ったところで勝手に来るのは目に見えている。
「……好きにしたら?」
いつもだって私の演奏には来るんだから、どうせ次も来る気なんでしょ? なんでわざわざ私の了承を取るのかわからないが、チケット増えるのならなんでもかまわない。どうせだったら大勢友達とか女の子とか連れてくればいいのに、なんでいつもこいつは一人で来るのだろうか。
本当に、よくわからない。
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