第93話:姉の誕生日

 学校も終わり、あとは帰宅するだけとなったが、今日に限っては真っ直ぐ家にという訳にはいかない。

 普段は使わない私鉄に乗り換え、来るのさえ初めてのような町に降り立つ。


「お姉さんの大学、結構遠いんだよね?」

「歩いて10分だけどな」


 隣で少し疲れた表情で、浅見紗枝がボヤいた。

 ここに来るまでの電車の中は帰宅途中のサラリーマンで溢れ、もはやすし詰め状態だった。さすがの混み具合に体力も精神力も削られ、さらにこれから少し歩くとなると、そんな顔をしたくなる。


「何も平日じゃなくてもよかったんじゃない? 学校もあったんだし」

「しかたないだろ。お姉が今日にしろってうるさかったし、俺もちょうどバイトがない日だったんだから」


 なぜ俺たちがこんな場所にいるのかというと、本日は俺の姉である相馬日花の誕生日であるからだ。

 以前、俺は学校の最寄りにあるショッピングモールで、姉に渡すためのプレゼントを吟味していた。その過程で偶然、遊びに来ていた紗枝とその友達、寺島真紀と合流。寺島の提案で紗枝と共にプレゼントを選ぶことになったのだ。

 しかしプレゼント選びは難航した。姉に何をあげればいいのかわからなかったし、あいつが何を欲しがっているのかもわからなかった。結果としてその日は誕生日プレゼントを買うことはなく、どうしようか? と困っていた俺に紗枝があることを提案してくれた。

 俺の姉は大学内でファッション雑誌を作っており、それのモデルをやることを進めたのだ。しかも驚くことに、紗枝もそれに付いていくと言った。

 正直なところ、姉の趣味に友人を巻き込むことには抵抗を覚えたが、せっかくの申し出と本人も興味があるということから、来ることを承諾したのだ。


 あと純粋に、モデルとしての紗枝が見たかったというのもある。

 性格はこれだが、見た目は本当に美人だからな。きっとどんな服でも着こなすだろう。


 とまあ、こういう経緯で、俺と紗枝は二人で姉の大学に向かうことになった。


「文句ならお姉に言ってくれ」

「文句ってほどではないけど……」

「……どうかしたのか?」


 なんとも釈然としない様子だったが、紗枝は「制服なのが……ちょっと」と気まずそうに呟く。


「何か問題なのか?」

「いや……目立つなと思って」


 大学内は恐らく私服だろうし、その中に高校生だと一発でわかる制服は、確かに人目は引くだろうな。


「まあそうだろうけど。説明会の時とかは制服でいくだろうし、むしろこっちの方が正装なんじゃないか?」

「それも一理あるか」


 納得したようで、けれども困ったように眉を寄せ、結局「まあいいか」と考えるのを止めた。自分の中で折り合いをつけたのだろう。


「それじゃあ行くぞ? あまり時間ないし」


 姉とは大学の前で待ち合わせをしているため、家族とはいえ遅れるのは忍びない。それに行ったこともない大学なんで、どこかで道に迷う可能性だってある。


「うん。あ~、ちょっと緊張してきたかも」

「早くないか?」

「やるって考えると緊張するでしょ?」

「俺は一度やってるからな……そこまで」


 それに俺からすれば、身内がいるってのが気持ち的に余裕を生んでくれる。


「え~……ずるいな~」

「まあ、そんな緊張しなくても大丈夫だろ。普通にしてればいいんだよ。どうせ撮るのはお姉なんだから」

「だから緊張するんだけど……」


 なんで?


 どこに緊張する要素があるのかわからないが、それからも大学につくまでの間、紗枝は「ポーズとか調べた方がいいかな?」とモデルについて色々と悩んでいた。

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