第162話:文化祭の衣装合わせ②

 名高い作家先生。そんな言葉が似合いそうな出で立ちに、普段なら近づいて塚本を囲む女子たちも、遠巻きに騒ぐだけだった。その様子は、まるでお忍びで学校に訪問したアイドルが、格好良すぎて近づくに近づけないといったような、そんな感じだった。


 塚本は騒いでいる女子たちのファンサービスを終えると、真っすぐに俺たちの方に歩いてくる。隣にいる寺島は「いや、来るなよ」と小声で愚痴をこぼしたが、当の塚本はどこかウキウキしているようにも見えた。


「どう、これ? 俺的にはかなり似合ってると思うんだけど?」


 珍しくテンションの高い塚本。こいつでも和服着てはしゃぐところがあるんだな。


「似合ってるんじゃないか?」


 女子たちも騒いでるし。


「うん。まあいんじゃない?」

「予想以上に冷たいね君たち? もうちょっとはしゃぐとかないの?」


 圧倒的塩対応は寺島のデフォルトだと思うが、俺もたいがい塚本の服装に対しては興味がなかった。別に野郎が何を着てようが、はっきりいってどうでもいいしな。

 ただそれが不満だったのか、塚本は「イケてると思ったんだけどな~」と唇を尖らせ、チラチラと寺島を見る。


 どういう反応を求めているのか丸わかりだ。ただ塚本もいい加減理解した方がいい。寺島がこういう時は決まって「ウザ……」か、「キモ……」の二択しか発さないことを。


「はいはい。似合ってるから、ウザい視線向けんな」


 そうそう、だから言ったのに……ん?


「ウザいは酷くない? 俺だって褒められたいときは褒められたいよ?」

「だから似合ってるって言ったじゃん。面倒くさいなお前は」

「相変わらず一言多いよね~、真紀って」

「うるさい」


 ……ん?


「……寺島」

「ん? 何、相馬?」

「いや。仲いいなお前ら」

「ちょっとやめてくんない?」

「ごめんなさい」


 いつも通りの眼力で拒絶されてしまったが、明らかに先ほどのやり取りは、今までの塚本と寺島の関係ではなかっただろう。なんていうか、なんだろう? とりあえず寺島の空気感が変わった気がする。


 気のせいか?


「真紀は明るい色が似合うよね。可愛いよ」

「バカにしてんの?」

「あれ? 俺褒めたよね?」


 気のせいだったかもしれない。


 明らかに逆鱗に触れた塚本が困ったように俺を見るが、たぶん塚本からしたらどんな寺島も可愛いに分類されるんだろう。ただ本人からしたら煽り以外の何物でもないだろうな。


 そんなことを話していると、またしても教室がざわつき始める。驚いているから。というよりは、その姿に息を飲んでいるという表現の方が正しいか。騒ぎの現況となっている方に目を向けると、その美しさと儚さに、俺は目を奪われた。


「ヤバい。瑠衣ちゃん可愛すぎるってそれ」

「いや紗枝、鏡で自分の姿見た方がいいから。私以外に言ったらただの煽りだからね?」


 このクラス、いや学校でも有数の顔面偏差値を誇る紗枝と日角が教室に入ってくる。大正ロマンという言葉がしっくりくる服装で、色合いは真逆だが柄が似通っているので双子コーデのようにも思える。さすがの美しさに男子だけではなく、女子の視線も釘付けだった。

 かくいう俺も、目を逸らすことができない。


 彼女たちは俺たちに気が付くと、二人同時に目を見開いた。あまりにも二人の動きがシンクロしたもので、つい見ていた俺もビクリと肩を震わす。紗枝はすぐに視線を逸らして髪を弄り始め、かたや日角は大きく咳ばらいをして、どこか自分を落ち着かせようと? してるようにも見える。


 何してんだあの二人。


 日角が無言で紗枝の腕を引っ張りながら、俺たちの方に歩いてきた。


「ただいま。相馬たちは早いね」

「おう。まあ二人の服装に比べれば、着るものも少ないだろうしな」


 服装もさることながら、髪型も少しアレンジが加えられていたり、小物が追加されていたと華やかさが段違いだ。衣装班がこの二人にどれだけ情熱を注いでいるのかがよくわかる。

 まあ、顔よしスタイルよしだから、着飾らせたい気持ちもわからんではないが。


 にしても……。


 改めて二人をジッと見て、その隣にいる塚本を見る。


 ここだけで顔面偏差値ヤバぁ……。


 いつもだったらなぜか気にもしていないことが、なぜか気になってしまった。寺島も同じようなことを思っているのか、チラリと隣を見ると苦い顔をしている。

 感じる場違い感に逃げてしまいたくなったが、「そんなことより」と日角が俺に詰め寄って、俺の右隣を陣取る。あまりの近さに上体を少し引いたが、それでは彼女との距離を離すことはできなかった。


「何か言うことはないんですか?」

「……へっ?」


 低身長も相まって、真下から見上げられると破壊力が段違いだ。元々可愛らしい顔をしてるのは理解しているが、理解していても圧倒されてしまう。

 するとなぜか、肩と肩が触れるほど距離で、紗枝が俺の左隣にやってきた。


「どっ……どうなの?」

「ちょ……紗枝さん」


 何この状況?


 左右からの圧力で肩身が狭くなる。異様な恥ずかしさを感じて顔が熱くなるのを感じた。


「いや、可愛いと思うけど」


 言わないと長引きそうな予感がしたので無難に一言で済ませたが、どうやら日角は不満だったようで「それだけ~」と眉を顰めた。


「どう思う? 紗枝」

「……もうちょい」


 頬を赤らめ、拗ねたように催促する紗枝。見たことない表情に、心臓がひっくり返るんじゃないかってくらい鼓動が高鳴った。


「き……綺麗です。二人とも……」


 絞り出すような、聞こえるか聞こえないかの小声で、なんとか言葉を紡いだ。ただあまりにも恥ずかしくて、もう顔が熱すぎてどうにかなりそうだったので、「もういいだろ!」と二人の間から逃げ出して塚本の後ろに隠れる。


 さすがにこれ以上の追撃はかわいそうと見たのか、はたまた今の一言で満足できたのか、日角は「許してやろう」と満足気。紗枝も紗枝で嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 突然の出来事にドッと疲れてしまったが、改めて楽しそうにする二人の姿を見て、まあ本心だからいいか。と割り切るのだった。

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