第164話(サイドh):それは許せない

 恋愛において、日常のような日々の付き合いも大事だと思うけど、やっぱりイベントごとでの大きな繋がりも、時として重要な要素になると私は思っている。

 こないだまでの体育祭にしかり、やっぱり行事ごとは人と人との距離がうんと縮まるから、今まで以上に意識してもあらったり、逆にこっちが意識しちゃったり。お互いの関係性になんらかの変化は訪れる。


 だからこそ私は、この文化祭という一大イベントを逃したくはない。一番関係性で遅れている私は、他の人よりも手を変え品を変え、ちょっと意地汚いと思われてでも前に進むしかない。


 相馬により接客レクチャーで盛り上がる教室を出て、廊下で一息つく。秋らしい肌寒さに、鼻の頭が少し冷たくなるのを感じる。

 きっと来週にはもう、冬らしい季節になっていることだろう。


 結局、紗枝との小競り合いもむなしく、相馬は当たり前のように職務を全うした。そういう真面目なところはかっこいいし、そういうところが好きではあるんだけど、もうちょっと私たちに対して興味を向けてくれてもいいんじゃないか? そう思いたくなる。

 いままで何度もアプローチをかけて、ひらりと躱されることもあれば、ちゃんと受け取ってくれたものもあった。だからけして無駄ではないと思うんだけど、今回は状況がよくなかったかもしれない。

 あれだけ周りに人がいて、しかもクラスの皆のために働くのだから、真面目で責任感の強いあいつが、私情で流されるわけはなかった。


「幸恵がいなかったし、チャンスだったんだけどな~」


 相馬を巡っての恋のバトルにおいて、紗枝はもちろん最重要で危険な人ではあるんだけど、それと同じくらいかそれ以上に、私は幸恵のことを気にかけていた。

 仲良くなったからこそわかる、彼女の女性としての完成度。男を立てる謙虚さに庇護欲をそそる可愛らしさ。そしてなにより、あの胸! 本人はそんなことないって言うし、むしろちょっと太ったとか言ってたけど、スタイル的には全然問題にもならない。

 まあスタイルの話でいったら、紗枝に敵う人間はこの学校にはいないだろうけどね。あいつに勝てる人はたぶんモデルぐらいでしょう。

 とにかく、幸恵は見た目以上に愛らしい人であるということが、ここ数日で深く付き合ってみて分かってきた。だからこそ、一番油断のならない人でもある。


 大多数の着付け作業を終えた被服部兼コスプレ部の面々と、衣装係が休憩している隣の教室に足を運ぶ。

 ドアを開けると、みな固まって談笑しているようだった。ただ手元には衣服と針が握られていて、今も手縫いで細かい部分を修正してるようだった。

 私の入室に気が付くと、いち早く幸恵が「どうかしましたか?」と立ち上がって、私の方に駆け寄る。


「帯でもほどけましたか?」

「ううん。そろそろステージの方に戻らないといけないから、脱ぎに来た」

「あっ、そうなんですね。それはちょっと……残念ですね」


 幸恵は私の姿を一度見てから、しゅんと肩を落とす。その姿が子犬みたいで可愛らしい。ちょっと気持ち的に折れそうにもなってしまうが、それはそれ、これはこれだ。


「どうせ文化祭の時にはずっと着てるんだから」

「それはそうですけど……やっぱりもったいない気が」

「さすがに本番前には汚したくないの」


 それにこんな姿で体育館の方にも戻りたくないし。寒いし。


「手伝いますよ」

「ありがと」


 中に入って、簡単な仕切りで区分けされた更衣室の中に入る。幸恵は私の制服を持ってきてくれて、服を手近な机の上に置いたら「帯外しますね」と背中に手を伸ばした。


「動きやすさはどうでした?」

「大丈夫そうかな。ただお腹はちょっとキツイ」

「しっかりと締める必要がありますからね。腹筋にグッて力をいれるんですよ」

「腹筋か~。私、お腹ぷにぷになんだよね~」


 太ってるわけではないが、筋肉量が少ないので触るとぷにぷにしてしまう。本当ならうっすらラインが見えるくらいには鍛えないといけないんだけど、どうしても面倒という気持ちが勝ってしまうのだ。

 ただベースを弾いてることもあってか腕の筋力は割とある方で、最近太くなってるような気がして少し困っている。まあ、ドラムやってる子よりは全然ましなんだけどね。


「そうですか? 私からしてみれば、じゅうぶんに細いですけど」


 帯を外す次いでに脇腹当たりを撫でるので「幸恵だって細いでしょ?」とやり返す。服の上からだから少しわかりずらいが、女性としては平均的な方だろう。

 ただ本人は嫌なようで、「恥ずかしいから触らないでください」と顔を赤らめていた。


「こないだも体重が少し増えちゃったから。あんまり触られるのは……」

「増えたって……別に普通じゃ……」

「そんなことないです。それに……下着のサイズも……」


 お腹周りを撫でつつ、視線はその上部の胸に行く。


「……」

「えっ? ちょ! ちょっと瑠衣ちゃん!? あの! ふふっ! くすぐるのは! あっ、あははっ!」


 まったくこの子は。どれだけわがままボディになれば気がすむのだろうか。その脂肪分をぜひとも私の胸にも分けてほしいものだ。

 幸恵に恨みは全くと言っていいほどないけれど、どうしても抑えきれない怒りというのは存在するもので。それから3分ぐらい、私は勝手にという名前のくすぐりをしたのだった。

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