第14話:購買は常に戦争である

 昼休み。普段ならそのまま弁当片手に、隣のクラスに突撃するのだが、今日に限り俺は行かないといけないところがあった。

 鞄から財布を取りだし、事前に500円玉を手に持ち、財布はズボンの後ろのポケットに突っ込む。


 よし。行くか! 和が高校屈指の魔境、昼休みの購買に!


 高校に入って、わりと憧れていたことを言おう。

 一つはバス、電車を使った通学。なんだか一足先に大人を味わっているようで気分がよかったから。今となっては、なんで自転車で来れる場所にしなかったんだと後悔している。

 もう一つは、中学にはなかった購買だった。学校の中でお昼ご飯を買って食べる。たぶん中学に購買的なものが無かったことも影響していると思うが、何故かそこに強い憧れを持っていたのだ。

 弁当も勿論いいのだが、一度でいいから購買というものを利用してみたくって、一度親にお願いをして購買を使ったことがある。その時の俺はまさにうきうきだっただろう。

 昼休みになり、財布を片手に購買に向かう。購買と言えば焼きそばパン、そしてそれに類似するコロッケパン。惣菜パンがところ狭しと並んでいる様子を思い浮かべては、頬をニヤつかせながら駆け足で向かった。

 しかし俺は舐めていた。購買というものを甘く見ていたのだ。混んでいる可能性もあるとは思っていた。けれどそれは普通に並んで順番待ちになる程度だろうと考えていて、さすがに漫画やアニメのような争奪戦が行われる訳がないとたかをくくっていたのだ。

 しかし着いてから唖然とした。そこには腹を空かせた生徒達が、我先にと購買に詰め寄り、金を出し、パンを握り、戦利品を半ば奪っていくかのような争奪戦が行われていた。


 あまりの光景、そしてその執念の圧力に気圧され、俺は足がすくみそこに飛び込むことができなかった。

 嵐が去った購買には、パンの耳一つも残っておらず、呆然と眺めていると購買のおばちゃんが見かねて飴をくれて、そのついでと言わんばかりに助言もくれた。


「お弁当作れるならお弁当の方がいいわよ。ここはこんな有り様だからね、飛び込む勇気のない子は無理に戦場ここに来ない方がいい」

「……はい」


 あの言葉は今でも覚えている。しかし、男は時に引けない時がある。


 購買に辿り着く。


「おばちゃん! 焼きそばパンとメロンパ――」

「押すんじゃねぇよ! おばちゃん! 俺はコロッケパンとジューシーチキンサンドで!」

「はいはい危ないから順番にね! はい70円のおつりね」

「おばちゃんありがとうね!」


 今日も今日とて魔境である。あそに飛び込んだら、普通圧死すると思うのだが、不思議と死者どころか怪我人すら出てないのが奇跡である。

 さて、感心してる場合じゃない。俺もあの中を進まないと!


 進もうとする足が止まる。竦んでやがる。俺はあの光景に恐怖を感じている。昼飯を勝ち取るという執念。その執念の圧力は凄まじい。けれど俺だって年を重ねたんだ。まだ何も知らなかったあの頃とは違う! いけ! いくんだ相馬優! その一歩を踏み出して、念願の焼きそばパンを獲得するんだ!


「おばちゃん! 俺も焼きそばパンくださーい!!」


 そうして俺は、野獣が渦巻く戦場に、足を踏み入れたのだった。


 ~~~


 ゲームで言うリザルト画面がもし表示されているとしたら、そこにはこう記されているだろう。


 GAME OVER


 戦線復帰すらできない、一日一度きりの戦闘が幕を閉じた。戦利品は零。何も獲得できないまま、俺は敗走を余儀なくされていた。


 腹の虫が鳴る。購買で余計な力をつかったこともあり、余計に腹が減った気分だ。お腹と背中がくっつくぞなんて、何かの歌で聞いたことがあるが、あの表現はあながち間違っていなかっただろう。


 腹が減った……。


 血糖値が下がっているせいか、頭がボーっとしてしまう。たぶんこのまま授業を受ければ、確実に夢の世界にダイブしてしまう。それに加えて、あいつのちょっかいに耐えられるかどうかも怪しい。

 正直、ああいうちょっかいが悪いという訳ではないのだが、元気がないときは困りものだ。構ってやれないだろうし、塩対応になりそうで……いやなんで俺はあいつのちょっかいに構ってやる前提で話を進めているんだ。普通違うだろ。クソ、頭が働かないせいで変な考えをしてしまう。


「あれ? 相馬じゃん」


 浅見のことを考えていたら、偶然にも本人と出会った。

 彼女は一階にある自販機に飲み物を買いに来たのだろう、紙パックのジュースを飲みながら、持っていない方の手でひらひらと手を振ってくる。


「相馬も飲み物?」

「いや、購買」

「……何も買えなかったの?」

「買う前に全部売り切れたよ」

「えっ? じゃあお昼は?」

「抜きだな」


 こいつの事だから笑うんじゃないかと思っていた。むしろその想像の方が自然にできるあたり、俺がこいつに思っている感情がよくわかるだろう。しかし実際は違う。浅見は「私の半分あげようか?」とさも当たり前のように提案してきた。


「いや……嬉しいけど、お前の飯がなくなるだろ?」

「今日、面倒だったから菓子パン持って来たんだ。二つ持って来たんだけどさすがに食べれそうにないな~と思って。処分してくれるなら嬉しいんだけど。どう?」

「どうって……いいのか?」

「いいともいいとも。貸し一つね」

「見返り求めるのかよ!」

「そりゃそうでしょ? 私が相馬にたいして、無償の愛を注ぐとでも?」


 ……まったく思わないな。むしろ貸し一つで済むことの方が温情と言える。


「それにこっちの方が、相馬としても気兼ねないでしょ?」

「まあ……それはな」


 確かにその通りだ。正直、見返りの無い好意というのは苦手なのだ。向こうがなんの気もなしに手助けしてくれるのは嬉しいのだが、俺としては『何か返さないと』と思ってしまう。なのでこの申し出は、俺としてもありがたい。


「それにしても……購買ってそんなに混んでるの?」

「もし利用しようと思うなら、止めといた方がいい。女子が単身乗り込むのは自殺行為だし、なによりお前みたいな可愛――」


 うかつにも口が滑りそうになって、咄嗟に手で口を覆う。しかし浅見はそれを見逃さず、顔をニヤつかせながら「私みたいな……なんです?」とからかってきた。


「なんでもねぇよ」

「え~。言ってよ~」


 結局その後、さんざん浅見にせがまれたのだが、俺がその先の言葉を言うことはなかった。


 因みに。浅見がくれた菓子パンはアップルパイだった。意外にズッシリとしていて美味しかった。

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