第41話:相馬くんのバイト先②

「正直びっくりしましたよ。まさか相馬さんと、こんなラブコメにありそうなテンプレ展開をするはめになるとは」

「テンプレ展開かどうかは正直よくわからないけど、俺もかなりびっくりした」


 三時のおやつも過ぎたころ。

 午前中とお昼をつかってバイトですることの色々を教え終えてやることがなくなり、俺達はカウンターの中で暇を弄んでいる。

 店長は厨房の方で適当にくつろいでいるようだ。

 駅前とはいえここは純粋なるカフェではないので、お店の入り口にオープンと掛札が掛かってはいるが、看板もないのでなんのお店かよくわからない。なので道行く人たちは、外観だけをチラチラと窺うだけで中にまで入ってこようとはしていない。夕方前というのは、丁度お茶をする時間帯だというのに、お店の中がこんだけ空いているのはそのせいだ。


 そりゃあまあ、しかたがない。普通なにかわからないお店に踏み込んでいくのは、少しばかり勇気がいるからな。


「相馬さんはここのバイト長いんですか?」

「去年の冬からだから、まあ半年ぐらいだね」

「私が言うのもなんなんですが、よく見つけましたよね。外観がその……」

「何かよくわからない」

「私が言わないようにしていたのに」

「もう今更濁さなくても大丈夫だよ。ここの従業員は皆思ってることだから」


 本当になんで今も潰れてないのか疑問に思うくらいお客さんも入らないしね。


「というか、それを言うなら新嶋さんもでしょ? よく見つけたというか……新嶋さんは、どうしてここのバイトを? というか、求人出してたっけ?」


 お店の中に求人用のチラシなどは貼ってないし置いてない。それなのになぜバイトをしようと思ったのだろう。


「ああ、お店だと理解したのは一月ほど前で。なんといいますか、外観も内装も参考になるなと思いまして」

「参考?」

「ええまあ、色々と」


 なんの参考になるのかわからなかったが、話したくなさそうなので一先ずスルーする。


「それで入ったらカフェじゃなくてコーヒーショップで。店長さんに色々話を聞いていたらそれなりに会話が弾みまして、人員が一人欲しいってことになってそのままするすると流れのままに」


 つまりほとんど店長が勧誘したと。なんだかこんなお店で申し訳ない気持ちになってくる。


「まあ、私もそろそろお金溜めないとと思っていたので、丁度良かったんですけどね。八月までに少しでもいいから軍資金が欲しいので」

「なんかあるの?」

「ちょっとしたお祭りですよ。興味があるなら一緒に来ますか? なんだったら浅見さんも呼んで一緒にコスプレなんかしちゃって」

「いったい何のお祭り……ってそうか、夏コミか」


 オタクのイベント。大きな同人即売会である夏コミ。ニュースにも取り上げられるくらい知名度ある、夏に行われる一大イベントだ。

 俺は行ったことが無いのでよくわからないが、あの炎天下の中ずっと外で並んでいると思うと、かなりの地獄だ。


「夏コミは知ってるんですね」

「実際に行ったことはないけどね。暑そうだし、人が多いのは正直あまり好きじゃなくて」

「そうですね。暑いですし人が多いですし、素人が行けば一瞬でもみくちゃにされますね。ははっ」


 声に感情が失われている。そんなに過酷なのか?


「興味がおありなら、色々とお教えしますよ。そして相馬さんもこっち側にきちゃいましょう?」


 前髪のせいで表情が上手く読めないが、雰囲気から笑顔なんだろうと察する。


「いや、別に行きたい訳じゃないから」

「まあ無理強いするものではないですから、これ以上は言いませんけど。もし行きたくなったらお声掛けください。一~十まで、私の知り得る知識を叩き込んであげます」


 グッと握り拳を作って、任せてくださいと言わんばかりにアピールされる。本当に行くつもりはないんだけど、「じゃあ、その時は」と適当に苦笑いをして話しを流した。


「そういえば新嶋さん」

「はい?」

「新嶋さんって、ここらへんに住んでるの?」


 俺はバイト先を決める時に、自分の家から出来るだけ自転車で行ける距離と決めていたので、駅前のここになったのだが。新嶋さんもそうなのだろうか。


「もしかして、相馬さんわかってないんですか?」


 ん? なんの話だ?


「ああ。だから私にたいしてよそよそしかったんですね。だとしたら私、かなり積極的でしたね」


 一人で納得して、照れたように頬を掻く新嶋さん。

 俺はなんの話なのか全くわからないので、思い出そうと脳をフル回転させるが、結局なにがなんだかわからない。


「私、小学校も中学校も相馬さんと同じ学校なんですよ?」


 そう言われて必死に彼女の姿を思い出そうとするが、記憶を遡った限りでは出会ったことも無ければ話したこともない。そもそも小学校の時は勉強ばっかだったし、中学に入ってからもあんまり人と話せなかったからな。男子の知り合いならまだしも、女子の知り合いってなると限られるから本当にわからん。少なくとも、新嶋という名字の人と知り合ったことはない。


「ごめん。全然思い出せない」

「いや、逆に覚えてたら恐いですよ。話したこともないんですから」

「えっ? そうなの? ならなんで俺のこと」

「そりゃあ相馬さん、悪目立ちしてましたからね」


 蘇る勉強漬けの日々と、周囲にたいする態度の数々。確かに今思えば、あれはかなり酷かった。


「特に小学校なんて、いっつも机に齧りついて勉強ばっかりして。お昼休みとか遊んでなかったじゃないですか」

「あの時は、それが正しいことだって思ってたから。というか、見てたの?」

「同じクラスですよ? 嫌でも目につきます。まあ他のクラスにも相馬さんの噂は流れてたみたいですが」


 いったいどんな噂が流れていたんだろう。気になるが知りたくない。


「本当に孤高といいますか。話しかけるなオーラが凄かったですよ」

「やめろ。それ以上言わないでくれ」


 突如として掘り返される黒歴史に顔から火が出そうだ。


「けど、中学は思ったほど勉強勉強って感じではなかったですよね」

「どこまで俺のことを見てるの?」

「小五~中一までは同じクラスでしたので、自然と」


 同じ空間にいたはずなのに本当に記憶にない。それだけ周囲に目を向けて無かったんだろう。


「まあそんな感じで、実は知り合いなんですよね。私達」

「そうだったんだな」

「しかしそう考えると、これは本当にラブコメみたいな展開ですね」


 興味深そうに顎に手を当てて考え込む新嶋さん。


「なにが?」

「実は知り合いだった女の子とバイト先が一緒になって、そこから恋愛に発展するテンプレですよ?」

「じゃあ俺と新嶋さんがそういうことになるな」

「それはちょっと無理ですね」


 笑いながら断られた。冗談で言ったのだが、そこまでばっさりいかれると少し傷付く。


「相馬さんに私はもったいないです」

「いや……俺はそこまで出来た人間じゃないんだけど」

「そうですか? 相馬さんは、かなり魅力的なお方だと思いますよ?」

「買いかぶりすぎだ」

「そんなことないと思いますけど?」


 俺という人間を過大評価してるのか、わざとらしく小首をかしげる。


「でなければ、浅見さんのことであんだけ悩まないでしょ」

「あれは……なんといいますか……」


 言葉が出てこない。恥ずかしさから新嶋さんから視線を外して、適当な虚空を眺める。


「好きだからですか?」

「そういう訳じゃないからね!?」


 確かに浅見の存在は俺の中でかなり大きなものになってるけど、それはあくまで友人として大切に思ってるだけで、異性として好意を持ってるのとはたぶん別だと思う。

 新嶋さんは俺の言葉を信じてないのか、「ふ~ん」と値踏みするかのように顔を見つめ、「まあ、それなら別にいいんですけど」と、素直に応じてくれる。


「けれど相馬さん」

「ん?」

「優しさは大切ですが、ほどほどにしないと後が大変ですからね?」

「……何が?」

「いずれわかりますよ。これもまた、テンプレってやつですね」


 謎の言葉を残して、新嶋さんは厨房に入っていく。どうやら今日はもう上がりのようで、店長に挨拶をしてエプロンを取ってスタッフルームに姿を消す。

 ショルダーバックを肩にかけ戻ってきた新嶋さんは、「では相馬さん。今日はこれであがります。お疲れさまでした」と頭をさげて挨拶をしてくれる。


「うん。お疲れさま」

「そういえば聞きましたよ」

「何を?」


 新嶋さんは顔を近づけわざとらしく小声で「土曜日デートなんですってね。頑張ってくださいね」と楽しそうな声をからかってくる。


「別にデートじゃ──」

「いいお土産話期待しときますね~」


 俺の弁明も聞かずに、新嶋さんはさっさとお店を後にした。


「……」


 これからも新嶋さんとこういう感じで付き合っていかないといけないのかと思うと、実は浅見よりも厄介なのではないかと思わされ、自然とため息が溢れたのだった。

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