第55話:水着は見えずとも威力はある

「いや~楽しみだね。皆、どんな水着かな?」

「知らねぇよ」


 当たり前に先に着替え終えた男子組は、交代しつつ手押しポンプで空気をビーチボールに入れながら、女子組が着替え終わるのを待っていた。ちなみにお姉はやることがあるらしく、せっかくのキャンプだというのにテーブルに向ってノートパソコンを開いていた。まあ一人くらい留守番がいたほうがいいとは思うでありがたいが、わざわざキャンプに来たのに何をしているんだと思う


「相馬は興味ないの?」

「……興味がないわけじゃないけど、無粋だろさすがに」

「固いな~相馬は。別にそれくらいだったら誰でも思ってるよ」

「そうか? 女子からしたら嫌だろ?」

「まあ、それが相馬の美点でもあるのかもね。とはいえ、性欲がないわけじゃないでしょ? さすがに」

「性欲って……そりゃそうだけど、おっぴろげにすることでもないだろ」

「それは確かに」


 ビーチボールは膨らみ、手持ち無沙汰になる。しかしそろそろ出てきてもいいころだろう、何をそんなに手間取っているんだ?

 少しそわそわしながら待っていると、入り口のチャックが開かれ、瀬川さんが顔を出す。


「お待たせしました」


 お~う。これはまた、なんというか。

 やはり水着姿が恥ずかしいのか、皆水着の上に服を着ている。浅見は上に薄手の前開きのパーカーを、寺島は背中が大きく開いたキャミソールタイプを、瀬川さんと新嶋さんはダボっとしたシャツを着ている。

 水着がまぶしい。なんてことは全くなく、皆の貞操観念の高さが伺える。残念、とはさすがに言えないが、少し肩透かし感があるのは確かだった。


「いや~、真紀はちょっと……」

「……なんだよ?」


 塚本は寺島のことを頭のてっぺんから足先までジックリと見て、「ちょっと意外だったかも」と口にする。


「そう?」

「もう少しボーイッシュな感じで来るものかと」

「ああ、それは――」

「私が見繕ったの! 可愛いでしょ~。寺氏は絶対タンキニタイプが似合うと思ってたんだ~」


 得意げに胸をはる浅見。確かに、寺島一人だけ上に羽織ってるものに差を感じる。濃い青色のキャミソールで背中が大胆にも開いている。一見すると一つの服を着ているようだ。


「へ~」

「……何?」

「……いや。可愛いね」

「あ……そう……」


 普段より笑顔マシマシの塚本に、どこか居心地が悪そうな寺島。あの二人の関係性はいまだによくわからないが、少なくとも塚本が普段とは少し違うのは伺えた。


「寺島と水着買いに行ったのか?」


 浅見に訪ねると「うん。寺氏と瀬川さんと一緒にね」と答える。


「瀬川さんも?」

「ええ……まあ」


 恥ずかしそうにシャツの裾を引っ張って太ももを隠そうとしている。しかし彼女の驚異的な胸部のせいなのか、全然隠せてない。しかし……改めて見せつけられると、すごいな。


 やはり目線は胸部に注がれる。シャツで隠されているものの、普段のふんわりとした服装とは違い、一枚だけなのでいやおうなしに目立ってしまう。


「何見てんの?」


 冷ややかな声が耳元で響く。いつの間にか真横に回ってきていた浅見が、訝しげな眼で俺を見つめる。


「いや! これはその!」


 慌てふためく俺に「これは見ちゃいますよね、私もじっくり見てしまいましたもん」と新嶋さんの援護が入る。

「しかも大きいだけでなく、こうムチっとした柔らかさといいますか」

「にっ、にっ! 新嶋さん!」


 あまりにも艶めかしい表現を本人の目の前でする新嶋さんに、さすがの瀬川さんも恥ずかしさから大声で遮る。


「そっ! そういう新嶋さんだって! 意外と大胆な水着を着てるじゃないですか!」


 暴露された意趣返しのつもりだったのだろうが、新嶋さんは全然堪えてないようで、「ビキニスタイルは全然ありだとは思いますが」とあっけらかんとしている。しかしビキニか……新嶋さんってもう少し布面積が多いタイプの水着を着ると思ってたけど、意外だな。

 見ていたことがわかったのか、新嶋さんはこちらに振り向いてわざとシャツの襟を引っ張り「後で見れますよ」と茶化してくる。別にそういう意味で見てた訳じゃないんだけど──。


「──いって!」


 脇腹を思いっきりつねられた。何事かと振り向くと、浅見がしかめっ面で俺を睨み付けている。


「何怒ってるんだよ」

「ジロジロ見ないの」

「いや、そういう意味で見てた訳じゃ……」


 言い訳をしようにも、「だとしてもだから!」と相当ご立腹のようで、聞く耳を持ってくれなかった。まあ、女子からしたらそういう目、ではないけど、ジロジロ見られるのが嫌な人もいるだろう。俺の配慮がかけてたな。


「私は相馬さんにだった見られても問題ないですよ」


 しかし新嶋さんはあっさりと蒸し返してくる。この人、恥じらいとかあるのだろうか?


「私も……相馬くんにだったら……」


 なんの対抗意識なのか、瀬川さんも恥じらいながらそう言った。


「相馬さんは異性として認識しにくいので」


 新嶋さん、それは誉めてはいないよね? 笑いながら言うことでもないし。

 俺ってそんなに男っぽくないのかな?


「私はそうは思ってないですよ! ちゃんと男性とは思ってますからね!」


 焦った様子でフォローに入る瀬川さんだが、その発言はだいぶ危ういけれど大丈夫ですかね?


「あの、瀬川さん。気を使わなくても大丈夫だから。というか、さすがにそれは……いくら俺でも勘違いするというか……」


 彼女は自分の発言を頭の中で繰り返したのか、急にボッと顔を赤くして「しっ! 失礼しました!」と言って、逃げるように、いまだ塚本にジロジロ見られて居心地が悪そうな寺島の元に向かった。


「瀬川さんは打てば響く人ですね~」


 どことなく楽しそうな新嶋さん、人の悪さが出ている。


「さて……私は一足先に川に向かってますね。見たかったら早めにきてくだ~い」


 それだけ言って新嶋さんは塚本たちのところに向かう。恐らくはビーチボールを奪いに向かったのだろう。持ってるのは塚本だからな。

 最後まで自分のペースで弄ってくる新嶋さんに、ため息がこぼれた。バイト先が同じな分、彼女の自由なところに多少なれたところはあるが、最初の印象はどこに行ったのだろうと言いたくなる。

 ……そういえば。さっきから浅見が静かだな。

 気になって隣にいる浅見の方を向くと、明らかにイライラしているのが伺える。真顔で怒ってるの初めて見た。こんな顔をするんだな。


「浅見?」


 キッと睨みを効かせる浅見、ビクリと後ずさる。けれどもすぐに、ばつが悪そうにそっぽを向くので、恐る恐る顔を覗きこむ。


「どうした?」


 浅見は拗ねたように口をすぼめ、「そんなに新嶋さんの水着見たいの?」と訪ねてくる。


「いや、別にそこまで見たいって訳じゃないけど」


 見ていいなら普通に見ますが。


「見たいは見たいんだ……」

「それは……」


 なんも言えない。素直に認めるのもなんだか嫌だし、かといって否定するのも気持ちが悪い。けれどもこの沈黙は、もはや肯定だろう。

 どことなく居心地の悪さを感じるが、頬を掻いてごまかす。


「私も……」

「ん?」

「私も……ビキニ……なんだけど」

「……おう」


 それを聞いて、俺はどうすればいいんだろうか?

 見てみたいなんて言えるわけもないし、だけど興味がないなんてことは絶対にない。浅見の水着だぞ? 可愛いに決まってる。

 というかなんですかねその顔は。普段の余裕たっぷりの表情や、からかうための意地の悪い顔でもなく、恥じらいに頬を染めてちょっと俯き、自信のなさげな表情を見せている。いつもとは違う彼女の顔に、自然と心臓が煩く鳴り響いている。


 お互い無言のまま数秒。沈黙に耐えられなくなった浅見が「ごめん、忘れて!」と吐き捨てて逃げるように駆けていった。


「おい! 浅見!」


 俺の静止も聞かずに寺島の元に向かっていく。

 ため息をこぼして、額に手を当てて下を向いた。


 ……どうしたんだよ、急に。


 戸惑いを隠せないが、それよりもなによりも、あいつの表情と言葉が、頭から離れずにいた。本当に……どういう意味だったんだろうか。

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