サイドs:瀬川さんの気持ちは

 生まれて初めて、友達とのキャンプ。それだけで私は舞い上がってしまうのに、それに加えて誘ってくれたのが、気になっている男の子からだったから、私の気分は有頂天だった。

 一緒にいられるだけでも嬉しいのに、それが一日中だなんて……嬉しくて嬉しくて、つい頬がにやけてしまう。


 けど、気持ちはバレないようにしないと。もし気づかれて、今の関係が崩れるのは本当に嫌だから。それでも抑えられない気持ちは、ちょっとだけ表に出す。それぐらいだったら、たぶん許される。私は勝手にそう思っている。


 ただ……昼間のアレは……ちょっと強引すぎたかもしれない。水着を褒められたのが嬉しくて、普段だったらあんなことしないのに舞い上がってしまった。シャツが濡れたことを口実にはできたからいいけど、やっぱり何か着るべきだったかな。う~……別に見せびらかしたい訳じゃなかったけど、そう取られたらどうしよう……? 恥じらいのない女だって思われたかな? それはさすがに嫌だな。


「はぁ……」

「どうした、幸恵」


 隣で衣服を脱いでいる寺島さんが突然声をかけてくる。驚いて肩がビクリと上下した。


「ふぇ? 何?」

「何って、突然真横で溜息吐かれたら気にもなるよ」


 可愛らしいデザインの下着を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になる寺島さん。いくら脱衣所だからといって、タオルで隠すとか恥じらいを持ってください。

 夕飯を終えて、片付けなどは相馬くんや塚本くんたちがやってくれるということで、女性陣は先にキャンプ場が管理しているお風呂にやってきていた。サイトからは歩いて10分少々。少し小さ目の露天風呂らしい。

 木造の作りで、雰囲気はまさに秘湯。ただ森に囲まれていることから、多少虫がいるので……私としてはちょっと困っているポイントだ。


「いや、その……虫いるのかなと思って」


 嘘をついた。相馬くんのことで悩んでいるとは、さすがにこの場では言えない。以前、彼女とはある約束をして、もし私が相馬くんに対する気持ちが恋であるなら相談に乗ってくれると言ってくれたけど、実は確信を持ったことを打ち明けていない。

 話すとなると、やはり少し恥ずかしいといいますか……心の整理がついてないといいますか……そんな感じです。なので、気持ちに余裕ができたら話そうとは思っています。寺島さんは私と相馬くんとの仲を、最初に引き合わせてくれた恩人だから、話す義務がある。


「虫なんてお湯かけて殺せばなんとかなるでしょ」

「男らしいですね……」


 数か月付き合って、寺島さんが意外にもざっくばらんとした性格をしていることが、ようやくわかった。ドライ、とまでは言わないけれど、興味がないものに関しては本当に興味がないんだなと、そう思う。そこが付き合いやすい要因だとも感じれるけど。


「ほら、皆先に行ってるんだから」

「はい、すぐ行きます」


 私も衣服を脱いで丁寧に脱衣かごに入れて、タオルや洗顔、シャンプーとボディーソープを手にお風呂場に入る。

 石造りの床にヒノキのような木造の風呂、露天風呂らしい趣のある作りに、私は自宅のお風呂を思い出した。今思うと、本当に凝った作りをしてますよね、我が家のお風呂は。

 湯舟の方には、すでに浅見さんと日花さんが浸かっていて、寺島さんと新嶋さんは丁度体を洗い始めていた。


「おっ、来たな~」


 こちらを向いた日花さんは、意地の悪い顔をして私の体を値踏みするように見る。


本当ほんといい体してるよね、瀬川ちゃん。女の私から見ても涎出るわ」


 手の甲で口元をぬぐうしぐさに、顔がカーッと熱くなる。タオルで前を隠しているとはいえ、私は胸が大きいからフォルムがはっきりとわかってしまう。


「恥ずかしいからそんな見ないでください」

「いやいや、そのお胸で見るなって方が無理な話でしょ。ねぇ浅見ちゃん」

「私にフリます? そりゃあまあ……目は行くけど、それよりもスタイルいいから、そっちにいっちゃうかな」

「そう……でしょうか」


 胸もあって腰回りは細くてお尻もハリがあって、そんなスタイルがいい浅見さんに言われても、なんだか自分が惨めになってくる。特にお腹周りとか太ももは最近ムチっとしてきてしまって、そろそろお肉を落とさないとウェットにとんだ体になってしまう。それはさすがに女として嫌だ。


「浅見さんって」

「うん」

「なんかダイエットとかしてます?」

「いや、ダイエットはしてないけど。定期的に運動はしてるかな」

「だからそんなスタイルがいいんですね、浅見さんは」


 私も運動始めようかな……。


「まあ、自信付いたのは最近だけどね。油断するとお腹出ちゃうし」

「浅見さんでも出るんですね」

「私も一応、人間だからね。スタイルと言えば、日花さんも凄く……グラマラスですよね」


 すると日花さんは得意げに鼻を鳴らし「こう見えてもEカップはあるからね」と当たり前に明かしてくれる。


「Eですか!? 結構あるんですね」

「ちゃんと脇から脂肪を寄せてあげれば、ワンカップくらいは上がる人いるよ。ちゃんした胸を作ると、それだけで形よく見せることができるし、合わない下着を買うこともなくなる。瀬川ちゃんも試す?」

「これ以上大きくなるのはちょっと……」


 今でも充分に大きいのに。


「大きくても、ちゃんと形を整えないと駄目だよ。より長く胸が綺麗に見えるなら、それにこしたことはないんじゃない?」

「それは、そうですけど……」


 昔から胸はコンプレックスだったから、ないならない方がいいと思っていた。それに、男の人からいやらしい目で見られるのも、正直嫌だったからというのもある。

 ただ、見られる人が違うだけで、この胸にもちょっとした愛着というか……そういったものが生まれた。どんな理由であれ彼がこちらを向いてくれるなら、あって損はなかったかなと、今なら思う。

 だったらやっぱり、躊躇している場合ではない気がする。


「あの、日花さん」

「ん?」

「やっぱり、教えてもらっていいですか? 形がよくなる方法」


 遠慮がちに聞いたが、日花さんはニヤリと口角を上げると「いいよ。お姉さんが伝授して差し上げよう」と乗り気な様子だった。


「私もお願いします!」


 浅見さんも手を挙げて教えを乞う。


「オッケーオッケー。まあその前に、瀬川ちゃんは体洗ってきなさいな」

「はい。ちょっと待っててください!」


 彼のことを考えるだけで、この胸にも愛着が湧くなんて思いもしなかった。誰かのために自分をよく見せたいだなんて……本当に私は、恋をしてしまったんだ。

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