第63話(サイドt):いや……たぶん勘違いだと思う
朝っぱらから、私は一体何を見させられているのだろうか?
登校してきて最初に目に入ったのは、相馬の背中をおもちゃにしている紗枝と幸恵の姿だった。仲睦まじい姿を見せつけているのだが、私は鞄を机の上に置いてから再度三人の様子を見て、目頭を押さえて俯く。
私の記憶違いでなければあの二人は恋敵であり、意中の相手というのが今おもちゃにしている相馬な訳で……本来ならそんな風に仲良くするようなことはできないと思う。思うんだけど……。
いまさらだが、あの二人はお互いの恋愛事情についてどれだけのことを理解しているのだろうか?
こないだのキャンプでは、幸恵がうっかり口を滑らせて暴露してしまうのかと肝を冷やした。だが普段の様子を見ていれば幸恵の意中の相手が相馬であることは自明の理。恋愛感情に敏い私たち女子が気づかない訳もないはずだが……ああして仲良くしているところ見ると、紗枝は全く気付いていないのだろう。
そして紗枝も紗枝で、普段を見てると相馬を好きなのは自明の理。だというのに、幸恵は全く気づいていない。
もし気づいたらどうなる?
想像した。そりゃあもう色々。幸恵が気づいたバージョンと紗枝が気づいたバージョン。二通り考えて……胃が痛くなった。
どんなことがあっても私は紗枝の味方ではあるが、それでも幸恵を無下にはできない。優柔不断な気持ちではあるが、それが事実で現実。“聞いてあげる”と言ってしまった以上は、関わらずにはいられない。
まあ今すぐどうにかなる、なんてことはないと思うことにしよう。紗枝は動いたりしないだろうし、幸恵は……わからないけど、たぶんどうにかする時は声をかけてくれるはず。
問題を先送りにしている自覚はあったが、私も私でこれから忙しくなる時期なので、他の人に心を配ってる余裕はそこまでない。なんせ後期では、文化部の花形イベントが待っているのだから。
「寺氏~」
声をかけられたと同時に、背中から抱きしめられる。私の友達にこんなことをしてくる奴は一人しかいないので、呆れつつ「何? 瑠衣」と胸の前に回された手を軽く握る。
彼女は
とはいえ、それは表面上を見ればの話し。
瑠衣は軽音楽部で私と同じバンドのメンバー、担当はベース。だから彼女のことはそれとなく理解をしているつもりなのだが、いまだに底が見えないというか……お人形のように表情の変化がよくわからない奴なので、笑っているのに笑っていないような違和感が常に付きまとう。それによって、彼女を知っている男子は深く関わりはしない。
ただし話す分には特に問題ないので、友達として一緒にいる分には居心地は悪くない。
ちなみに、瑠衣は軽音楽部の女神として敬われている。理由は単純に、顔がいいから。
「寺氏、夏の間にちっちゃくなったんじゃない?」
「どう考えてもあんたの身長が伸びただけでしょ」
私の身長は残念ながら伸びてない。瑠衣の身長については、違いがわからないな。わかったら逆に怖い。
「そうかな? まあ2ミリくらいは伸びたかもね」
「リアルにありそうだな~」
「夏といえばなんだけどさ~」
「うん」
「あそこは夏休みの間に一夫多妻制でも取り入れたの?」
「あそこ?」
「あそこ」
瑠衣が指さす方向には、いまだに相馬で遊んでいる紗枝と幸恵の姿があった。
いや本当に……なんだろうね?
「さあ?」
「寺氏、あさみんと仲いいよね」
「紗枝とは仲いいけど、あれは本当にわからない」
そういうことにしておこう。たぶん水面下でアピール合戦が行われているような気がするけど、気づかないフリをするのも生きていくうえで大事なスキルだと私は思っている。
「じゃあ恋のライバル出現?」
「洒落にならないから止めて」
現在進行形でそうなんだから。
「でも瀬川っちが相馬をねぇ~。どうりで男子たちが怖いわけだ」
瑠衣の言葉を受け、意識してクラスの男子たちを見てみる。するとあるグループは羨む目を向け、あるグループは疑惑の目を向け、あるグループは増悪の目を向けている。
「うわっ、こわ!」
男子の圧力が全て相馬に向かっているのに、あいつは紗枝たちの相手をしているせいでその事実に気づいていない。
「寺氏は私と一緒であんまり周りに目を向ける方じゃないから、わからなかったかもしれないけど、修学旅行の時とかも酷かったんだよ?」
「そうなの!?」
あの時もあの時で、紗枝と相馬の仲を取り持つことだけを考えてたから、周囲を気にする余裕がなかった。もしかしなくても、その時もこんな感じだったの? そりゃあ相馬のやつ、男子から遠目で見られるわけだ。
「瀬川っちって男子の人気凄いからね~。あんなおっぱいじゃしかたない気もするけど」
「本当にね。あんな胸じゃね……」
言ってて空しくなってくる。空しいのは胸ってか。うるせぇ……。
ちなみにいまだ抱き着いているこいつの胸は、身長のわりにはある方です。たぶん小柄だから胸が大きく見えるだけなんだろうとは思うけど、たぶん身長があったらいい感じなモデル体型……紗枝とどっこいどっこいなんじゃないかな。
「でも驚いたのはさ~」
「あの光景以上に驚くことあるの?」
「あるよ~。私、席近いから聞こえちゃったんだけどさ。瀬川っちとあさみんが相馬のこと名前で呼んでるとか、相馬も相馬で二人のこと名前で呼んでるとか」
えっ、いつの間にそんな……って。
「あっ!」
思い返されるキャンプの時の三人様子。あの時は塚本のせいでそれどころじゃなかったけど、なぜか帰るころになったらおそるおそる名前で呼び合ってたような気がする!
瑠璃は私の動揺を見逃すことはなく、「何々? 何か思い当たることでもあった?」と耳元で囁きながら訪ねてくる。
「いや……たぶん勘違いだと思う」
確実に周りが触れるには早い案件だと思うし、たぶん触れたら事態が動く。せめて今だけは、静かに傍観してほしいところだけど……。
「ふ~ん」
人形のような笑顔の中に、いったい何を考えているのだろうか。一抹の不安が生まれるが、それがなんでかはわからないし、しかも私がどうにかすることはできないだろう。結局のところは当人の問題なのだから。
というか。
「いつまで抱き着いてんだよ」
9月とは言えまだまだ残暑なので、引っ付かれるのは暑いんだよ。
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