奥多摩の廃寺

 私は西園寺蘭子。霊能者です。除霊、祈祷、お祓い、落し物探しも始めました。


 先日、野口さんが二人しか財布にいないというピンチを、親友の八木麗華が救ってくれました。


 彼女はその有り余る資金に物を言わせて、とうとう東京事務所を立ち上げたのです。


 たまたまその日、東京にいた麗華が、私のピンチに気づいてくれて、高級車で迎えに来てくれました。


 一緒にいた村上春菜ちゃんとは面識があったので、彼女は麗華のファッションセンスを知っていましたが、春菜ちゃんの親友の黒澤可奈子ちゃんは目を見開いていました。




 そんな訳で、今日は麗華に付き合って、奥多摩に来ています。


「ムカつくなあ。こない田舎や知っとったら、来いひんかったわ」


 凸凹道を歩きながら、麗華が毒づきます。


「でも、報酬が高いんでしょ?」


 私は嫌味を言います。文句を言いたいのは私の方なのですから。


 いくらこの前の恩があるからと言って、足が痛くなるほど山道を歩く義理はないと思うからです。


「いくら報酬がたこうても、しんど過ぎて、行きたなくなる」


 すでにテンションが落ち捲りの麗華です。


「お。やっと、着いたようやで」


 前方にボロボロの山門が見えて来ました。


 そこが今回の依頼場所です。


「何十年も前に廃寺になっとるらしいんやけど、何や薄気味悪い気ィが漂っとるな」


「ここに何があるの?」


 私もその不気味な気を感じ、警戒を強めます。


「死んだ坊主の霊が、まだ頑張っとるらしいんや。山門を抜けたら、途端に襲い掛かって来るらしいで」


「そうなの」


 確かに、崩れかかった山門の向こうは異世界のように霞んでいます。僧侶の霊が空間を歪めているようです。


 でも、麗華が言うように、山門を抜けた途端に襲い掛かって来るような殺気がありません。


『来るな!』


 山門を通り抜けると、怒鳴り声が脳に直接鳴り響きます。


「うるさわい、坊主! あんたがウロチョロしとるから、ウチのような高名な霊能者が、こんな山奥まで来るはめになったんや! 今日で成仏させたるから、覚悟しいや!」


 麗華はいきなり喧嘩腰です。私は彼女を制して、


「何故現世に留まっているのですか? 貴方ほどの高僧であれば、行くべきところはおわかりのはずです」

 

 私は穏やかに尋ねました。すると、前方に金色の袈裟に身を包んだ老齢の僧の霊が現れました。


「出たな、坊主!」


 お札を取り出した麗華を押しのけ、私は前に出ます。


「何すんねん、蘭子!?」


 麗華が怒鳴りますが、私が睨みつけるとビクッとして黙り込みます。


「私の思いに気づいてくれる方が、ようやく来て下さったな」


 僧の霊は微笑んで言いました。


「お話、聞かせて下さい」


 私は微笑み返して促します。


 老僧の霊は話をしてくれました。


「この寺が廃寺となったのは、私が死んだため。引き継いでくれる者もおらんかったでな」


 私は麗華と顔を見合わせました。


「寺が寂れ、朽ちて行くは当然の成り行き。私には何も未練がない。しかし、ここを再開発と称して造成し、貸し別荘を建てようとする不届き者がおる」


 世の中、お金が大好きな人はたくさんいます。思わず麗華を見てしまいますが、彼女は何も感じていないのか、リアクションがありません。


「ここは、奥多摩でも、手付かずの自然が残る場所。だからそれを守るため、あの世の掟に背き、ここに留まる事にしたのだ」


 老僧の霊の決意を知り、私は心を打たれました。


「言いたい事はそれだけか、坊主?」


 麗華がとんでもない事を言い放ちました。


「麗華!」


 私はビックリして麗華を見ました。老僧の霊も、麗華の言葉に顔を強張らせます。


「邪魔するなら、容赦はせぬ」


 私は困ってしまいました。


 麗華は恐らく莫大な報酬に目がくらみ、老僧の切なる願いなど聞き入れるつもりがないのです。


「勘違いせんといてんか、坊主。もうあんたは行くべきところに行きや。後の事は、ウチらに任せてな」


 あら? 雲行きが変わりました。麗華がまともな事を言っています。


「ここは荒らさせん。ウチが約束する。そやから、安心してあっちに行き」


 麗華は得意満面で言いました。老僧はニッコリして、


「わかった。では、よろしく頼むぞ、お嬢さん方」


と言うと、光に包まれて天へと昇って行きました。


「よっしゃ、解決や!」


 麗華が嬉しそうに叫んだのを聞き、私はギョッとしました。


「麗華、まさか貴女……」


 麗華は私を見て大笑いしました。


「何心配しとんねん、蘭子? 霊はいなくなった。ウチらの仕事は完了や」


「麗華、あのね……」


 人としてのありようを説こうとした私は、麗華にそれを遮られました。


「でもな、その後、何があってもウチらは関係ない。そういう事や」


「え?」


 麗華は別のお札を取り出し、山門に張りました。


「ここを壊したりしたら、このお札に封じてある悪霊が、大暴れするで」


「……」


 あまり納得できませんでしたが、麗華は報酬を得た上で、あの老僧との約束も守るという荒業をやってのけたのです。




 そして帰り道。


「ごめんね、麗華。私、疑ってしまって」


 私は正直に謝りました。麗華はガハハと笑って、


「ええ、ええ。そう思われても仕方がないのんが、今までのウチやからな」


 まるで心を入れ替えたような言いようです。


「さてと。後は、依頼主にどう話すかやな。偉い危ない目にうたうて、報酬を引き上げたろ」


「……」


 結局いつもと変わらない麗華です。


 ではでは。


 西園寺蘭子でした。

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