魅惑の占い師(ご本尊編その壱)

 私は西園寺蘭子。霊能者です。


 太田梨子というメディアに大変露出している(しかもご本人も大変露出度が高い)占い師が自分の夫と肉体関係を結んでいるのではないかと疑惑を抱いた篠崎美都子さんの依頼を受けました。


 まず、私と親友の八木麗華は、美都子さんの夫である孝雄さんが勤務している会社に行きました。


 そこで、私達は怪しい警備員さん達に襲われそうになり、麗華の真言で難を逃れました。


 太田梨子の魔の手がそこまで迫っている事を感じた私達は、孝雄さんを早退させ、事務所にかくまい、太田梨子の邸に向かいました。




 太田梨子の邸は東京と神奈川の境界近くにあるようです。


仰山ぎょうさん稼いだ汚い金で、ごっつい金ぴかな豪邸建てて、メイドも置かんと、たった一人で暮らしとるらしいで。見られたら困るもんがあるんやろうなあ」


 助手席で、麗華が嬉しそうに言います。


「麗華はどう見ているの、孝雄さんの事を?」


 私は前を向いたままで尋ねます。安全運転が第一だからです。


「多分、あの強欲な女の事やから、あのイケメンの子種を絞り取って、何ちゃらバンクとかに売ってるんやないか?」


「何ちゃらバンク? 何、それ?」


 私をカマトトとか言う方が時々いらっしゃいますが、本当に何も知らないのです。


「精子バンクや」


「せ、精子……?」


 あらあ。聞かなければ良かったようです。顔が火照って来ます。


「蘭子も知ってるやろ? 子種を売り買いしてる商売があるゆう事は?」


「し、知りません」


 私は熱くなった顔をどう冷ませばいいのか考えながらハンドルを切ります。


「あれ、かなり儲かるらしいねん。ウチもやりたいくらいやけど、ある程度資本がいるねん。そやから、諦めてん」


 何を言っているのでしょう、この人は?


「美都子さんの旦那、間違いなく子種を抜かれとるんや。太田梨子はたくさんの男をたぶらかして、子種を仰山取ってるんやで、きっと」


 麗華の推理が当たっているとすれば、何ともおぞましい話です。


「もちろん、真面目に商売してる会社もあるから、子種を売る事が悪い訳やない。問題はその採取方法や」


 麗華は名探偵気取りで話を続けます。


「採取方法?」


 私は自転車が渡り切るのを確認してから左折しました。


「そうや。あのイケメン旦那の話にあったやろ? 相談が終わると、最後に梨子がお香を焚いてくれるて」


「ええ、そうね」


 麗華はニヤッとして、


「恐らく、そのお香に何か仕込んどんねん。男がいき易くなる何かをな」


「いき易くなる……」


 また顔が熱くなって来てしまいます。


「で、恍惚としてる隙に子種をチャチャッといただくんやろな」


「そうなの」


 麗華があまりに得意そうに推理を展開するので、私は何も言わずに聞き役に徹しました。


 その方が楽だからです。


「見えて来たわ」


 住宅街から更に境界に向かうと、開けた河原に出ました。


 その遥か先に白亜の豪邸が建っています。


 あれが太田梨子の邸です。麗華の想像とは少し違い、見た目は上品です。


 中身はどうかわかりませんが。


「何や、センス悪いな。ウチが豪邸建てたら、こないな風にはようせんわ」


 麗華はムスッとして太田邸を睨みました。


 邸のすぐ前まで来ると、門扉が開けられていて、まるで私達に入れと言っているようです。


「どうする、麗華?」


 私は直前で車を停止させて尋ねました。


「前進あるのみや、蘭子」


 麗華は門の向こうを指差しました。


「了解」


 私もそう思いましたので、アクセルを踏み込みます。


 車が門をくぐるのとほぼ同時に、門扉がガシャンと閉じました。


「おうおう、挑発しとるやんけ、太田梨子が」


 麗華はまた嬉しそうにしています。全く、怖いモノ知らずなんだから。


 私は邸の車寄せまで進み、停車しました。


 玄関の扉は閉じたままで、誰かが出て来る気配はありません。


「待ち伏せしてる様子もないな」


 麗華はそう言いながら、車を降ります。私も降りました。


 確かに扉の向こうに誰かが潜んでいる感じはしません。


 余裕なのか、もっと奥に罠があるのか?


「取り敢えず、行こか」


 麗華はその重々しい扉を押し開きます。


 大きい割に簡単に開いたので、麗華はそのまま向こうに倒れかけました。


「見かけ倒しの扉やな」


 彼女は扉を蹴飛ばします。もう、下品なんだから。


「は!」


 その時、大きなエントランスの向こうから五人の黒尽くめの男達が走って来ました。


 全員サングラスをかけている上、太田梨子に何かされているのか、心が読み取れません。


「何や、あんたら!?」


 麗華は指をボキボキ慣らしながら怒鳴ります。しかし、当然の事ながら、彼らは何も答えません。


「ようこそ、我が館へ」


 どこからか、太田梨子のものと思われる声が聞こえました。


「どこや?」


 麗華がまた怒鳴ります。私も周囲に気を配りますが、邸に何か仕掛けられているのか、全く気配がしません。


「ここよ」


 その声に私と麗華は仰天して振り返りました。


 いつの間にか、太田梨子がそこに立っていました。


 噂通り、思った通りの奇麗な女性です。しかも、まるでベリーダンスでも踊り出しそうなくらいセクシーな衣装で、おへそが丸見えです。


 頭にはキラキラした髪飾りを着け、顔の下半分をシースルーの布で隠しています。


 それにしても考えられません。一体どうやって私達の背後をとったのか?


 玄関の扉は開いていないのです。


「う……」


 私達が梨子の出現に驚いている隙を突き、男達が私達を羽交い締めにします。


「何さらすねん!?」


 麗華がもがきます。でも、男達はビクともしません。


「いらしていただいて早々、手荒な真似をして申し訳ありません。お眠りくださいな」


 梨子はニヤリとし、私と麗華の鼻腔に白いハンカチを押し当てました。


「く……」


 睡眠薬が染み込まされているようです。途端に堪え難い睡魔が襲って来ました。


 私は普段から薬を服用しないので、余計に効果覿面こうかてきめんなのでしょう。


 そのまま夢の中へとまっしぐらです。


 


 ああ。空を飛んでいます。どこまでもどこまでも……。


「起きてくださいな、お二人共」


 梨子の声がしました。ハッとして目を開けます。


 飛び込んで来る目も眩むような眩しいライトの光。


 手術室のみたいな部屋です。


 私と麗華は、手術台のようなものの上に寝かされています。


 手首と首を拘束具で固定されています。


 よく観察すると、私と麗華は手術着に着替えさせられていました。


 手術着の下は何も着ていません。という事は、今周りにいる男達にしっかり「見られた」という事です。恥ずかしい。


 もっと恥ずかしい事に気づきました。


 私達は、足を開かされているのです。


 ちょっと! そちら側に立っている人、こっちを見ないでください。


 叫びたいのですが、声が出ません。


 口には猿轡さるぐつわを噛まされています。


「お目覚めですか、西園寺さん、八木さん?」


 視界に梨子が入って来ます。その顔は奇麗というより、狡猾といった方がよく当てはまっていますね。


「西園寺さん、もしかして、男性を知らないのかしら? 奇麗ねえ」


 梨子が私のあそこを覗き込みます。死ぬほど恥ずかしいです。


「それに比べて、八木さんはよく使っているみたいねえ。でも、名器みたいね」


 麗華も覗かれて恥ずかしそうですが、「名器」と言われてにやけています。


 名器ってどういう事なのでしょう?


「でも、お二人共、出産は未経験みたいね」


 梨子の言葉に私も麗華もピクンとしました。


「これから、その貴重な体験をさせてあげるわ」


 梨子は妙な形の試験管のようなものを持ちました。それには白い液体が入っています。


 まさか!?


「人工受精を体験していただくわ。そして、もちろん、ゆくゆくは、出産もね」


 ちょっと待ってください! どこの誰とも知れない人の、えーと、その、子種をいただいての妊娠なんて納得ができません!


「そんなに怯えないで。大丈夫よ、痛くないから」


 梨子は舌舐したなめずりして言いました。


 どうしましょう? 口を塞がれて、何も言えない上、手首を拘束されて印も結べません。


 でも、このまま納得がいかない妊娠はしたくありません。


 その時、出羽の修行の事を思い出しました。


『蘭子ちゃん、気を自由に移動させる事ができれば、指先からも相手を倒すほどの威力のある気を練り出す事ができるのじゃよ』


 遠野泉進様の教えです。


(今はそれをやってみるしかない)


 私は右手の人差し指に気を集中します。


 それを見ていた麗華も気づいたようで、気を集中し始めました。


「!」


 試験管モドキが押し当てられました。


「さあ、力を抜いてください、西園寺さん」


 梨子が耳元で囁きます。早く何とかしないと!


「ぎゃっ!」


 私より先に麗華が気を放ったようです。梨子の脇腹に命中したようで、彼女はそのまま部屋の端まで吹っ飛びました。


 私は高めた気を拘束具に当てて破壊し、試験管モドキを投げ捨てました。


 麗華も拘束具から抜け出せたようです。


「おのれ!」


 憎らしそうに私達を睨むと、梨子は部屋を飛び出して行きました。


 残されたのは、私と麗華、そして十人ばかりいる黒尽くめの男達です。


 猿轡を外し、


「まとめてぶちのめしたるから、はよかかって来いや!」


と麗華が凄みました。


 果たしてこれからどうなるのでしょう?

 

 


 西園寺蘭子でした。

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